第22話 武器商人
大それた悪事を一人で企む輩は少数派だろう。たいていは二人以上になった時にスケールアップして現れる。
ナビリア星域から遠く離れた惑星の一角。二人の男がバーで待ち合わせていた。
「お待たせしましたか」
後から来た男が席に着く。
「いえ。時間どおりですよ」
頭髪の薄い小太りの男が笑顔で答えた。
「なら。良かった」
「何か飲まれますか」
先に来ていた男が訪ねた
「ではマティーニを」
男は指を鳴らすとバーテンダーが頷いた。
「さて。ご依頼の件ですが」
「物は集まりそうですか」
「何とか目途がつきました。ただ想定より費用が掛かりました」
「なぜです」
「工作が思ったより厄介で。新規発注も多いですし」
後から来た男はさらなる資金を引き出そうとする。
「予算内でお願いしますよ」
だが、そう簡単には出してくれないのは社会の摂理。
「私の立場もご理解いただきたい。途中でしくじると当方の丸損ですから。用心は欠かせません。保険に入れる商品ではありませんからね」
ダメもとで一応食い下がる。
「それは理解していますよ。ですから十分に先払いでお支払いしています。それに先方もいくらか支払ってくれます。それは丸々あなたの利益じゃないですか」
頭髪の薄い小太りの男の方が上手であった。ボーナスの話を持ち出した。
「その件なんですが。間違いないのでしょうか」
目の前に置かれたマティーニをあおった。
「ご安心を。先方も用意できているとのことですから」
「わかりました。それで何とかいたしましょう」
男は肩をすくめた。あまり突っ込んで関係を悪化させたくはない。
「それでは。成功を祈ります。メンフィスさん」
「お任せください。グレンさん」
二人は握手をして別れた。
ナビリアでは連邦側宙域での警察権は軍が握っている。そのため他所からやってきた警察関係者は軍に挨拶しなければならない。
「ご協力お願いします」
人類共生統合連邦政府内務省所属。酒武器取締局局員。ニコライ・ロマロノフは惑星クースにあるナビリア方面軍司令部を訪れていた。
「了解しました」
ナビリア方面軍。第一戦略室室長のベッサリオン大佐は提出された書類に目を通して答えた。
「用意する船に要望はありますか」
「できれば足の速い船をお願いします。早めに捕捉できれば安全に作業できますから」
ニコライはペッサリオンの問いに答えた。
「解りました。ご用意できるでしょう」
「ありがとうございます」
「そういえば、そちらの人数はどれ程を想定されていますか」
「本職を含め20名を予定しています」
「了解しました」
「お願いします」
ニコライは敬礼する。それは警察式ではなく連邦軍式の敬礼であった。
ベッサリオンは笑顔で敬礼を返した。
「この任務なんだが。貴様の第54戦隊に任せる」
ベッサリオンはオフィスにカルロは呼びつけた。
カルロは渡された指令書をパラパラと捲り頷いた。
「アイサー」
「誰にやらせるつもりだ」
「本職でいいでしょう」
「部下に任せるのも大事たぞ」
ベッサリオンは眉をひそめた。
「それはそうなんですが。アルトリア少佐とナイジェル少佐はナビリアにまだ慣れていませんし。アデレシアには後備えをしてもらった方が確実ですし」
「あの娘に任せてやれんのか」
「どちらかというと戦隊指揮をしてもらいたいですね」
カルロの答へにベッサリオンは苦笑する。
「そこまで気を使わなくてもいいんだぞ」
「とんでもない。適材適所ですよ」
カルロは笑った。
コンコルディアにニコライたち酒武器取締局の局員たちが乗船してきた。
「ご協力感謝します。バルバリーゴ艦長」
「本国とは勝手が違うでしょうが、何でも言ってください。できる限りのことをいたしましょう」
「ありがとうございます。バルバリーゴ艦長は捜査の概要はご存じでしょうか」
「一通りは。昨今ナビリアに大量の武器が出回っているとか。治安上好ましくありませんな」
「はい。現状、資金の出どころは不明ですが内偵の結果、主にシィルビア星系で活動しているメンフィスという名の武器商人が大量の武器を売却するようです」
「メンフィス。聞いたことはないですが。大手のブローカーですか」
「いいえ。取引の規模は大きくありません。ただ、どんな相手にも武器を調達してやる厄介な相手でして。しかもなかなか尻尾を出さない。3年に渡り内偵を続けていますが未だ決定的な証拠がありません。今回の捜査で何としても証拠を掴みたい」
「なるほど」
「バルバリーゴ艦長にはメンフィスの乗った輸送船を拿捕していただきたい。恐らく大量の携帯火器を積み込んでいるはずです」
「お任せあれ。おおよその位置は判明しているで大して時間は掛からんでしょう。狭い船ですがその辺はご了承いただきたい」
「大丈夫です。狭いところで寝るのは慣れています」
本来、連邦の人間でもないメンフィスを逮捕する権限はニコライ達酒武器取締局には無いのだが、連邦の領海で無許可の武器を大量に所持していれば十分に没収の対象になる。
メンフィスは堂々と連邦の主要航路を進んでいるようだ。
20名のむさ苦しいお客を乗せコンコルディアはクースから発進した。
「メンフィス。ちょっと来てくれ」
「はいはい。今度はなんだ」
就寝中に船長からの呼び出し。メンフィスは悪態をついた。
この船長。臆病なのか心配性なのか、単に責任取りたくないのか細々したトラブルをメンフィスに言ってくる。そのくせプライドだけは一人前。やりにくい男だ。
操舵室に入ると聞きたくない報告が上がってきた。
「グレンとかいうやつから連絡があった。何でも連邦の船がこっちに向かっているらしい。恐らく警察関係か何かの船らしい。どうする」
「なんだと。どういうことだ。どこから情報が洩れているんだ」
メンフィスは一瞬で眠気が吹っ飛んだ。もちろん不快な気分だ。
「今更。じたばたしても始まらん。コースはこのまま。我々はあくまでも普通の貿易船だ」
「いいんだな」
「ほかに手がないだろう。今から増速しても逃げ切れる保証がない」
メンフィスは額に手を当てる。
カルロは予定通り連邦の宙域内でメンフィスの船を捕捉した。
「こちらナビリア方面軍所属。突撃艦コンコルディアです。連邦政府酒武器管理法、第35条、第5項にもとずいて、貴船の立ち入り検査を行います。減速してください。繰り返します。こちら・・・・・・・」
コンコルディアのオペレーターが停船の呼びかけをしている間にニコライは部下を引き連れてランチに移乗する。カルロは一応副長を付けることにした。
「ドルフィン大尉。貴様もニコライ捜査官といっしょに行け。口出しはしなくていい。メンフィスの顔を拝んで来い」
「アイサー」
ドルフィン大尉もランチへ向かった。
「それにしても大きな船ですね」
モニターに映し出された船を見て機関長が声を上げた。
「なかなか立派な双胴船ですね。艦長。見てください。ジェネレーターが6つも付いてますよ。この船設計した奴は何考えてるんでしょうか。普通ならもっと大きなジェネレーターにして数を減らすものですけど。まぁ。使っているのは2つだけだからいいのか」
輸送船は6基の内の2基だけで航行しているようだ。速度は出ないが燃費はよくなる。
普通、輸送船のジェネレーターは2基。多くても4基が主流であった。6基というのは大型の豪華客船でたまに見かける程度で珍しい。
「スタビライザーのウィングもやたらとデカいな。何の意味があるんだ」
カルロも機関長に同意した。
「あれだけデカけりゃ。相当の太陽風でも安定して航行できるでしょうが、港を選びますね。そこらのドックでは入りませんよ。横幅を減らさないと」
「使いにくそうな。船だな」
カルロと機関長が船舶談議に花を咲かせている頃。ニコライ達はメンフィスの船に乗船した。
「積み荷と行く先を」
ニコライは横柄な態度で接した。出迎えた船長が差し出す書類に目を通す。
「家畜の飼料とありますが、具体的には何ですか」
「主に穀類と動物性たんぱく質です」
よれた背広のメンフィスが笑顔で現れた。
「やぁ。Mrメンフィス。また会ったな」
ニコライの眼差しが更にきつくなった
「これこはこれは、だれかと思えばロマロノフ捜査官。ギュンターの見本市以来ですね」
「積み荷を確認する。コンテナを開けてもらおう」
「もちろん。喜んで協力しますとも」
メンフィスのポーカーフェイスは崩れない。
フラットデッキに大量のコンテナが積み上げられている。
「まさか全部確認するとは言いませんよね。終わるころには商品が腐ってしまう」
メンフィスの軽口には取り合わずニコライは部下に指示を出す。
簡易型の透写装置を手にした部下たちがコンテナに散らばっていった。
「動物性たんぱく質と言ったが具体的には何だ」
「よくぞ聞いてくれました。面白いですよ。巨大なサンドワーム」
「サンドワームだと」
「そうです。惑星レッジョの砂漠地帯に住む全長30mの巨大な生き物でして。普段は砂の中で生活している生き物ですが、たまに大発生して人やら家畜やらを襲うので駆除するんですよ。普通はそのままにしておくのですが、最近頭のいい奴がこいつの利用法を考えてね。こいつの体には窒素やリンが大量に含まれていて飼料や肥料として使える可能性がでてきまして、いわばお試し版として得意先に配るつもりです」
ペラペラとしゃべり倒すメンフィスを片目に眺めていると部下の一人が走ってきた。
「主任。これを見てください」
差し出された画像は筒状の物体が映っている。
「これです。これがサンドワーム」
嬉しそうに語るメンフィスを無視して部下に先を促した。
「これ以上の内部が見えません」
「なんだと」
「設定を変更して試しましたが、内部まで透写できません」
「分かった。ではMrメンフィス。コンテナを開けてもらいましょうか」
「OK おい。76番のコンテナを開けろ」
メンフィスは船員に指示を出した。
コンテナを開くと目にくるような異臭がした。中にはトカゲなのか蛇なのかミミズなのか判然としない生物の死骸が半分凍ったままつめこまれている。
「凍っているからこの程度で済みますが解凍すると更にすごい匂いですよ」
ニコライは僅かに眉をひそめたが手にした透写装置で解析をかけた。
しかし、外殻にセンサーが弾かれるのか内部がわからない。この中に武器を隠していれば格好の隠れ蓑だ。
「こいつの腹を裂け」
「は、腹をですか、主任」
命じられた部下は困惑した。一応家宅捜索に使う機材は用意しているが、扉をこじ開けたりするもので、凍り付いている上、どう見ても頑丈な外皮。手の打ちようがない。
横で聞いていたメンフィスは笑い出した。
「無茶言わないでください。こいつの皮膚は岩盤にも耐えれるように進化しているんです。それなりの機材がないと傷一つつきませんよ」
勝ち誇るメンフィスに横から声をかけるものがいた。
「本艦の高電子カッターでしたら戦闘艦の装甲板も切れますが。使いますか」
それまで傍観者に徹していたドルフィン大尉だ。
「是非。お願いします。大尉」
ドルフィン大尉の申し入れにニコライは笑顔で応じ、メンフィスは渋い表情になった。
カルロはドルフィン大尉の報告に。
「いったい何を切るつもりだ。床下でも捜索しているのか」
と、冗談を言ったが、快く機関部員と共に送り出した。
普段は艦のメンテナンスを行う機関部員は高電子カッターの使用に熟達している。足場を確保すると物の数分でサンドワームを真っ二つにして見せた。
ただ、残念ながらサンドワームの腹の中には密輸品らしきものは発見されなかった。
「納得できましたか。ロマロノフ捜査官。ああ。こんなにしちまって。最終的にはミンチにするからいいけれど」
メンフィスは大げさに嘆いて見せた。
ニコライは集まった部下の顔を見たが物証を手にした者はいなかった。
「撤収する」
手ぶらでメンフィスの船から離れる結果となった。
「何とか乗り切ったな」
遠ざかる戦闘艦を眺めながらメンフィスは大きなため息をついた。
「囮に食いついてくれた助かったな。メンフィス。だが、あんな物用意する必要あったのか。ジャガイモの入ったコンテナでも見せればそれ良かっただろう」
「気分の問題だよ。船長」
「気分。なんだいそりゃ」
「芋のコンテナを見せてもいいが、それだけだと俺が不安になるんだよ。あえて意味不明な物を用意してそれに食いつかせて時間を稼ぐ。そうすれば場がしらけるだろ」
「そうだな」
「そう考えていれば、少しは堂々としていれるのさ」
「なるほどな。さすがはやり手の武器商人だな。奴らもこれがコンテナの代わりとは気が付かなかったか」
船長は船腹の大型ウィングを指さした。
元々この船にはウィングが無いのだが、もっともらしい場所に内部を何重にも区切ったウィング風コンテナを取り付けたのだった。武器類はすべてこの中に収められている。
「もっと大型にしたかったが、これが限界だな。今でも十分に変だしな」
メンフィスもウィングをみて笑った。
これで商談も成功するだろう。目的地に着いてしまえば連邦政府には何の権限もない。逮捕される心配はない。
「いや。商談相手のほうが問題か。少なくともニコライの奴は問答無用でぶっ放したりはしないしな」
メンフィスは気を引き締めなおした。
続く
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