第21話 潜入
輸送護衛演習は護衛部隊のQチームが戦局を優位に展開し、襲撃部隊のXチームはQの隙間を見つけられずにいた。
輸送部隊の本隊は淡々と行程をこなしていく。このままではQの勝利判定になる。作戦司令部としては満足できる結果だろうがXとしては面白くない。なんとしても一撃を叩き込みたい。
「何時までもぐるぐる廻っているわけにもいかん」
突撃艦コンコルディアの艦長。カルロ・バルバリーゴは艦橋をうろつく。
コンコルディアはQの目を盗んで目標に接触したいが隙が無く、獲物をライオンに奪われたハイエナのように周囲をウロウロするしかない状態が続いた。
「上手いな。早いな。手が出ないな」
「ぶつぶつ言わないでください。それよりどうします」
副長のドルフィン大尉が指示を求めた。
「だれかが護衛部隊を引き出せればいいんだが、これ以上は釣りだせないか」
イントルーダや他のXがQを突っつくが、陣形を崩せない。
「我々でやりますか」
カルロの人任せな台詞に答えた。
「あれ以上の手は思いつかんな。やるだけ無駄だ」
「では、正面突破しかないですね」
力ずくでQチームを粉砕して目標に接近する方法だ。
「他の隊がそれを選択してくれたら便乗するなり、囮にするなり出来るが」
「今回は単独行動ですから選択肢がありませんね」
カルロは頷き自力で状況を動かせないことを認めた。
「どうして単艦行動にしたんですか。いつもと同じように集団突撃すれば一隻ぐらい網を突破できたかもしれませんよ」
ドルフィン大尉の指摘に一瞬眉をひそめたが、カルロは答えなかった。
「もうしばらく様子を見るか」
自分に言い聞かせるように呟くとカルロは腕を組んだ。
QチームはXチームを迎撃する部隊と輸送船団から極力離れない直衛部隊に分かれている。
直衛部隊の先頭を進んでいた軽巡洋艦イシュタルの前方に突如、信号弾が打ちあがった。
「信号弾。確認。敵艦3隻接近中です」
「襲撃信号か。しかし、なぜ信号弾なんぞ使う。通信状況の確認」
イシュタルの艦長であり直衛部隊の指揮官である。ティントレット中佐は首を傾げた。外部のプラズマや妨害工作によって通信が困難になることはあるが、そんな報告は受けていない。
「通信にノイズを確認。妨害を受けていますが影響は軽微です」
予想通りの回答がくる。
「よし。状況確認を優先。第08、12戦隊は迎撃ポジションに着け」
「アイサー」
ティントレット中佐の指示を受け6隻の駆逐艦が信号弾の上がった宙域に向かって進む。
しばらくして第08戦隊から「敵艦発見できず」の報が入った。
「なんだ。誤報か。どこのどいつだ。いい加減な信号弾なんぞ打ち上げたのは」
周囲に敵性反応も無くティントレット中佐は安堵し、手ぶらで戻ってきた駆逐艦を再び元の位置に配置した。
演習時間も半分以下になると動きが出てくる。
第54戦隊以外のXチームは、迎撃部隊の防御を突破できないのを確認すると戦法を変えてきた。
大きな塊として突破するのではなく、小さな集団をいくつも形成し防御線を浸透することにした。
3~4隻の小集団が分散して突撃を開始する。
「艦長。動きがありました」
ドルフィン大尉がカルロに振り返る。
「便乗するぞ。針路修正744」
「針路修正744.アイ」
コンコルディアも小集団にまぎれて単艦突破を試みた。
主力部隊は輸送船団の予想針路の前へ出て頭を抑えようと機動している。カルロはあえて逆を狙うことにした。
「我々は後ろから廻るぞ。相対速度に注意しろ。下手を打つと追いつかないぞ」
他の部隊が輸送船団の足を止めてくれれば楽に背後をとれるが、巡航速度とはいえ逃げる船舶を後ろから追うと、コース取りに失敗するか妨害にあうと追いつけない可能性が高くなる。あまりいい手とは言えない。
「アイサー。計算に時間をください」
航海長がデータと格闘しながら答えた。
「さて、問題は突破した後だな」
カルロは艦席に腰掛けた。
「突破できる前提ですか」
ドルフィン大尉は呆れたように言う。
「当たり前だ。この方法なら突破自体は難しくない。だか何隻目標にたどり着けるか判らんな」
「みんな。バラバラですからね。衝撃力はどうしても弱まります」
この作戦ではQチームに捕捉されにくいが一旦捕捉されると戦力差が大きいので、撃破されるか逃走するかの二択になってしまい輸送船団にたどり着く数はおのずと限られた。
「時間も無いから、このまま何もしないよりましだ」
カルロは時計を確認した。
QチームはXチームの複数同時攻撃に動揺しなかった。
この戦術自体、教科書的な行動であり当然のように対応策を用意している。
護衛部隊は目につく集団を数の有利で確実につぶしていき、突破した集団は直衛部隊に任せる。それすらも突破してくる船はいるだろうが、せいぜい一隻か二隻。輸送船団に損害は出るが、襲撃部隊を全滅できれば護衛側の大勝利だ。
カルロが予想した通り大した混乱もなく護衛部隊は対応する。
「艦長。護衛部隊から入電。X側が小集団に分かれて浸透を試みている。とのことです」
報告を受けたティントレット中佐は一瞬にやりと笑う。
「よろしい。フォーメーションをΔに変更。一隻も通すな」
「フォーメーションΔ。アイ。各艦。フォーメーションをΔに変更せよ。繰り返す・・・・」
直衛部隊は旗艦イシュタルからの指示を受け輸送船団から距離を取り出した。フォーメーションΔは体を張って敵艦を食い止めるというよりは、輸送船団に群がってくるであろうX側の横っ腹をけ飛ばすための陣形だ。
獲物しか見ていない連中には大きな効果が期待できる。
「少々の損害は許容範囲だ。それよりも何隻つぶせるかだ」
ナイジェル少佐が指揮するラケッチとアルトリア少佐が指揮するイントルーダはXチームの浸透戦術に乗り遅れた。
「あらら。目の前のことに夢中になりすぎたね」
ナイジェルは頭をかくが、これは仕方がない面が強い。たった二隻で多数の目を引き付ける機動は一歩間違えると即撃破されかねない。ましてやイントルーダと交信しながら動くのではなく、動きを見てそれをフォローするやり方ではどうしても後手に回ってしまう。
「せめて、交信できたらなぁ」
単独行動の弊害を嘆いた。
「無茶です。艦長」
アルトリアは苦言を呈す副官を睨みつけた。
「このままでは他の部隊に後れを取ってしまう。ここで前進しなくては」
興奮したアルトリアは耳を真っ赤にして突撃しようとする。
「本艦は目立っています。真っ先に捕捉されるでしょう。一度距離を取りましょう。その間に他の艦が突破してくれます。むしろこのまま敵集団の目を引き付け援護にまわるべきです」
「消極的すぎる。なんとか切り込まないと」
「二隻で突っ込んでも十字砲火にあいます。ましてや単艦行動の艦が二隻です。標的艦と変わりませんよ」
副長の冷静な意見にアルトリアは俯いた。
「ラケッチの動きは」
副長はチャートに目をやる。
「本艦。後方70で護衛位置を崩していません」
正直ラケッチの動きに助けられている。
「このままでは、援護してくれているラケッチに申し訳が立ちません。私の反応が鈍いばかりに」
面を上げて訴えるアルトリアを見て、副長は唐突に自分の娘を思い出した。
「尚更、不用意に突撃してはラケッチも沈みます。ここは一旦距離を取ってから隙間を探しましょう」
「そんな時間が残っていますか」
「そう時間はかかりません。最後の瞬間に捕捉できれば我々の勝ちです」
当てがあるわけではないが、焦って突撃しても確実につぶされるだけだ。
三秒ほど沈黙が流れた後。
「わかりました。距離を取りましょう。進路変更175」
「アイサー。進路変更175」
イントルーダはQチームから距離をとる行動をするとラケッチも後に続く。それを見てアルトリアはさらに自責の念を強めるのだった。
「あのぅ。言い出しといてなんなんですが。これ大丈夫なんですか」
「何がでしょう」
「なんというか。すごい緊張してきたんですけど」
「そうですね。駄目ならその時はその時です」
「軍人さんてみんなそうなんですか」
「そうとは」
「いえ。命がかかっているのにそんなに落ち着いて居れるものですか。まぁこれは訓練ですけど」
「緊張しています」
「そうなんですか。全然そうは見えないんですけど・・・・・・・いや。そんな可愛く首を傾げられても」
「ポイントL378H225に敵正反応。数4」
「第08駆逐隊。交戦を開始しました」
「左舷。雷跡4確認。迎撃開始します」
「オメガ2.撤退を開始しました。撃破1です」
「第36駆逐隊。損害軽微。迎撃位置に戻ります」
イシュタルには配下の部隊から次々と報告が上がってくる。その全てが順調そのものだ。護衛部隊をすり抜けたXチームを確実に叩く。散発的な襲撃は予想の範囲内のものばかりだ。
「このまま集結ポイントまで行けそうだな」
ティントレット中佐は息を吐いた。
「今回は我々の勝利判定ですね」
「そうだな。だが到着まで気を抜くな。気を抜いた時に限って目の前を魚雷が通るものだ」
「アイサー」
「敵正反応あり。ポイントU556Z33 後方です。数1」
「後ろに回りこんだ奴がいるのか、ご苦労なことだ。機雷散布用意。適当にばらまけ」
撃沈する必要はない。足が止まれば十分だ。
「アイサー。機雷戦用意。数は各艦10基程度でよろしいでしょうか」
「承認する」
「アイサー。各艦機雷散布用意。数10」
「回収が大変だが、掃海部隊には汗を流してもらおう」
ティントレット中佐が掃海部隊に同情していると、上ずった声で報告が上がった。
「艦長。輸送船T25被弾判定。E04も被弾です」
「なんだと。チャートに出せ。流れ弾にでも当たったのか」
損害を受けた船がチャートに表示されると思わず声を荒げてしまった。
「はぁ。なぜ船団中央の船が被弾している」
「輸送船団から報告。護衛の突撃艦が攻撃してきているとのことです。更に被弾判定出ます」
「護衛の突撃艦?。直衛部隊はすべて船団の外郭に展開しているんだぞ。そもそもうちに突撃艦は」
そう口にはすると、冷たいものが背中を這い上がる。
「まさか。船団内に敵の侵入を許したのか。一番近い部隊に対応させろ。船団内にネズミが紛れ込んでいるぞ。他の部隊は持ち場を守れ。この隙に別のネズミが侵入するぞ」
直衛部隊は急遽陣形を変更して対処に向かった。
「主砲。目標を射程内に捕捉」
「撃て」
「命中判定。中破以上確定です。再攻撃しますか」
「無用。目標変更。右舷の4隻を攻撃」
ロンバッハは表情を変えずに指示を出す。
「アイサー」
ムーアは混乱した輸送船団を縫うように突き進み、目に留まった船に次々と疑似砲弾を撃ち込む。
ちなみにこの疑似砲弾だが命中判定が出ると、当たった船に「ピーン」と音が出るようになっている。
輸送船団のあちこちでこの信号音が鳴り響く。
撃沈判定を受けた船は減速した後、安全な場所で停止が義務付けられているので、一隻、また一隻と船団から離脱していく。
「直衛部隊。接近します。退避しますか」
「目標そのまま。船団襲撃を優先」
「アイサー」
直衛部隊は攻撃しようにもムーアは船団内を進んでいるため輸送船が射線を塞ぎ攻撃できない。
ムーアもそれを見越して悠々と攻撃していく。輸送船団は統合したシステムにより各ブロックに分かれて退避行動が割り当てられそれに基づいて動く。衝突事故は起こりにくいが、そこにイレギュラーな船が飛び込むと危険度が上がる。直衛部隊も迂闊に飛び込めない。ムーアはその卓越した機動力を生かして安全に船団内で反復攻撃を繰り返した。
そして、ムーア襲撃のため散発的になった機雷原を対空砲で蹴散らしたコンコルディアと、ほとんどやけくその様に目を三角にしたイントルーダとラケッチが護衛部隊を振り切って突っ込んできた。
後は何が何だか分からない乱戦に突入。
最後はカルロが禁止にしていた。量子反応魚雷をイントルーダが一斉射撃をし船団は半壊。コンコルディアは巻き添えを食らい撃沈判定を受けてしまった
ムーアはコンコルディアの突入に合わせて離脱。追撃も受けることはなかった。。これを受けて演習の統制官は攻撃側の勝利を判定する。ムーアのパーフェクトゲームで演習は終了した。
「申し訳ありません」
司令部のブリーフィングルームでアルトリアは床につかんばかりに頭を下げる。
「いや。まぁ。しょうがない。極端な乱戦だったからな。しかし、あんな至近距離で魚雷はいかんだろうが、魚雷は。下手すると自分も一緒に吹き飛びかねんぞ」
「焦りが出てしまいました」
「すごい威力だったね。輸送船団の連中も涙目だろうさ」
ナイジェルがおかしそうに笑った。
「そう落ち込まなくてもいいわ。アルトリア艦長。小官も何度かコンコルディアを撃沈しているから」
「それは自慢ですか。ロンバッハ艦長」
「違うわ。ただの事実よ。バルバリーゴ艦長」
涼しい顔でロンバッハが答える。
「それにしても。どうやって船団に侵入したんです。輸送船団の連中、攻撃されるまで護衛部隊と思っていたんでしょ」
皆が聞きたいことをナイジェルが口火を切る。
「それほど特別なことはしていません」
ロンバッハは淡々と語りだした。
「この遊びの極意を教えましょうか」
ケイドロと言う子供の遊びを説明すると思いのほか食いついてくれたロンバッハに、レヴェッカは嬉しくなった。
「なんでしょう」
「それはですね。仲間が多すぎてだれが仲間か覚えていないことなんです。」
「?」
「ですから。わたしは仲間ですよって顔して近くにいれば、まず疑われないんです」
「そうですか」
疑わし気にロンバッハは言う。
「本当なんです。これ集団でする遊びなんで20人超えたらまず分かりません。もち一回しか通じませんけど」
「どうやって仲間のふりをするのですか」
「特に何もしません。普通にそばにいるだけです。目立たず傍に立っているだけでOKです。そしていざというときに本性を表せば大勝利」
レヴェッカはvサインをして見せた。
「なるほど。面白いですね」
ロンバッハはやってみることにしたのだった。
そして、ムーアは当たりをつけた輸送船団の進路付近で信号弾を上げると、確認のため近づいてきた直衛部隊を捕捉。その動きから輸送船団の進路を確実に特定すると動力を切って隠蔽モードに移行。直衛部隊の探知を免れると、向こうから近付いてきた輸送船団に何気なく合流した。
「味方が攻撃を仕掛けると同時に内部から攻撃する手はずだったのだけど、いつまでたっても誰も来ないから時間ぎりぎりで攻撃したのよ」
ロンバッハの説明を聞いてみな唖然とした。
「す、凄いですね。そんなこと本当にできるんですか。いや、出来ているのか」
アルトリアが理解が追い付いていないのか、たどたどしく感想を述べた。
「さすがに小官も実戦でこれをやる気はありません。今回は単独行動なんてイレギュラーな作戦でしたから特別に」
「子供の遊びにしてやられたわけか」
カルロの背後から重苦しい声が飛んできた。
「ティントレット中佐」
カルロ達第54戦隊の面々は一斉に敬礼した。
憮然と敬礼を返すティントレット中佐。
「バルバリーゴ少佐。映画監督は大喜びだったそうだ。予想外にいい絵が撮れたとな」
「いや、そうですか。喜んでいただけて何よりです」
ほかに何と答えればいいのやら。
「そうだな。ついては貴様たち第54戦隊に撮影協力してほしいそうだ。じきに広報課から正式に命令が来るだろう」
「アイサー」
「以上だ」
踵を返すティントレット中佐は去り際に「いい作戦だった。実に勇敢だ」と言い残して去った。
「悪いことしたのかしら」
後ろ姿に哀愁を感じたのかロンバッハが首を傾げた。
「多分。想像以上にダメージは大きい」
「謝ったほうがいいようね」
「やめてくれ。余計に惨めになるから」
「そう」
「そうだよ」
「なら、謝らないわ」
「そうしていただけると助かります」
「なぜ敬語」
「察してください」
第54戦隊は勇猛果敢な映像を撮るお手伝いをし無事映画は完成した。後日完成した映画を見たカルロは笑いを堪えるのに苦労したのはまた別の話。
続く
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