第23話 燃料調達
突撃艦コンコルディアは酒武器管理局の要請に従い、武器の不法取引の検挙に協力したが、対象の船には武器が積み込まれていなかった。
コンコルディアの艦内で今後の対応が検討されていた。
「発見できなかったのは残念だ。しかし、現状では手が出ないのだろう。大人しく帰港するしかない」
カルロ・バルバリーゴは作戦の終了を主張した。
「いえ。それは早計です。何かしらの仕掛けがあるはずです」
酒武器管理局のニコライ・ロマロノフは作戦の続行を主張する。
「仕掛けね。しかし、証明できなければ逮捕できない。それともあれは囮か何かで本命は別にいるのかね」
「その可能性は低いですね。メンフィスにそこまでの資金力があるとは考えにくい。確かに今回の取引はいつもより規模が大きいが、船をもう一隻調達できるほどでは」
「そうなると、あの船に武器が満載されているはずだろう。何も出なかったじゃないか」
カルロの指摘にニコライは俯くがすぐに顔を上げて反論した。
「ですが、内偵の結果。大口の取引であることは間違いありません。確認した物資の売却益では足が出ます」
「サンドワーム以外は何を積んでいた」
カルロはドルフィン大尉に確認する。
「はい。家畜の飼料ということでした。ほとんどが穀類です」
「穀類ね。わざわざ遠くから運ぶものでもないな」
カルロも考え込んだ。貿易に詳しいわけではないが、穀類ならナビリア星域でも十分に自給できる物資だ。他の星域の業者に注文するのもおかしい。
「艦長。可能性としてでありますが。どこかに先行して物資を集積して、あの船は引き船として使用するのかもしれません」
ドルフィン大尉が持論を展開した。
「牽引用のコンテナを別途用意しているということか。理解はできるが。どうかね」
ニコライに確認した。
「メンフィスは今回の取引にかなり時間をかけています。可能性はありますが、断言できません」
「なるほど」
「艦長。よろしいでしょうか」
機関長が珍しく会話に加わってきた。
「かまわん」
カルロが許可した。
「小官も副長の予想は確度が高いと思います」
「根拠は」
「艦長もご覧になったでしょう。あの船には不釣り合いなまでのジェネレーターの数を。引き船として使用するためなら納得できます」
「ああ。言われてみればそうだな」
機関長の意見に現実性が高まる。
ただ、ニコライの表情は冴えない。確信がないのだ。
「バルバリーゴ艦長。このままメンフィスの船を追跡できませんか」
「追跡はできるが、問題はいつまで追跡するかだな。彼らの行先は」
「惑星オルギムです」
「オルギム?かなり遠いな」
ニコライの言う惑星オルギムは連邦の勢力圏を抜け、リボニアを掠め4日ほど進んだ宙域に浮かんだ居住惑星だ。
カルロは少し考えて航海長のほうを見ると、彼は首を横に振る。
「すまないが、そこまで行くと帰りの燃料が足りない。突撃艦は燃費が悪い。燃料補給が必要だ。」
突撃艦の最大の欠点がその航続距離の短さであった。
「それでは、ここからは我々だけで追跡します。近くで交通量の多いステーションまでお願いします」
ニコライは単独行動に切り替えた。
「馬鹿を言いなさんな。オルギムは敵対こそしてはいないが、あの星は国家と言っても名ばかりで実際には無政府状態だ。連邦の勢力圏からも離れすぎている。無駄な犠牲か出るぞ」
「しかし、このままではナビリアの治安が確実に悪化します。メンフィスの依頼主の攻撃目標は連邦加盟国の可能性が高いのです」
「それは困るが」
ようやく落ち着きを取り戻しつつある治安を悪化させたくはない
「司令部に報告だ」
判断は司令部に任せることにした。
「同意できません」
司令部の判断は簡潔だった。
治安維持を担っている護衛総隊所属の大尉が説明する。
「惑星オルギムは現在、内戦のただなかです。現地政府は名目だけで実際にはオルギム解放戦線が支配領域を広げています。例によってこいつらはただのテロリスト集団です。酒武器管理局の懸念には理解を示しますがバックアップが難しい。一度、帰還してから再度捜査してください」
ニコライは現状を説明し時間が惜しいと説得する。
捜査続行を渋る軍にも弱みがある。そもそも軍には酒武器管理局の行動を掣肘する権限はないため、彼らが独自の権限に基づいて捜査すると言えば口出しできなかった。だが、ナビリア星系の警察権は軍にある。勝手に動かれても迷惑だった。
両者譲らず言い合いのようになるのでカルロは口を挿んだ。
「横からすまないが、護衛総隊としてはバックアップが困難なのが問題なのかね」
「そうです。現状オルギムに突撃艦一隻で侵入するのは危険です」
大尉の言葉をしばし吟味して答える。
「では私の指揮下の第54戦隊4隻でバックアップしよう」
「少佐。無茶を言わないでください。武器密輸の捜査に一個突撃戦隊を投入できるわけがありません」
「その判断の権限は本職に帰している」
戦隊の運用に関してはカルロの裁量が優先される。
「それはそうですが」
大尉は答えに窮した。
「そこでお願いがあるのだが、補給艦を一隻手配してほしい。突撃艦ではオルギムまでの燃料が心もとない」
「補給艦でありますか。突然おっしゃられても用意いたしかねます」
反論の糸口をつかんだ大尉はここぞとばかりに渋る。
「それに言いにくいのですが、予算が足りません」
「予算?」
「今回の捜査に使える予算では突撃艦4隻分の燃料費を賄えません」
カルロは一瞬ポカンとした顔になる。
「水雷戦隊の方で出しいただけるのであれば我々としても何も言うことはありませんが」
カルロはドルフィン大尉のほうを見る。
ドルフィン大尉も考え込んでいた。
「司令部からの指示だから艦隊管制本部から燃料代ぐらい出るだろう。犯罪者の取り締まりに予算の事前承認が必要なのかね。事後承諾でいいだろう」
艦隊管制本部は補給業務を一手に担う部署のトップである。
カルロも口にはするが確信はない。
「少佐。犯罪が立証され犯人逮捕の場合でしたらおっしゃる通りですが、今回はまだ捜査の段階です。一隻分が精一杯かと」
大尉は申し訳なさそうに答える。
「艦長。今回の案件では大尉の言う通り燃料費が出ない可能性があります」
ドルフィン大尉が意見した。
「そうなのか」
「受領した命令書は護衛総隊の管轄と明記していました。戦闘行動や演習、哨戒任務でもありません。艦隊管制本部は無関係かと」
「無関係ということはないだろう。これも立派な作戦行動だ」
「少なくとも増援分は厳しいかと」
「縦割り行政万歳」
カルロは両手を上げた。
「バルバリーゴ艦長。燃料費でしたら我々の方で出しましょう」
追跡に望みが出たニコライが嬉しそうに口を出してきた。
「おお。なら大丈夫か」
「ちょっと待ってください。艦長」
喜ぶカルロをドルフィン大尉が止める。
「ロマロノフ捜査官。どの程度の金額を出せるのでしょうか」
ニコライの提示した金額にドルフィン大尉が唸る。
「ロマロノフ捜査官。失礼ですがその金額では一隻分が限界です」
「えっ」
ニコライの表情がこわばる。彼の予想以上に突撃艦の燃料代は高かった。
「護衛総隊の方で追加でいくら出せる」
「すぐにはお答えいたしかねます。上に確認しますが最悪、出ません」
カルロの問いに無情な答え。
「なんてことだ」
肩を落としたニコライにさらに追撃が入る。
「そもそも、補給艦の手配が出来るかどうか確証もありません。艦隊管制本部に問い合わせてみないと」
艦隊管制本部に問い合わせた結果、戦闘行動でもないのにスクランブル待機中の補給艦を回すのは無理と言われた。
司令部とのやり取りが終了すると、ニコライはいよいよ覚悟を決めた。
「バルバリーゴ艦長。やはり我々だけで捜査を続行します」
カルロはそれには答えず艦長席で額に手を当てていた。
「副長」
意を決してドルフィン大尉を呼ぶ。
「はい。艦長」
「第54戦隊。全艦、発進態勢に移行」
「アイサー。全艦、発進態勢に移行します」
カルロは第54戦隊の投入を決めた。
「航海長。オルギムまでの航路設定と必要燃料を算出しろ」
「アイサー」
問題は燃料である。代金もだが燃料そのものがなくては話にならない。
「ロマロノフ捜査官。あなたの上司に掛け合って追加の資金を引き出してくれ。燃料はこっちで何とかする」
「本当ですか。了解しました」
ニコライはドルフィン大尉が差し出した通信機を取った。
カルロは作戦室に入ると通信を入れる。ある人物に直接繋がるラインだ。
「これはこれは、バルバリーゴ少佐。何か御用ですか」
通信に出たのはリボニアの実力者グロン・ボルだ。
「突撃艦に燃料補給できる船を用立ててくれ。燃料は4隻分だ。本艦はこれよりリボニアに向かい直接、燃料補給をする。残り3隻が航行中に船での補給だ」
挨拶もなしに用件を切り出した。
「唐突ですな。いつまでにですか」
「早急に。最短でいつだね」
「少々。お待ちを」
グロン・ボルはできないとは言わなかった。そこに希望がある。
カルロが焦れる前にグロン・ボルが戻ってきた。
「コンコルディアは24時間。船での補給は最速で72時間です」
カルロはざっとメンフィスの船がオルギムに到着するまでの時間を計算するが。
「遅い。48時間で何とか頼む」
「無理ですな。まず我々には軍用燃料のストックがありません。その調達だけで24時間はかかります」
「この際一般船舶用で構わん。それなら48時間で行けるか」
「それならなんとか。しかし、動くのですか。ジェネレーターに不具合が起こっても知りませんよ」
「潰れたりはしない。加速が鈍ったり出力が低下するぐらいだ」
「少佐が良ければ。それでは船の行先ですな。どこまでお持ちすれば」
「はっきりとしたポイントは後程送る。目的地は惑星オルギムだ」
「オルギムですか。あそこは我々の活動範囲ではありませんがいいでしょう。では次にお支払方法は」
「連邦流通通貨であれば、そちらの要望に沿おう」
「では。ディナールでお願いします」
「了解した」
ナビリアで一番流通しているのがディナールであった。
「最後に費用ですが、これぐらい掛かります」
しばらく計算した後、グロン・ボルが金額を提示した。
「高い。それは軍用燃料ベースだろう。民生用ならもっと安いはずだ」
「おや。これは失礼。確かに軍用で計算していましたな」
とぼけた態度で再計算に入る。
「これが、正しい数字になります」
「あまり変わらないではないか。値下げ要求だ」
「これ以上の値切りには応じられません。オルギムの付近は物騒です。複数の海賊集団がテリトリーを巡って争っています。我々も一隻でふらふらと近寄れません。護衛の船が3隻は必要です。その費用とお考え下さい」
「それなら問題ない。途中でウチの連中と合流すればいい。突撃艦3隻の援護なら問題なかろう」
「それはそうですが。いやいや。騙されませんよ。補給後はどうするのです。補給が終われば行ってしまうのでしょう。戻ってくるとしてもその間はどうするので」
カルロは心の中で舌打ちする。やはりこの男はやり手だ。細かいところに気が付く。
「分かった。護衛に一隻残す。これならどうだ」
突撃艦一隻分の火力を失うのは痛手だが、値下げのためには仕方がない。
「いいでしょう。それでは我々も護衛を2隻減らしましょう。わかっておられると思いますがこれもひとえに少佐を信用してのことですぞ」
グロン・ボルが最後の金額を提示した。
カルロはうめき声をあげ。
「これで頼む」
それを見たグロン・ボルがため息をついた。
「我々相手にここまで値切る者もいませんよ。少佐には敵いませんな。いいでしょう。その金額で」
「すまん。助かる」
カルロは頭を下げた。
「ちなみにすぐに支払えるのは、この金額だ」
それを見たグロン・ボルの表所が曇る。
「分かっている。みなまで言うな。足りない分は例の口座から引いてくれ」
「よろしいので」
「そのための金だ」
「いいでしょう」
グロン・ボルは笑った。
カルロは輸送船受け渡し作戦の折、グロン・ボルより渡された報酬は手元にあると危険すぎるので、彼に預け表向きカルロとは関係ない金にしていた。
「それにしても一個突撃戦隊とは穏やかではありませんね。戦争でも始まりましたか」
「そうならないための一個戦隊だ」
「ご健闘を」
「傾注。作戦を説明する。ロマロノフ捜査官。お願いします」
ドルフィン大尉の声にニコライがか進み出た。
「了解です。まず。コンコルディアは先行しメンフィスがオルギムに到着するのを待ち受けます。その間に増援と合流。メンフィスがオルギム解放戦線と取引に入った時には確実にブツがあります。その瞬間を押さえます。この時、解放戦線からの抵抗が予想されますが突撃艦3隻で制圧します。メンフイスと証拠品を押さえて離脱。以上です」
「ざっくりとした作戦ですな。その解放戦線とやらの戦力はどれぐらいですか」
機関長の問いにドルフィン大尉が答える。
「オルギム解放戦線は主に地上で活動している組織のようだ。武装ボート数隻と仮装巡洋艦一隻、あとは軽武装の輸送船が数隻と情報部では見積もっている」
「なるほど、それなら突撃艦3隻で十分ですな」
機関長は納得した。
カルロは一同を見渡す。
「この作戦は酒武器管理局の要請に基づいた作戦ではあるが、成功すれば連邦加盟国の安全に大きく寄与しナビリアの治安が安定する。各自いつも通り頼むぞ」
「敬礼」
ドルフィン大尉の号令で士官たちは一斉に敬礼する。その中にはニコライの姿もあった。
「第54戦隊。全艦発進。集結ポイント惑星オルギム公転軌道KH551HH22」
「アイサー。全艦発進信号」
「第一戦速。本艦はこれよりリボニアを経由してオルギムに向かう」
コンコルディアはリボニアへと進路を取った。
続く
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