第11話 ニルド奪還作戦 掃海戦
ニルド公国がタシケント共和国に武力侵攻を受けて2年が過ぎようとしていた。
元々、ニルド公国は隣国のタシケントとの関係が強かったが、現公爵オスコーン3世が即位すると、連邦の傘下に入った。
これによりニルドに所有していたタシケントの資産は、連邦の資本に侵食されていく。タシケントの心情が悪化する中、オスコーン3世の弟セム侯爵は、兄の地位を奪うべく策動した。
オスコーン3世が病に倒れると、親タシケントの勢力を糾合しクーデーターを決行した。クーデーターは成功し兄を拘束。実権を掌握したセム侯爵は、連邦からの脱退を表明する。
連邦という勢力は加盟は比較的簡単だが、一度加盟すると、脱退するには、大きな経済的賠償を要求する。小国のニルドに支払い能力は無く、セム侯爵は、連邦の権益をタシケントに売り渡すことにより、タシケントからの軍事援助を引き出した。クーデーターから一ヵ月後、タシケントはニルドに艦隊を派遣。残存する連邦軍は武装解除を余儀なくされた。
これにより、外交問題として一応静観していた連邦軍は、中央委員会に変わりニルド問題の対処に当たると宣言。ニルドに艦隊を派遣を決定する。しかし、ナビリア星域は連邦にとっては重要度の低い辺境星域。他の戦線が荒れたことにより、迅速に対応することが出来なかった。
だが、主戦線であるトリニダーゴ方面の安定を受け、ついに動き出した。
「カルロ・バルバリーゴ少佐。第54突撃戦隊、指揮官に任命する」
「謹んで、拝命いたします」
ナビリア方面軍司令官、タウンゼン提督より辞令と戦隊旗を受取る。
戦隊旗は白枠に青地、中央に盾を構え左を向いたワルキューレ、盾にはヒナギクが描かれていた。白枠に青地は連邦、左向きのワルキューレは突撃艦を表し、盾は方面軍、ヒナギクはナビリアを表す。
これより、コンコルディアのマストにはこの旗がはためく。戦隊指揮艦としての名誉を表す旗だった。
晴れて第54突撃戦隊は臨時編成から正規編成に昇格した。
敬礼するカルロの背後には、彼の指揮下に入る3人の突撃艦長が控える。
黒髪、長身のナイジェル・カトゥルーリャ少佐。
中央、親衛艦隊より移動した、アルトリア・ド・エルべリウス少佐。
そして、臨時編成時より54戦隊に在籍し54戦隊の次席指揮官となった、アデレシア・ラ・ロンバッハ少佐。
「バルバリーゴ少佐。司令部は54突撃戦隊に期待すること大である。新鋭突撃艦の実力を、この戦いで発揮せよ」
「アイサー。必ずやご期待に沿います」
結成式はつつがなく終了した。
「ようやく、臨時編成から正規の編成になったな」
「揉めずに司令に昇格とは、予想外でしたね」
ドルフィン大尉がコーヒーを手渡す。
「臨時編成からそのまま昇格したのだ、順当だろう」
不満げに、コーヒーを受け取った。
「順当といえばそうですが、色々やらかしましたからね。土壇場でロンバッハ艦長とか、最悪、外部からの就任も、有り得たかもしれませんよ」
「なるほど、有り得ない話ではないな」
「おや。怒らないのですか」
「やらかしたのは事実だからな」
余裕があるのか、鼻で笑って見せた。
「貴様も昇格したのだ。判っているな」
ドルフィンの新しい、階級章を指す。
「アイサー。艦長が戦隊指揮に専念できるよう精励いたします」
「頼むぞ。普段はこれまで通り、私が指揮するが、水雷戦隊の指揮下にない戦闘になると、戦隊指揮に集中するからな」
連邦軍の編成では4~6隻の突撃艦や駆逐艦が小戦隊を形成し、その小戦隊が2~3個の集まって水雷戦隊を形成する。水雷戦隊は軽巡洋艦が旗艦を勤めることが多い。第54突撃戦隊はこのなかの小戦隊に分類される。
簡単に言うと、水雷戦隊に所属すれば、指揮は軽巡洋艦艦長、もしくは専門に配置された水雷戦隊司令が行い。独立配置になればカルロが行なうということだ。
そして、ナビリアでは常設の水雷戦隊は2個しかない。残りは状況によって臨時に編成される。
第54戦隊は今のところ、独立配置であった。
ドルフィン大尉の責任は重い。
「艦長。時間です」
「よろしい。半速前進。第54戦隊出航せよ」
「アイサー。半速前進。前進信号を出せ」
コンコルディアが動き出した。
ニルド開放作戦は、タシケント側も予測しており、ニルドに向かう航路には多数の機雷が敷設されていた。
艦隊の針路を切り開くため、掃海部隊が投入される。第54戦隊はこの掃海部隊の護衛が割り当てられた。
「掃海機、発進します」
ジェネレーターと推進装置を、取り付けただけの小惑星が一斉に動き出した。その数70ほど。
「二日しか時間が無い。手早くやるぞ」
機雷には大きく分けて二種類ある。デブリのフリをして惰性で漂う浮遊機雷と、船舶の発生するエネルギーを探知して寄ってくる自動機雷である。
掃海艦は小惑星に装置を取り付け、囮として機雷原に突っ込ませ、その後ろを付いていく。囮の放出するエネルギーに引き寄せられる自動機雷を探知して砲撃を加える。この時に掃海艦だけでは手が足りないので、護衛のコンコルディアも手を貸していた。
「左舷、自動機雷を探知」
「対空砲、迎撃せよ」
ドルフィン大尉の指示で、コンコルディアの対空砲が火を噴いた。
「目標に着弾」
「反応が無くなるまで、撃ち続けろ」
機雷は構造上、銃撃では爆発することは無いので、破壊の確認が難しい。とにかく撃ちまくって蜂の巣にして、無力化するしかない。
「囮。08番で、爆発確認。浮遊機雷です」
「デブリの発生状況は」
前を行く囮に、たまたま浮遊機雷が当たったようだ。
「確認中。08番損傷。しかし、大きなデブリの発生は確認できません」
掃海任務では、機雷を吹き飛ばせばいい、という訳ではない。機雷を除去した結果。航路がデブリだらけになりました。では意味が無い。探知が簡単な自動機雷は、砲撃で潰し、探知困難な浮遊機雷は囮にぶつけた後、デブリを除去しなくてはならない。
カルロは報告を聞きながら、ドルフィン大尉に艦の指揮を任せ、広く展開した掃海部隊に目を配らせる。
現状、タシケント側からの妨害は無いが、何時いつ出てくるか判らない、充分に警戒したい。
「指定ポイントに達しました」
機雷原を抜けた。
「よし。各艦、周囲の索敵に専念せよ。囮の準備が出来次第。引き返すぞ」
「アイサー」
宙域にもよるが掃海作業には時間が掛かる。
航路に掃海機を大量に投入し、自動機雷を起動させ、浮遊機雷を轢いていけば済むように思われがちであるが、敷設側も時間と損害を稼ぐべく、知恵を絞る。
自動機雷は、IFF(敵味方識別装置)に反応の無い、船舶を検知しても、何回かは起動せずやり過ごし、掃海が終わったころを見計らって、動き出したりする。単純な浮遊機雷は適当に軌道変更し、掃海を終わらせたルートに入り込んだりした。
そのため、掃海任務は、同じ場所を何度も念入りに行き来し、安全を確保しなければならない。地味で苦労の多い任務だ。
「副長。全体の排除数は」
「お待ちください」
ドルフィン大尉は、オペレーターと確認する。
「自動機雷12浮遊機雷3 計15になります」
「一度目はこんなものか」
「休眠している機雷の数が、相当数存在しますね」
事前の予想では2000個近い機雷が、敷設されているはずだ。
「そうだな。だが、艦隊は待ってはくれない。期日までに、出来るだけ安全を確保する」
「アイサー」
この日は4往復し、計281個の機雷を除去し、一度引き上げることにした。
「本日は、皆ご苦労。明日も引き続き、任務に励んでくれ」
「了解」
作戦室のモニター越しに敬礼すると、ナイジェル艦長とアルトリア艦長は画面から消えた。
「どうでしたか」
一人残った、ロンバッハが声を掛ける。
「あの二人か」
ロンバッハは頷くうなず。
「特に問題は無かったな。二人ともきっちり機雷に反応していたし、危ないシーンも無かった。まぁ。これだけ準備していれば当然ともいえるが」
最前線で行なう、強行掃海とは訳が違う。
「セオリーですと。明日には妨害が入るかと」
「そうだな」
タシケント側も連邦が掃海を開始したことは、掴んでいるだろう。動きがあれば、いよいよ。54戦隊としての初戦闘となる。
「機雷原の中での戦闘になるかもしれませんね」
「足の踏み場には気をつけるよ」
「そうですね。では」
カルロの軽口がお気に召さなかったのか、ロンバッハは敬礼して消えた。
「怒らせてしまったかな」
誰もいない、作戦室で一人呟く。
「全艦。発進準備完了」
「よろしい。直ちに発進せよ」
タシケントのニルド駐留艦隊は、前哨戦として掃海部隊の捕捉撃滅のために、10隻の駆逐艦を進発した。
「掃海を出来るだけ妨害し、時間を稼ぐ」
「アイサー」
「一日二日ではたいした数は除去できまい。機雷原の中で踊ってもらうとするか」
指揮官はほくそ笑んだ。
「探査衛星Ω22より受信。フィーザに感あり。方位144距離27セパーク。数は複数。詳細は不明です」
「掃海中止。第一戦闘態勢。司令部に知らせよ」
二日目の掃海が半ばに入った頃に現れた。
「当初の予定通り。掃海艦は一隻を残し退避。第54戦隊集結せよ」
コンコルディアは船団の先頭に踊り出た。
掃海艦は次々と船首を翻し、安全圏を目指す。
カルロの手元には、囮の小惑星64個と、これをコントロールする掃海艦一隻、そして4隻のエスペラント級突撃艦が残った。
「さて。敵の規模を把握するか」
幸い、自動機雷を探知するため、いつもより多い探査衛星が、辺りにばら撒かれている。ここから情報を探ろう。
「妨害が、きついですが敵艦、数は10~12隻ですね」
「一個水雷戦隊か。艦種はわかるか」
「大型艦ではありません。駆逐艦か突撃艦でしょう」
衛星からの情報を読み解く。
「まずは、我々だけでお出迎えだ。全艦、第一戦速。針路163」
「アイサー。全艦。第一戦速。針路163」
コンコルディアを先頭にムーア、ラケッチ、イントルーダの順に続いた。
その頃タシケント軍でも。
「連邦軍。補足しました。掃海部隊です」
「数は」
「70隻以上です」
「護衛部隊は判るか」
「解析します。時間をください」
「急げよ」
指揮官は軍帽を被りなおす。
両者は急速に距離を縮めた。
「安全エリアから飛び出すなよ。四方から機雷が来るぞ」
54戦隊は、二日掛けてクリアリングした安全エリアを突き進む。
掃海したとはいえ安全エリアは、機雷原に空けたトンネルのようなものだ。機動には大きな制限が掛かる。
「射程に入り次第。全力雷撃」
「アイサー。魚雷戦準備。1番から4番、データ入力」
「敵艦。艦種判明しました。エスペラント級突撃艦4隻です」
オペレーターの報告に眉を歪めた。
「確か。先日、ニルドの防衛ラインを、突破したのもエスペラント級だったな」
彼は直接見たわけではなかったが、ニルドの衛星軌道で、曲芸飛行して見せたバカがいたらしい。
その姿は、軍だけではなく、付近に居た民間人にも目撃され、多数の映像が出回った。
「我が軍を愚弄した艦か」
カルロの威力偵察はタシケントに恥をかかせたらしい。
「部隊を二つに分ける。6番艦以降は逃げ出した掃海艦を追う素振りを見せろ。残りは本艦と共にやつらを釣り上げるぞ」
タシケントは部隊を二つに分けた。
「敵艦。二手に分かれます」
「面白くないな」
カルロはシートに腰掛けた。
「どうされますか」
タシケント軍は機雷原の中から出る気は無く、別働隊で逃げている掃海艦を叩くつもりだろう。
「突っ込むにしても、まだ早いな」
チャートに表示されるタシケント軍を睨みつけた。
今突撃すると、敵艦は分進を止めて集結してしまう。時間をかけて充分な距離が出てから突撃すると、掃海艦に無駄な損害が出る。
見極めの難しいところだ。
両軍は牽制をしながら少しずつ移動した。
「動かないか。このままでは時間を稼がれるか」
タシケントの指揮官は、連邦を吊り上げることを諦めた。
「第二分隊は、連邦の突撃艦と掃海艦の間に侵入せよ。我々はこのまま正面からアプローチする」
二方向から挟み撃ちにすることにした。
「動いたか。もう少し悩んでくれても良かったのに」
タシケントの動きは、こちらの分断を狙っているようだ。
「どうしますか」
「戻るぞ。進路変更586 第一戦速」
後方を遮断される訳には行かない。囮部隊と合流する。
タシケントとカルロの牽制合戦に業を煮やしたものが現れる。
「艦長。ラケッチより入電」
「繋げ」
モニターにナイジェル艦長が現れる。
「司令。意見具申しても、よろしいでしょうか」
「もちろんだ」
「このまま、もじもじしても、始まりません。小官が敵、前衛を釣り出します。任せてください」
「ラケッチ。一艦でか」
「はい」
カルロがしばらく固まるとさらに。
「艦長。イントルーダから入電」
「またか。繋げ」
現れたアルトリア艦長も似たようなことを具申してきた。
突撃艦乗りというのは大体、血の気の多い連中が多いが、こいつら多すぎじゃないか。カルロは自分を棚に上げた。
「貴官らの敢闘精神には敬意を表すが、一人で突っ込んでも、むざむざ・・・・・・・・・・・そうだな。やってもらおうか」
話している途中で気が変わった。
「おおっ。で。どちらが」
ナイジェル艦長が露骨に喜ぶ。
「二人でた」
カルロは端的に答えた。
「敵艦。二隻突出してきます」
タシケントの司令は首を傾げる。
「二隻だと。残りは」
「動きありません。密集したままです」
「物は何だ」
「艦種、特定。エスペラントです」
「我々の真似というわけか。いいだろう。乗ってやる。第一分隊前進。第二分隊は足止めだ。このまま踏み潰せ」
タシケントの駆逐艦5隻が前進を開始した。
「艦長。敵艦、反応あり。前進してきます」
「いいぞ。そのまま来い。来い。来い」
ナイジェル艦長は笑顔を絶やさない。
「このまま、魚雷の射程まで前進しろ」
「アイサー」
「意外に話のわかる、司令のようたぞ。バルバリーゴ少佐は」
「そうなんですか」
ラケッチの副長が尋ねる。
「断ってくると、思っていたのだが、あっさり了承された。だか、イントルーダと共同とはな」
「このまま前進します」
アルトリア艦長は言葉数が少ない。
「アイサー」
「僚艦に我らの力を示すのです」
そのまま、チャートを凝視していた。
先日、ロンバッハ艦長と言い争いになりかけたが、もちろんあの程度で、翻すような安い信念は持ち合わせてはいない。勝利のために命をかけるのは連邦軍軍人として当然のことだ。
「力を示すのです」
二度目の言葉は呟きとして消えた。
「そうだ。そのコースで、動かしてくれ。出力?もちろん最大だ」
カルロは残った掃海艦と話をつける。
「結局。いつも通りになってしまったわね」
ロンバッハは呆れたように言う。
「すまんな。初めてということで、大目に見てくれ」
「小官は、構いませんが、あの二人がどう受取るか」
「それも。すまんとしか言いようが無いな。では、作戦開始」
「了解」
「後続の連邦軍が動きました」
「来たか。数は」
「約70全艦です」
「いいだろう。第二分隊に阻止させろ。ほとんどが囮の小惑星だ。適当に魚雷を食らわせて、身動き取れないようにしろ。それで充分だ」
「アイサー」
タシケントの第二分隊は、指示されたとおり、行く手を遮ろうとしたが、連邦の動きがおかしいことに気がついた。
「なんだ。こいつら。機雷原に突っ込むつもりか」
囮たちは掃海の済んでいない宙域に突入していく。
当然。自動機雷は囮目掛けて飛んできた。これまでは掃海艦と第54戦隊が迎撃していた自動機雷が、次々に突き刺さる。
「14、62、50、03被弾。さらに。18、29」
目まぐるしく上がってくるデータに、オペレーターが狂ったようにまくし立てる。
「いちいち。報告しなくていい。全部被弾しても構わん」
「アッ、アイサー」
コンコルディアとムーアの周囲に配置された、囮は無数のデブリを撒き散らしながら、盛大に被弾していく。
カルロ達の針路を妨害する予定だった第二分隊は、自分たちの側配から後方にかけて通過しようとする、小惑星群にとまどった。
「阻止雷撃だ」
第二分隊は移動を阻止すべく雷撃を行なったが、意味が無かった。タシケントの魚雷は撒き散らされるデブリに阻まれ、途中で爆発するか、制御不能になった。
そして、タシケントの雷撃を確認したコンコルディアとムーアは、デブリの中から、ひょっこり顔を出して、雷撃してくる。
「8番10番、被弾」
タシケントの第二分隊に損害が出た。
「なぜ、あのデブリの中から雷撃できる」
第二分隊を任された、6番艦艦長が叫ぶ。一見、不可能かつ理不尽に見えるが、それは側面を通過されているタシケント側から見たらの話だった。
コンコルディアから見れば、自分たちと同じ方向に動いている小惑星の隙間から、デブリの無い空間にいる第二分隊を狙って撃つのだから、難しくはあっても不可能ではなかった。
もちろん、細かい破片は、コンコルディアにガンガン当たる。
「こりゃ。外板は傷だらけですな」
機関長がぼやいた。
「傷は男の勲章だ」
「コンコルディアは女性ですよ」
カルロの発言に機関長は突っ込む。
機関長の発言は少し違い、コンコルディアが女性というより、連邦で使用される言語では、船は女性名詞のため、例え軍艦であっても女性扱いするのが一般的であった。
第二分隊の混乱は、第一分隊にも伝わった。
「どうなっている」
「小惑星群の中に隠れた突撃艦より雷撃を受けた模様。一隻大破。一隻は撃沈されました」
「ふざけた真似を。合流する前に、前の二隻を片付けろ」
第一分隊は遮二無二に前進を開始し、連邦軍の合流を阻止しようとした。
「これは、無理に突撃する必要ないね」
ナイジェル艦長は、距離を取る為に後退した。
「司令と合流してから、突撃します」
アルトリア艦長もこれに続いた。
前進から一転、距離を取り出した連邦軍。このままでは、駆逐艦5対突撃艦4になる。性質上同数の駆逐艦では突撃艦に分が悪い。最悪全滅もあり得る。タシケントはついに奥の手をつかう。
「待機状態の自動機雷を全てアクティブにせよ」
休眠していた一千個以上の機雷たちが目を覚ます。
「あの。小惑星群ごと、粉砕しろ」
これまで以上の自動機雷が、囮に食らいつく。
一千個全てではないが、付近の機雷たちは、次から次へと襲い掛かり、たまねぎの皮を剥く様に、小惑星群がやせ細っていく。
僅かな時間で、囮の小惑星は破片になってしまった。
「第二分隊は早く態勢を立て直して、背後に回りこめ、後二隻だけだ」
再び突撃を開始した連邦軍に止めをさすべく、紡錘陣形を取る。
それでも、一隻は損害が出るか。前哨戦で突撃艦4隻と駆逐艦3隻のトレードオフなら上出来か。いや当初は圧倒的に有利な状況ではなかっただろうか、もう少し慎重に動くべきだった。しかし、それでは逃げられてしまう、もしくは敵の増援が到着してしまうだろう。
タシケントの司令官は頭の中で、ぐるぐると考えを巡らせていた。
「艦長。急速に接近する物体あり。数8魚雷と思われます」
上ずった声で報告が上がる。
「方位を知らせ」
基本を忘れたオペレーターを怒鳴りつけたが、報告を聞いて一瞬固まる。
「針路変更312.対抗雷撃戦用意。準備でき次第発射。打ち落とせ」
それは、何もいないはずの側面からの雷撃だった。
「あの。攻撃の中、生きていたのか」
第一分隊が雷撃を受ける少し前。
「無音航行よし。このまま惰性で前進します」
「左舷。自動機雷通過」
「無茶苦茶する指揮官だ」
後方で断続的な爆発を確認する。
「一歩遅ければ、すり潰されていました」
ドルフィン大尉は青い顔で答えた。
コンコルディアとムーアは機雷の総攻撃が始まると、近づく機雷を落としながら、最大戦速まで加速した。囮との距離が取れると、推進装置を切り、無音航行と呼ばれるエネルギーを使わない航法に切り替えた。これで自動機雷に探知されにくくなる。
「浮遊機雷に当たらないことを祈りましょう」
「そうだな。そればっかりは、運だ」
カルロの声も流石に硬かった。
宇宙空間では、特別なことが無い限り、減速しない二隻の突撃艦はそのまま惰性で進む。そして、タシケント軍の側面に出た。
「着弾2 大破確実です」
報告に歓声が上がる。
「ラケッチとイントルーダに追撃させろ」
「アイサー」
第二分隊を警戒しながら命ずる。
4隻の駆逐艦を失ったタシケント軍は撤退を開始した。
ラケッチとイントルーダの執拗な追撃により、一隻をさらに撃沈し、この戦いでタシケントは計5隻失うこととなった。
こうして、ニルド奪還作戦の前哨戦は連邦の勝利に終わった。
「結果論だが、掃海も進んでよかった」
カルロは、司令部のラウンジでビール片手に胸を張る。
戦い後半にタシケントが発動した自動機雷のアクティブ化により、多くの機雷が除去できた。
「ニルド開放の前哨戦としては、完璧でしたね」
ロンバッハは白ワイン片手に、全面的に同意した。
「我々、第54突撃戦隊のデビュー戦としてもな」
ビールを勢いよくあおる。
「しかし。当初の任務は、完全に失敗しましたよ」
澄ましたままワインを口に含む。
「それを言うな。悲しくなるだろう」
無慈悲な結論が突きつけられテーブルに突っ伏した。
カルロが使用した70個の小惑星は、自動機雷のによる徹底的な攻撃を受け、その破片は航路全体に飛び散り、障害物として散乱していた。二日で航路を確保せよという命令は、完全に遂行不能となった。
「あんな馬鹿げた、機雷の飽和攻撃なんぞ、予想できるか。本職の責任ではない」
また、ビールをあおる。
「そうでしょうね。ですから、司令部も我々に片付けろとは言わずに、片づけを手伝え、と言ったのでしょう」
「なぁ。俺、何か指揮を間違えたか」
おっさんの涙目は気持ち悪い。
「いいえ。指揮は間違えていません」
「そうだよな。最善を尽くした。ちゃんと全員生きて帰ってきた。立派だ」
頷くカルロに。
「あなたが最善を尽くすと、どうして周りが迷惑するのかしら、不思議ね。生きていることが迷惑なのかしら」
「酷い」
二人とも、酔いが回ったのか、会話が取り留めの無い内容に変わっていく。
「いやいや。バルバリーゴ艦長は良くやったと思いますよ。私も現場の手伝いに行ってきましたけど、凄い量の破片ですよね、除去には後3日は掛かるんじゃないですか」
こちらもビール片手にご機嫌のクアンエイシ中尉が、ロンバッハに抱き付きながら止めを刺す。
「大体。私たち機動部隊がバックアップ待機してたんだから、到着するまで時間稼ぎすれば良いのに、自分たちだけで片付けようだなんて、張り切りすぎです。ねぇ。アディー」
「少し。離れてほしいのだけど、暑苦しい」
「良いじゃん。アディー。ああっ。アディーていっつも良い匂いするよね。何、使ってたっけ」
「あなたと、同じよ。一緒に買ったでしょ」
「そうだっけ。あははっ」
「酔っ払い」
「俺は悪くない」
「鬱陶しい」
同じテーブルでナイジェルとアルトリアは三人の絡みを見ていた。
「今回は、しょうがないさ。君もそう思うだろ」
「そうですね。素晴らしい戦果だと思います」
アルトリアの瞳は爛々と輝いて、泣き言をほざいているカルロに注がれていた。
続く
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