第12話   ニルド沖海戦

 人類共生統合連邦は、機雷原の開削を始めて一週間。ようやく艦隊をニルド正面宙域に展開した。


 ナビリア方面軍より、戦艦3 航空母艦2 重巡洋艦1個戦隊、水雷戦隊3個、特科戦隊2個、独立突撃戦隊3個、護衛駆逐隊7個、強襲陸戦戦隊4個、戦時用輸送船団3個、浮きドック3隻の計163隻。


 続いて、中央の艦隊総司令部より派遣された。第2・5・6・8の各、親衛艦隊より分遣艦隊として計124隻。合計287隻。


 総司令官としてナビリア方面軍司令官タウンゼン中将が勤める。


 対するタシケント共和国は、クーデターに参加したニルド国防軍を含む、計140隻程。


 一見連邦軍が圧倒的に有利に見えるが、連邦軍は100隻弱が攻撃力の弱い補給船と兵員輸送船を占めている。




 「想定より、かき集めたな」


 第54突撃戦隊司令、突撃艦コンコルディア艦長、カルロ・バルバリーゴは艦橋で呟いた。


 「事前情報より20隻ぐらい多いですね」


 ドルフィン大尉が同意した。


 「おかげで、出番が無い」


 戦闘が始まって8時間。ただいま戦列艦同士の砲撃戦の真っ最中。


 「重巡、インデンシブル被弾。砲艦リドリブ退避行動開始しました」


 「遠距離の砲撃戦では、突撃艦に出番はありませんね」


 「のこのこ、前に出れば集中砲火で、一瞬で消し炭だ」


 連邦艦隊は、中央に戦艦、重巡洋艦を集め、その周りにプラズマレールキャノンを搭載した砲艦で構成された砲撃部隊を配置した。突撃艦や駆逐艦のような水雷戦隊は、その両翼に展開し、カルロ達、第54戦隊は右翼に配置されていた。


 本来の作戦であれば、中央の砲撃戦と同時に、両翼の水雷戦隊が前進して雷撃する予定であったが、タシケント軍は、初手から猛烈な砲撃戦を仕掛けてきたため、作戦は一時中断となり、水雷戦隊は砲撃の射程内から下がった。


 「牽制機動とかしなくて、よろしいのでしょうか」


 両サイドからプレッシャー掛けて、敵の陣形を崩すのも一つの手段だ。


 「特に、何も言ってこんからな。勝手に動くわけにもいかん」


 「敵。重巡に着弾。小破した模様です」


 オペレーターがスポーツの中継の様に、状況を読み上げる。


 いつ突撃の命令が出るか判らない。緊張したまま、何もしないで、戦闘を眺めるのは、中々に辛い。


 「少し早いが、当直を交代」


 しばらく動きがないと予想して、要員に休息を与えることにした。


 「アイサー。当直交代」


 ドルフィン大尉の号令で、オペレーター達が交代していく。


 「貴様も休め」


 「アイサー。失礼します」


 休憩に入ったクルー達は食事を取り、タンクベットで強制睡眠を行なう。


 「長引きそうだな」


 カルロは腕を組んだ。




 「連邦艦隊に動きありません」


 タシケントの作戦参謀が報告する。


 「よろしい。完全に砲撃戦に持ち込んだな」


 タシケントの司令官は満足そうに頷いた。


 「このまま、砲撃による消耗戦で、連邦の衝撃力を止めれますね」


 「そうだ。奴等に短期決戦をさせるな。補給線ならこちらが短い。砲弾にも余裕もある。とにかく打ちまくれ。今は全力射撃だ」


 「連邦がこちらの意図に気付いて、機動戦に移行する前に、どこまで削れるかが勝負ですか」


 「主力の戦艦に損傷が出れば、奴らも強気には出れまい。我々には機動戦に付き合うほど、燃料に余裕は無いからな」


 「一応。民間供出分を確保しておりますが」


 「それは最後の手段だ。使わないに越したことは無いだろう」


 司令官ともなれば、目の前の戦闘だけに気を使えばいいというわけではなかった。


 「後方の、補給部隊の管理を徹底させよ。弾を絶やすな」


 「アイサー」


 タシケントはニルドの弾薬集積所と艦隊の間をピストン輸送させ、戦線を維持させている。




 「このまま砲撃戦を続けるべきではありません。一度引いて仕切りなおしましょう」


 「タシケント軍の弾薬消費量は異常だ。直に弾切れを起こすだろう。もう少しの辛抱だ」


 「その前に、主力戦隊の損傷が許容値を超える」


 想定より長く激しい艦砲射撃に面食らった連邦軍司令部は、艦隊旗艦、戦艦イルドアで激論を交わしていた。


 「水雷戦隊は、後方で無傷だ。砲撃が弱まったタイミングで突撃させればよい。主力戦隊の損耗は許容範囲内だ」


 「そもそも、何時までタシケントの砲撃が続くか、判らないではないか。このまま延々と撃ち続けられたらどうするのか」


 「計算によれば、タシケント軍の保有弾薬は半分を切っている」


 「それは、補給無しの場合でしょう。給弾していると想定すべきだ」


 激論は二派分かれて行なわれていたが、よく観察すると明確に立場が違っていた。


 一時撤収を主張するのはナビリア方面軍の参謀で、砲撃戦の継続を主張するのは分遣艦隊の参謀であった。


 タウンゼン提督は、黙って両者の議論を聞いている。


 連邦軍では階級が同じでも、中央の親衛艦隊の方が、方面軍より発言権が強い。


 「無理にでも機動戦に移行しましょう」


 それまで黙っていた男が発言した。


 「それが出来れば、苦労はしない。水雷戦隊をあの弾幕に飛び込ませるなど、兵の無駄遣いだ」


 親衛艦隊の参謀が呆れる。


 「どういうことだ。ベッサリオン大佐」


 タウンゼン提督が、水を向けると、他の参謀は沈黙した。


 「はい。提督。砲弾の消費量が異常なのは確かですが、一時撤収となると、彼らの希望通りになるではないのでしょうか。それを回避するため、我々はこのまま砲撃を継続しつつ、手空きの水雷戦隊に主戦線を迂回させ、敵後方にプレッシャーを掛ければ、正面の砲撃戦にも変化が起こるでしょう」


 ベッサリオンの提案は二派の折衷案と言える物だ。


 「迂回機動か。セオリーではあるが、いざという時の突撃要員を減らすのは、難しい」


 正面戦線から部隊を移動したくない分遣艦隊の参謀は難色を示す。


 「このまま起こるかどうか不明な、タシケントの弾切れを待つより、有意義だ」


 ナビリアの参謀は仲間の進言に同意する。


 「親衛艦隊所属の部隊は、このまま突撃に備えて待機していただいて、ナビリアの水雷戦隊から部隊を抽出して迂回させましょう」


 陽動作戦でタシケントが動揺し砲撃が弱まれば、温存していた水雷戦隊を投入し、戦いの趨勢を決定できる。その時の突撃した部隊が殊勲賞に輝くはずだ。ベッサリオン大佐の提案は、親衛艦隊に花を持たせるものだ。


 「その案を採用する。直ちに作戦と部隊の選定に入れ」


 親衛艦隊の参謀が、一瞬言葉を詰るのを確認するとタウンゼン提督は命令する。


 「アイサー」


 参謀たちは一斉に敬礼し解散した。




 「ベッサリオン大佐。で、どうするつもりだ」 


 ナビリアの参謀が声を掛ける。


 「そう、複雑な作戦でもない。抽出する部隊にも目星を付けている」


 「どこにやらせる」


 「54戦隊が妥当だ」


 「新設したばかりじゃないか、大丈夫か」


 「問題ない。やつには責任を取って貰おう」


 「責任。なんのだ」


 「この状況のだ。まったく予想の斜め上に行くやつだ」


 「意味が判らない。説明しろ」


 「後にしてくれ。ともかく行動あるのみだ」


 ベッサリオンは同僚の制止を振り切った。




 「艦長。司令部より入電」


 「読め」


 「コード5 作戦文です」


 「作戦室に展開しろ。各艦に連絡。作戦室にアクセスさせろ」


 「アイサー」


 カルロは作戦室に入る。


 「さて、内容は」


 作戦文を展開していると、54戦隊の艦長たちが続々とアクセスしてきた。


 「司令部からの指示だ。戦線を一時離脱。迂回して後方に圧力をかける」


 「奇襲ですか、それとも強襲ですか」


 アルトリアが口火を切る。


 「そこには、指示がないが、奇襲を行なう」


 「強襲するには数が足りません。賛成」 


 「ナイジェル艦長。賛成ではなく了解です」


 アルトリアがたしなめた。


 「よろしい。ルートについてはこれより選定するので待ってくれ。何か意見はあるか」


 「提案があります」


 カルロの問いにロンバッハが手を上げる。


 「我々が、後方に遷移する頃に、艦隊の水雷戦隊を両翼に展開すべきです。タシケントの視線を出来るだけ引き付けてもらえば、成功率も上昇します」


 「下手に動いては、相手に作戦を看破されるのでは。それに、距離があります。連携攻撃は難易度が高くなります」


 「看破される可能性が上昇するのは道理だね。連携攻撃は難しいよ」


 アルトリアの反論にナイジェルが同意した。


 「連携攻撃まで望んではいません。陽動としてです」


 カルロはしばし、考えた末に結論を下す。


 「よし。水雷戦隊の展開要請はしておこう。アルトリア艦長の懸念も記載しておく。後は、司令部の判断だ。水雷戦隊の展開自体は、我々の行動には直接関係が無い」


 「了解」




 「副長。航海長。敵陣形の後方へ回り込む航路を選定せよ。奇襲効果が高いものを使う」


 カルロはチャートに戦域図を展開する。


 「アイサー。時間はどの程度いただけるのでしょうか」


 「早急にとしか、表現がないな。経験上。5時間は無い。3時間程度で考えてくれ」


 「3時間ですか、あまり細工のやりようがありません。一度退いて、敵左翼の背後に廻るのがベストです。つまりこうですね」


 航海長がチャートにルートを書き込んだ。


 「単純すぎないか。回りこむ前に捕捉される。奇襲にならないぞ」


 ドルフィン大尉が懸念を挟んだ。


 「時間をいただければ、工夫できますが、今すぐの作戦には複雑な動きは難しいかと」


 「航海長の言うとおりだ。今は早さが大事だ。状況によっては強襲に変更する。だが出来るだけ見つかりたくない」


 「時間ですか、司令部は時間がないと考えているのですね」


 「砲撃戦が始まってから、10時間近く経っている。我々の動きが戦局を変化させる呼び水にしたいのだろう。よし。これで行こう。このデータを各艦に送れ」


 「アイサー」


 「進路変更270 第一戦速。足並みが揃い次第、最大戦速に移行する」




 コンコルディアが、後方の補給船団の間を抜けようとすると、3隻の駆逐艦に護衛された大型艦が目に留まる。


 「なんだ。この艦は。随分と古臭い巡洋艦だな」


 カルロが指摘した艦は、二世代も前の旧式重巡でナビリアでも退役していた。


 「艦長。あまり失礼なことは言わんでください。あれは、ニルド公国軍の旗艦グロッサムですよ」


 ニルド公国は大半の戦力を連邦軍の管轄に移しているが、一部、惑星防衛用と儀仗用に戦力を保有していた。グロッサムは見栄え重視の儀仗用であった。


 「ああ。そいつは失礼。彼らも前に出て戦いたいだろうな」


 「確か。亡命政府首班の公爵代行閣下が搭乗しています。万が一を考えると後方で我慢するしかないでしょう」


 「そうだな。各艦、グロッサムに敬礼信号をおくれ」


 54戦隊は敬礼信号を送りながら、グロッサムの横をすり抜けた。


 「グロッサムより返信。貴官の武運長久を祈ります」


 返信用の慣用句が返ってきたが、差出人の名前に固まる。


 「ソフィア・リリー・エーベルノート」


 「ん。今なんだって」


 「公女殿下からの返信ですね。参戦なさっていたとは。ということは代行は公女殿下ですか」


 半年前に、エスコートした。ニルドのお姫様。


 「戦友諸君。これは貴重な経験だぞ。うら若き姫君からの激励以上に、戦士が高揚するものがあろうか。総員奮起せよ」


 カルロは興奮気味に叫んだ。


 「流石。貴族制度の国家ですね。お姫様の使いどころを熟知していますね」


 ドルフィン大尉の皮肉っぽい意見に噛み付く。


 「夢の無いことを言うな。それとも、貴様はむさい、ひげ親父の激励のほうが興奮するのか」


 「とんでもありません。断然ソフィア殿下です。お顔も存じ上げておりますし」


 「そうだろうとも。いや、これでは不公平だ。ウルス公子のほうが興奮するものいるだろう。正直に手を上げろ」


 カルロの諧謔かいぎゃくに乗って、女性オペレーターと一人の男性オペレーターが手を上げてくれる。


 艦橋内笑いが起こった。




 タシケント艦隊は補給のローテーションに入っていた。


 「進捗状況を知らせ」


 「第一陣の補給船団は作業完了。60の遅れです。第二陣の到着予定に変更はありません」


 「想定より、もたついている。後方との連携を密にせよ」


 正面火力を弱めずに給弾するのが、この作戦の骨子だ。


 「そろそろ連邦も、からくりに気付いて対策に出てくる。水雷戦隊の動きから目を離すな。特に突撃艦だ」


 ここまでの砲撃戦では、互角の展開だ。一瞬でも隙を与えれば、連邦ご自慢の突撃艦が突っ込んでくる。タシケントの水雷戦隊では、恐らく抑えきれずに突破される。そうなれば、主力艦に大きな損害が出てしまい、敗北が決まる。


 「連邦の水雷戦隊に変化は確認できません。後方で待機状態です」


 「必ず。動きがある。索敵範囲を維持しろ。別働隊による迂回挟撃が一番怖い」


 「現状。大きな抽出は確認できません。小数によるハラスメント攻撃が想定されます」


 「それでも充分脅威だ。万が一でも補給船の損害は許されない」


 「護衛部隊を増やしましょうか」


 「検討すべきか。たが、水雷戦隊の突撃を抑えるのにこれ以上、艦を抽出するのは厳しい」


 戦闘艦の数は連邦の方に余裕がある。後方の警戒も大事だが、正面を抜かれては意味が無い。タシケントの司令官は頭を悩ませた。


 「司令。第118護衛戦隊より入電。ポイント14u552に感あり、高速で接近する反応あり」


 「来たか。数は」


 「探知できたのは一つです」


 「一隻だと、考えにくいな。増援の補足に全力を挙げろ。待機部隊に下命、ただちに迎撃せよ」


 「アイサー」


 戦いは第二段階に入った。 




 「ジェネレーター出力110%最大戦速を維持しろ」


 コンコルディアを先頭に、4隻のエスペラント級突撃艦は極端な密集隊形を取る。


 「艦長。陣形を広げましょう。この間隔での最大戦速は危険です」


 各種センサーを確認しながらドルフィン大尉が悲鳴を上げる。先頭を進むコンコルディアはともかく、後方の僚艦は放出される推進エネルギーに煽られていた。


 「なんとしても、維持しろ。少しでも距離を稼ぐためだ」


 「速度に文句はありません。衝突の危険が」


 「貴様の泣き言は聞かん。とにかく速度と間隔を維持する」


 「アイサー」




 「艦長。この間隔は危険であります」


 イントルーダの艦内では同様の悲鳴が上がっていた。


 「危険は承知しています。ですが今はバルバリーゴ艦長に我々の錬度を見せるときです」


 アルトリアは副長の懸念を歯牙にもかけなかった。


 ちなみにナイジェル艦長は楽しそうに、少しでも間隔を縮めようとしていたらしい。




 陣形の最後尾を進む、ムーア。


 「ラケッチとイントルーダがこの動きについてこれたら、助かりますね」


 副長の感想に、ロンバッハは無言でうなずいた。


 ムーアのクルーはコンコルディアの無茶な機動に付き合うのは慣れていた。




 「艦長。逆探に反応あり、捕捉されました」


 コンコルディアは、敵の探知用重力波をキャッチした。


 「くそ。早いな。やむを得ない。奇襲は諦める。強襲に変更だ。各艦に通達。このまま突っ切るぞ」


 「アイサー」


 「全艦。機雷投射用意。数8 時限信管120」


 4隻から、計32個の機雷が放出された。


 この機雷は、艦隊主力に送る合図だ。どう動くかは司令部の判断となる。




 「ポイント694m91にて爆発反応あり」


 戦艦イルドアの管制室から司令室に報告が上がる。


 「なんの爆発だ。確認せよ」


 戦場から離れたポイントでの爆発だ。流れ弾にしてもおかしい。


 「第54戦隊の合図でしょう。当該宙域に到達した模様」


 チャートを確認したベッサリオンが断言する。


 「全水雷戦隊。展開開始せよ。突撃態勢だ」


 「アイサー」


 タウンゼン提督の命令により、激しい砲撃戦の中、温存されていた水雷戦隊が展開を開始した。




 「連邦艦隊。両翼に水雷戦隊を展開しつつあります」


 「敵、水雷戦隊に砲火を集中させよ。突撃位置に付けさせるな」


 タシケント軍は、なんとしても、接近戦にはしたくない。


 必死の砲撃を叩き込む。司令の頭の中から、僅かな時間ではあったが、接近してくる不明艦のことは消えた。




 「方位914反応あり。距離32数4」


 コンコルディアの真正面から、敵性反応が近づく。


 「全艦。斜線陣。距離を通常に戻せ」


 一塊に突撃していた。54戦隊は一気にバラけ、コンコルディア、イントルーダ、ラケッチ、ムーアの順に斜めに陣取る。


 「敵艦との交戦は、すれ違いざまの一度だけだ。当たるなよ」


 「艦長。雷撃戦の準備はいかがしたしますか」


 「無用だ。主砲のみ発射。デコイ準備」


 「アイサー。デコイ準備」


 「敵艦の照準を探知しだい、放出せよ」


 第54戦隊は、4隻の護衛駆逐艦と正面から交差した。護衛駆逐艦は魚雷を放ったが、双方の距離が急速に接近することに対応できず、せっかくの雷撃も不発に終わり、突破されてしまった。


 「敵艦。突破」


 「よろしい。このまま。敵陣、後方を突破する。特に攻撃の必要は無い。適当に弾をばら撒いて、嫌がらせだ」


 第54戦隊は、慌てて転舵する、タシケントの護衛駆逐艦を尻目に、突き進む。




 「迎撃部隊より入電。敵艦。我が軍後方を突破しつつあり」


 タシケントの司令官はあまりの報告に、一瞬頭が真っ白になった。


 「報告では一隻だったな。一隻相手に何をしとるか。4隻がかりで、一隻の進入も止められないのか」


 「敵艦は一隻ではありせん。極端な密集隊形で進入してきた突撃艦です。数4」


 「よりによって、突撃艦か。艦種は」


 このタイミングでは最悪の連中だ。


 「エスペラント級と思われます」


 「また。あのネズミか、しかも4隻。護衛部隊と補給中の艦に対応させろ。こちらからは戦力は抜けられない」


 タシケントではエスペラント級は疫病神の代名詞になりつつある。




 「長距離砲、確認。方位357 巡洋艦クラスの戦列艦です」


 「後方に、戦列艦か。損傷艦だな」


 カルロは即断する。


 「さらに反応。艦種不明、しかし、戦闘艦ではありません。恐らく補給船です」


 追加の情報が飛び込んできた。


 「補給船だと。補給しながら、砲撃戦でもしていたのか、それであの無茶な火力か。よく、ローテーションが廻ったな」


 「艦長。そうなると損傷艦ではありません」


 「わかっとる。全艦散開せよ。雷撃戦用意。目標。戦列艦、及び補給船」


 わざと陣形を崩して、各艦の自由に雷撃させることにした。


 タシケントの巡洋艦は散開した突撃艦に、目標の決定が遅れ、散発的な砲撃しか出来ない。


 絶好の雷撃位置を確保したのは、イントルーダだった。


 「一番から4番発射」


 アルトリアの号令の元。無慈悲な10ヒトマル式量子反応魚雷が発射された。


 補給作業を中断したばかりで、速度の出ない巡洋艦は避けきれず、左舷に3発もの命中弾を浴び、瞬時に轟沈した。


 補給船のほうは、残りの3隻からの集中砲火を浴び、何が致命傷かわからないうちに沈んだ。


 カルロ達はそのままタシケントの後方をたいした抵抗も受けずに、真一文字に突っ切った。




 「巡洋艦クヌート撃沈されました。補給船にも損害あり」


 それは、綱渡りのように続けていた、補給のローテーションが崩れた瞬間であった。


 「連邦のネズミ共が、作戦中止。撤退する。第872水雷戦隊を突撃位置へ」


 タシケントの司令官は素早い決断をした。上手く立ち回れば、後方に入り込んだネズミを駆逐して、再び、砲撃戦を再開できるかもしれないが、確率としては相当に低いだろう。それよりも戦う力があるうちに血路を切り開くべきだ。


 ここから、最も難しい敵前での撤退が始まった。


 タシケント軍は真っ直ぐに下げると、艦隊が全滅する事が判っており、無傷の水雷戦隊を先頭に、連邦軍の右翼に攻撃を集中。反時計回りに艦隊を機動させ、多大な損害を浴びながらも、組織的に撤退することに成功した。 


 連邦軍は親衛艦隊所属の分遣艦隊とナビリアの機動部隊が、かなり執拗に追撃したが、長時間に及ぶ砲撃戦に消耗した主力部隊に足を引っ張られ、止めを刺すには到らなかった。


 たが、この海戦の勝利によりニルドの正面宙域の制海権は連邦の物となり、ニルド開放に王手を掛けた。




                               続く

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