第287話 知っておいてほしいこと

「……じゃあ、全部冗談だったってことね?」


 メルがめちゃくちゃ不機嫌そうな表情で、ミラに訊ねる。


「そりゃそうでしょ。したくらいで強くなれたら、サキュバスがこの世界で最強の種族になっているでしょ? ね? サキ」


「え!? わ、私ですか……ま、まぁ、サキュバスは人間から魔力を吸い取ると強くなりますけど……そういう魔法があるってことは聞いたことないですね……」


 サキは困り顔で俺のことを見る。といっても、俺の方が居心地が悪い。


 先程からメルがしきりに俺のことを睨んでいるのである。


「あ……え、えっと……俺は最初からそうだろうな、とは思っていて……ね? ミラ?」


「ん~? そうだったかなぁ? 結構、乗り気じゃなかった?」


「ミラ!」


 明らかにからかわれているのはわかるのだが……俺としてもこの状況であまり勘違いされるのはキツイのであった。


「……ミラ。アンタ、なんで今夜、こんなことをしたわけ?」


 と、メルが少し怒り気味にミラに訊ねる。ミラは先程までのヘラヘラした表情から真面目な顔でメルを見る。


「明日から魔王の城に行くのよ。その前にパーティの間の結束を乱すような真似をするなんて、アンタがぶっ飛んだ人だってのはわかっているけど、ちょっと変なんじゃない?」


 メルがそう言うとミラは諦めたように小さくため息をつく。


「……知っておいてほしかったんだ。皆に。ここからは……アスト君一人の力では限界があるってことをね」


 ミラがそう言うとその場の全員が黙ってしまった。俺としても……何も言えなくなってしまった。


「アスト君が現状強くなる方法はほとんどない。無論、アスト君自身の努力によってはおれからの戦いで強くなる可能性はあるけど……だからこそ、皆には知っておいてほしかった。ここからの戦いでは全員が協力する必要があるってこと。アスト君任せにはできないってことをね」


 ミラがそう言い終わると、しばらくの間沈黙が流れた。それからほどなくしてメルが話を切り出す。


「……そうね。アストがどうにかしてくれるって考えが、どこかしらにあったかもしれないわね」


 そう言うとメルは俺の方を真っ直ぐに見る。


「アンタも、無理そうだったら無理っていうのよ。アンタ、毎回無茶なことばっかりするんだから」


「あ、あはは……すいません。肝に命じておきます」


「……アスト!」


 と、急にそれまで黙っていたリアが立ち上がった。


「え……どうしたんですか? リア?」


「……私は、アストより全然弱い。弱いが……アストがもし危機的状況に陥ったら、私が命を賭してアストを守るぞ!」


 その言葉を聞いて俺は少し感動してしまった。


 嘗て、最初二人で魔物を狩りに行ったリアとは比較にならない程に、頼りがいのある表情になっていたからである。


「ん? どうした? アスト? 私……何か変なことを言ったか?」


「え? いえ……ありがとうございます。リア」


「わ、私も! できることは少ないかもしれませんが……お手伝い致します!」


 と、サキが慌ててそう言った。その言葉だけでもとても嬉しいのであった。


「……とまぁ、パーティの結束が強まったところで、今日はもう寝ようか。明日から本番だしね」


 ミラがなぜかまとめのようなセリフを言ったの対して、メルが呆れた視線を送る。


「ところで……ミラが言っていたというのは……どういうことなんだ?」


 そんなリアの言葉でその場にいた全員が和みながら、再び全員ベッドに戻っていった。


 ただ、俺はそれからも少し起きていた。


 皆はあのように言ってくれたけれど……俺がどうにかしなければいけない場面は絶対にある。


 俺が……皆を守らなければならないのだ、と、何度も自分に言い聞かせてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る