第266話 引き換え

 そして、次の日の朝。


 俺は、ミラに言われた通りに、早朝に街の入口までやってきていた。というか、目を覚ました時にはすでに、ミラは寝室にはいなかった。


 それにしてもミラはああ言っていたが……考えてみると、不安になってきた。


 いや、もちろん、俺は強さを取り戻したい。しかし、あのミラの言葉から考えるとおそらく、本当に俺を待ち受けているのはかなり厳しい試練なのだろう。


 ……いや、といっても、俺は強さを取り戻したいのだ。それならば避けては通れない試練であると言えるだろう。


「やぁ、早かったね」


 と、ミラがいつのまにか俺の直ぐ側に立っていた。


「ミラ……えっと、どこかに行っていたんですか?」


「あぁ。買い物と、これからしようとしていることにふさわしい場所を探していた。見つかったからこっちへ来てくれ」


 ミラに言われるままに俺はその後についていく。街の入り口から少し離れ、人気のない空き地までやってきた。


「ミラ。ここで、その……やるんですか?」


「あぁ。さて……今一度確認するよ。アスト君。本当に力を取り戻したんだよね? それでどんな辛い思いをしても……取り戻したいんだよね?」


 強く確認するミラ。それがどういう意味であるかは俺も理解できていた。


「……えぇ。そうでなければ、そもそもミラと約束したりしませんよ」


「あはは。まぁ、そうか。じゃあ、これ以上聞く必要ないね。じゃあ……始めよう。まずは説明するね」


 そう言って、ミラは俺に向かって持っていた杖を向ける。


「ウチが君に与えられる力は……『レディーム』という魔法だ」


「『レディーム』……ですか? 聞いたことがないですね」


「そりゃあそうだよ。普通は使わない魔法だ。そもそも、使いところが難しい魔法だしね」


「……それって、どういうことです?」


 俺がそう聞くと、なぜかミラは嬉しそうな顔で俺を見る。


「『レディーム』をかけられた対象は、飛躍的にすべての能力値がアップするんだ。どんなに弱い冒険者でも、熟練の冒険者……いや、最強の勇者並の力を手に入れることができる」


「へぇ……それのどこが使い所が難しい魔法なんです?」


「う~ん……まぁ、実際、味わってもらったほうが早いかな」


 そう言うとミラは俺に向かって杖を今一度構える。


「……いい? 今から『レディーム』を唱えるよ」


「え、えぇ……わかりました」


 よくわからなかったが、とりあえずミラの言う通りにしてみることにした。ミラが呪文を唱えると、それと同時に杖の先端に黒い球体が出現する。


「この球体が今からアスト君の身体に入る。それで『レディーム』が発動するけど……初めていいね?」


 俺は小さく頷く。黒い球体はどう考えても安全なものではないことは理解できた。


 そして、ミラが杖を振るうと、球体はまっすぐに俺の身体めがけて飛んできた。俺はそのまま身構える。そして、球体は……俺の身体に直撃すると同時に、まるで中に融合するかのように、俺の身体に入っていった。


 一瞬、衝撃はあったが、特に変化はなかった。球体が身体の中に入った直後では。


「……えっと、ミラ、特に問題は――」


 と、言おうとした次の瞬間だった。まるで体全体が鉛になったかのように重くなった。思わず俺はその場に蹲ってしまう。


「み、ミラ……こ、これは……?」


 俺がなんとか訊ねると、ミラは笑顔で俺を見る。


「『レディーム』……超常的な力と引き換えに……魔法が発動している間、対象者の身体を蝕んでいく魔法……だから、使い所がないんだよね」


 そう言ってミラは苦笑いする。


 なるほど……状態異常魔法を得意とするミラが、どうしてこの魔法を使えるのか、ようやく理解できたのであった。

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