第265話 取り戻すために
結局、酒場で一通り過ごしたあと、宿屋に戻ったが、特に何事もなかった。
リアは相当消耗してしまっているようで、俺たちが帰ってきたあとも眠り続けていた。
かといって、俺たちもいますぐに魔王の城に攻め入るわけにもいかないので、大人しく眠ることにした。
眠ることにしたのだが……。
「……ふぅ」
俺は起き上がって部屋を出る。そして、窓から見える月を見ていた。
そういえば、この世界にも月はあるようである。そのまま、月明かりに照らされている右腕を見てしまう。そこにはすでに転生の腕輪はない。
つまり、俺には……何もなくなってしまったということだ。アキヤの最強の力を失ってしまった以上、もう俺にはパーティのメンバーを守るだけの力もない。
かといって、きっと、皆は、そのことで俺を攻めたりしないだろう。逆にそれが俺にとっては逆に辛いことだった。
「一人で考え事?」
と、いきなり声が聞こえてきて俺は思わず少し驚いてしまった。声のした方を見ると、そこにいたのは、ミラだった。
「……ミラですか。起こしてしまいましたか?」
「ううん。酒場にいた時からずっと気になってたから」
「え……気になっていた、って……俺のことですか?」
「うん。腕輪が失くなったの、気になる?」
ミラはズバリと俺の考えていることを言い当ててきた。俺は思わず言葉に詰まってしまう。
「……まぁ、気になるよね」
「えぇ……ミラ。その……これから、きっと、皆に苦労をかけると思います。俺は……以前より大分弱くなってしまいましたから」
俺は正直にそう言った。実際、それは事実なのだ。むしろ、隠しておく意味なんてないのだ。
それからしばらくミラは俺のことを見ている。なんだか居心地悪かったが、かといって、その場を離れることもできなかった。
「……ねぇ、アスト君。一つ提案があるんだけど」
「……提案、ですか?」
「アスト君がその気なら……ウチが力を貸してあげることができるかもしれない。でも――」
ミラは先を続けなかった。とても言いにくそうな顔をしている。
「でも……なんです?」
「……それはきっと、アスト君にとって、かなり辛い選択になると思う。たぶん、耐えられるかもウチにはわからない。でも、間違いなく、以前と同じ程度の強さを手に入れることは保証できる」
ミラはそう言ってから俺のことを今一度真剣な目で見る。
「……この提案、拒んでもらっても構わないよ。でも……アスト君はどうしたい?」
俺は考える。ミラがわざわざこんな提案をしてくる以上、おそらく、本当に以前と同じ程度の力を手に入れることができるのだろう。
そして、ミラが警告しているということは、本当に想像を絶するレベルの辛さがあるのだろう。
だけど、俺は――
「受けます」
「……即答だね」
ミラは呆れ顔で俺を見る。しかし、俺は首を横に振る。
「このパーティの皆の役に立ちたい……それだけが俺の願いですから」
「……まったく。アスト君は変わっているよ」
ミラはそう言って苦笑いしたあとで、真剣な顔になる。
「早朝。街の入り口に来て。詳しい話をしよう」
そう言ってミラは寝室に戻っていった。俺は今一度月を見上げる。
たぶん、これは俺にとって必要な試練になる……そう確信できたのであった。
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