第264話 忠誠心

「……しかし、酒場でも問題ないみたいですね」


 宿屋でリアは……完全に眠ってしまっていて、まるで起きる気配がなかった。とりあえず、メルがリアの様子を見ていてくれるということで、俺とミラ、そして、サキが街の酒場に行くことになった。


 実際、スモンタの街は酒場もまるで人間の街と変らないようだった。もちろん、酒場の客は魔族と魔物であったが。


「まぁ、いいじゃないか。無駄に敵対されるよりはさ」


 相変わらずミラは問題ないという感じで、いつもと変らずに酒を飲んでいる。


 サキは周囲を警戒している。なぜ、魔族のサキが一番警戒しているのかは疑問だったが。


「……そういえば、なんで現在の魔王の話はNGだったんですかね?」


 と、俺がそう言うと一瞬だけ酒場の雰囲気が変わった。周囲の魔族や魔物が俺たちの事を見ている。


「あ……あはは! す、すいません! なんでもありません!」


 サキが慌てて適当に取り繕うと、魔物や魔族も先程までと同じような素振りに戻る。


「……アスト君。不用意過ぎ」


 ミラに責めるような目つきで見られて、俺は思わず反省する。サキもジト目で俺のことを見ている。


「……まぁ、理由は……なんとなくわかりますがね」


 と、そう言ったのはサキだった。


「……理由、なんなんですか?」


 俺はサキに訊ねる。ミラはあまり興味なさそうであったが、話は聞いている。


「まぁ……簡単にいえば、先代の魔王様に対する忠誠心ですかね」


「……忠誠心?」


「えぇ……まぁ、先代の魔王様は本気で人間の世界を支配するつもりだったそうですから、その分、人気も高かったんです……おそらく、この街の魔物や魔族達は先代の魔王様の部下です。その魔王様がいなくなった以上、別の魔王を名乗る存在になんて忠誠心を示そうなんて思わないですよ」


 サキの顔は真剣だった。それは……きっと、魔族や魔王にしかわからない感覚なのだろう。


「……じゃあ、なんでこの街の住人は俺たちを襲ってこないんです?」


「そりゃあ……先代の魔王様は負けたんです。先代の魔王様が負けたということは、その部下であるこの街の魔物や魔族も負けた……今更人間を襲おうなんて思いませんよ」

「……そういうものなんですかね。というか、先代の魔王様って、随分人気が高かったんですね」


「まぁ、私も詳しくは知りませんが……そうだったらしいです」


「で、その魔王を、アスト君の転生前の姿である勇者アキヤが倒しちゃったわけなんだけどね」


 ミラが意地悪くそう言う。サキが青い顔で周囲を見る。幸い、周囲の魔物も魔族も、誰もそのことを聞いていないようだった。


「あはは……そうですね。でも、もうアキヤは……いませんから」


 そう言って俺は思わず自分の腕輪を見る。転生の腕輪をなくした俺の右腕は……以前よりも細く、頼りなく思えたのだった。

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