第230話 仕掛けられた罠
メルの家を出た俺は……酒場に来ていた。一人でカウンターに腰掛ける。
かといって、何の目的もなくここにやってきたわけではない。俺は……待っているのだ。無論、確実にやってくるとは思えない。
だが、ヤツの方も俺を探しているはずである。だとすると、奴はおそらく人が多く集まる場所にやってくるはずだ。
それなら、この街で一番人が集まる場所……この酒場にたどり着く可能性が高い。
だからこそ、俺はここでヤツを待つことにしたのである。
「おい」
と、俺がそんなことを考えていると、思ったよりも早く聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺はゆっくりと声のした方に振り返る。
「なんだ? 妾に勝利するのは諦めたわけか?」
そういうのはミラ……の身体を支配しているレリイアだ。
腰元には吸魂の剣が携えてある。俺はなるべく身構えないようにしながらレイリアを見る。
「……いえ。諦めていませんよ。そもそも、その身体はミラのものです。返してもらいたい」
「返す? この女が自分から妾に差し出してきたのだ。返してやるものか」
ニヤニヤしながらそう言って、レイリアは俺の隣に腰掛ける。
「それで……お主はこれからどうするつもりじゃ? お主なら……妾を倒すことができるだろう? いや、正確には……お主の中に眠っている他の人物の力なら、か」
わざとやっているのであろう。いやみったらしくそういうレイリア。俺はレイリアの方には顔を向けずに先を続ける。
「いいえ。アナタと戦うのはリアです。俺じゃない」
「リア? はっ! あやつが妾に勝てるわけがないだろう? この前の勝負を見て分からなかったのか?」
「そうですね。ですが、あれからリアは成長しました。成長したリアなら、アナタを倒せるかもしれない」
「……バカバカしい。ようやくお主が妾と戦う気になったと思ったからやってきてみれば……もう良い。妾はこの身体をもらうぞ。この街を出ていくからな」
そう言って立ち上がろうとするレイリア。
「……なぜ、リアを殺さなかったんです?」
「……なんだと?」
俺がそう言うとレイリアは今一度椅子に座り直した。
「……あの勝負の時、アナタなら一瞬でリアを殺すことができた。しかし、そうはしなかった……なぜです?」
「殺すまでもないと思ったからだ。それ以外の理由などない」
「……違いますね。アナタは……リアを殺したくなかった」
俺はそう言ってレイリアを見る。レイリアは最初怪訝そうな顔で俺を見ていたが、やがて観念したかのように小さく肩を落とす。
「……そうじゃな。殺したくはなかった。だが、妹の娘に対する慈悲などではないぞ」
「ええ。そんなことはわかっています。アナタは……リアを殺せなかった」
そう言うと苛立たしげにレイリアは俺を見るが、その通りだと言わんばかりに小さく頷く。
「……我が娘、ラティアがあのような状態になってしまった以上、妾の依代になる可能性のあるリアを殺せるわけがないだろう」
「そうでしょうね。だから、アナタはリアを殺さなかった。そして、なぜか、ミラの身体を手に入れたにも拘わらず、この街から出ていっていない……その理由は?」
俺はなんとなく想像できていたが、あえてレイリアに訊ねた。レイリアはさらに苦々しい顔をして俺を見る。
「お主……この体の主のことをよく知っているな」
「えぇ。ミラは大切な仲間ですから」
「……小癪な人間だ。まさか……自身の身体に遅効性の毒を仕込んでおくとはな。おかげでこの身体の寿命は明日にでも尽きる……妾が如何に不死身とはいえ、依代が死んでしまっては終わりだからな」
……やはり、想像通りだった。あのミラの行動……そもそも、ミラは何をするにも保険をかけておくタイプだ。安全策もとらずに身体を明け渡すはずがない。
「つまり……アナタは放っておけば明日にでも依代を失い、剣の中に戻らざるを得ない、と」
レイリアは否定はしなかったが、それは即ち、認めざるを得ないという意味であった。
簡単に言ってしまえば、レイリアは、ミラのし掛けた罠にまんまとハマってしまったということなのであった。
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