第211話 襲いくる街
「……あれ?」
転移魔法陣を使って俺たちは元の礼拝堂らしき場所まで戻ってきた。
しかし……特に何もなかった。てっきり俺としてはルミスか、もしくはマギナが待ち構えていてもおかしくないと思っていたのだ。
だが、戻ってみると拍子抜けなもので、誰もいなかった。
「……なんだ。誰もいないのか」
そう言って明らかに苛ついた様子なのはラティアだった。明らかにルミスに復讐する気満々のようである。
しかし……いないのではどうしようもない。これ以上ここにいる必要もない。完全に尻切れトンボな終わり方ではあるが、早々に退散するべきだろう。
「そ、そうですね……とりあえず、いろいろなことがありすぎました。一旦この街から出ましょうか」
俺はミラの方を見る。と、ミラは申し訳無さそうに苦笑いする。
「いやぁ~、今回ちょっと無理しすぎちゃったみたいで、今、完全に魔力切れんだよね~」
「あ……そう、ですよね……すいません。とりあえず、この塔を出ましょうか」
皆俺の提案に賛成で、そのまま俺たちは塔を出ることにした。
しかし……何かひっかかる。なんでルミスはあのまま逃げ出したんだ? それに、マギナはどうしたんだ? いくらミラの毒が強力だと言っても、未だに眠っているとは考えにくい。
だとしたら、マギナはそのまま退散したのだろうか? しかし、俺がもっているアキヤの力というのはそんな簡単に諦められるものなのだろうか?
数々の疑問が頭の中に浮かぶ。しかし、どれも答えなど存在しない。
とりあえず今はこの街から出よう。話はそれからだ……俺はそう考えて塔の外へ出るための扉に手をかける。
そして、その重い扉をゆっくりと開き、外に出ることができた。
「……え?」
外に出ると、すぐに何か異常なことが起きていることが理解できた。
目の前には……大勢の人々がいた。おそらく、この街の人々全員が集まっているようだった。
皆、まるで俺たちを待ち構えていたかのように、生気のない瞳でこちらを見ている。
「……え、なんですか? これ――」
「……! 戻れ! アスト!」
と、そういったのはラティアだった。それと同時に言葉になっていない狂気じみた雄叫びと共に、目の前の大勢の群衆がこちらに向かって全力疾走で疾走ってきたのだ。
慌てて俺達は塔の中へと戻ると、そのまま扉を閉める。
「離れろ!」
ラティアの言葉に反射的に俺たちは行動する。と、ラティアは扉に向かって手を向ける。一瞬にして扉が完全に氷漬けになった。
「な、なんなんですか、一体――」
と、そう俺が言い終わらないうちに、扉に無数の打撃音が響く。氷漬けになっているにも拘らず大勢の群衆が扉を叩いているのだ。
「……簡単なことだ。あの女神……ではなく、サキュバスか……とにかく、やってくれた」
ラティアが信じられないという表情でそう言う。
「やってくれた、って……ルミスは、一体何を?」
「……魂を入れ替えた」
そういったのは、今度はメルだった。メルも信じられないという顔で俺のことを見ている。
「魂を……入れ替えた、って……どういうことです? 街の人たちはどうなっているんです?」
「そのままの意味だ。奴は街の住民共から人間としての魂を抜き取り、別の魂を肉体に入れ込んだ……おそらくあの凶暴性からして、適当な魔物の魂を人間の身体に入れんだのだろうな」
「そんな……ま、待って下さい! そんなことができるのなら、なんで俺たちにその技をしてこなかったんです?」
「……ある程度の強さの冒険者の魂は簡単には操れないからな。魔力耐性も低い一般人なら簡単に抜き取ることができる。おそらく、奴は最初からこうなった時のために、街に信者を住まわせていたのだろうな。信者たちはやつにとっての保険だったというわけだ」
……つまり、今俺達は人の形をした魔物に取り囲まれているということか。さすがにこれは予想できない展開だった。
「……そうだ。転移魔法で……ミラ! 魔力は?」
「……ごめん。まだ回復までは結構時間かかるよ」
申し訳無さそうにそういうミラ。そうしている間にも氷漬けの扉は叩かれ続けている。
「どうする、アストよ」
と、そう言ったのはラティアだった。
「どうするって……ここでミラの魔力が回復するのを待つ以外方法は……」
「我の魔法は強力だ。大抵の魔物が突進したところで、破壊されるものではない。むしろ、突進してきた魔物の方が我の氷で傷つくだろうな」
「え……それって……」
「……おそらく、今扉を叩いている街の者どもの身体はこうしている間にも傷ついているだろう。無論、そんなことはどうでもいいことだ。奴らはルミスの信者で、信じていたものに裏切られた哀れな存在だからな」
ラティアが何を言いたいのかはわかる。そして、俺がどのような決断を下す必要があるのかということも。
「……でも、彼らの魂は、もう……」
「……消滅したとは言い切れないわよ」
そう言うメルの表情はやはり未だに怒りを静かに湛えたものなのであった。
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