第210話 静かな激昂

「うぅ……本当にすまない……」


 申し訳無さそうにそう言うリア。既に気にしていないと言っているのに何度も誤ってくる。


「ですから、リア……大丈夫ですよ」


「しかし……私は……」


 リアは何か言いたそうに俺のことを見るが、それ以上は何も言えなくなってしまったようだった。


 リアとしてはルミスに操られていたことがとても悔しいのだろう。といっても、サキの心酔にもリアは思いっきり影響されてしまっていたし……仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。


「……というか、リアはともかく……」


 リアよりももっと落ち込んでいるのが……ラティアだった。


 ラティアの白い肌がより一層白くなっている。まるで元気がないのである。


「えっと……姉上? 大丈夫?」


 先程からミラとメルが話しかけているが、まるで反応がない。まるで魂が抜けてしまったかのような感じだ。


「……姉上の方がショックは大きいはずだ」


 と、リアがボソリとそう言った。俺はリアの方を見る。


「……姉上には誇りがある。吸血姫としての誇りが……それなのに、あのルミスによってそれを傷付けられてしまった……」


「そんな……あれは仕方のないことで……ラティアの誇りが傷付けられたりはしないはずですよ?」


 そう言うとリアは俺の方を見る。その目はとても悲しそうな目だった。


「……姉上自身がそう思ってしまっているから誰がどう言おうと無理な話だ。ただ、私は……とても怖い」


 リアが険しい表情になる。怖い? 一体何が怖いというのだ?


「どうして……怖いのですか?」


「姉上は落ち込んでいると同時に……とても怒っている。誇りを傷付けられることが吸血姫にとっては一番嫌悪することだ」


「つまり……ラティアは今はあんな感じですが……今一度ルミスに会えば……」


「それは不味い」


 と、リアは不安そうな顔で俺を見る。俺は思わず言葉に詰まる。


「……それは不味い。姉上は……間違いなく怒ってしまう。それこそ、私が今まで見たことのないくらいに……激昂するだろうな」


 リアがそう言ってラティアを見る。そう言われてもやはりラティアは元気がないままに項垂れているだけだ。


「……えっと! とにかく! この塔をでませんか? ルミスもどこかに行ってしまったわけですし……」


 サキが遠慮がちにそう言う。確かにそのとおりだ。これ以上ここにいても仕方がない。


 しかし……なんとなくだが、塔の外に出るのは一番の悪手な気もする。といっても、俺達にそれ以外の選択肢があるわけでもないのだが。


「……さぁ、ラティア。一度ここから出て――」


 俺は話しかけた時に思わず身体が止まってしまった。


 ラティアは何も言わずに俺を見た。その視線は氷のように冷たいが……その奥には明らかに怒りが燃えていた。


 赤い炎ではない。それよりも激しく燃え上がる氷のような蒼い炎が。


「……あぁ、そうだな。行こう」


 俺が何も言うこともできず、ラティアは立ち上がる。そして、そのまま俺たちは転移魔法陣のあった部屋にまで向かっていったのであった。

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