第212話 我に任せよ

「……どういうことですか?」


 俺が聞き返すとメルは辛辣な顔つきのままに先を続ける。


「私の仇敵……ネクロマンサーのこと、覚えてる?」


「え……えぇ。もちろん、覚えていますが」


「……ルミスのやっていることは、もうヒーラーなんかじゃない。どちらかというと、アイツに近いことよ」


「そ、そうかもしれませんね……ですが、それとなんの関係が?」


「……アイツは、後生大事に私の元仲間達を手元に置いていた。つまり、ルミスにとっても信者たちは自分にとっての大事なコレクションってことなんじゃない?」


 ……メルの言っていることは一理ある。確かにルミスからすると、自分の信者たちはたしかに大事な存在かもしれない。


 しかし、その大事な信者を捨てて既にルミスは逃げ出しているのだ。こうなってしまってはその理論は通用しないだろう。それに……


「仮に……そうだとして、彼らの魂が無事であるという保障はないでしょう?」


「……そもそも、魂を操るって、なんだろうね」


 と、今度はミラがそんなことを言ってきた。結構切羽詰まった状況であるというのに皆意外と呑気なものである。


「……わかりませんよ。そんなの……」


「いや、違うんだ、アスト。仮にルミスが魂を操るとして……彼らから抜き出した魂を奴はどうするつもりだと思う?」


「え? そんなの……自分の力にするんじゃ……」


「サキュバスは別に魂を食べたりしませんよ? 死神とかと勘違いしてませんか?」


 そういったのはサキだった。少し困り顔で俺にそう言う。


 つまり、コレクション癖があるルミスが魂をどうするかといえば……


「……まだ、ルミス自身が保管している可能性があるってことですか?」


 俺がそう言うとミラとメル、そして、サキは小さく頷く。俄には信じられない話だが……三人が頷いている以上、無視できる説ではない。


「確かにな。街の数だけの住民の魔物の魂……ルミスはどこに隠し持っていたんだ? ついさっき魂を手に入れるなんてこと、できないだろう」


 ラティアもそう言って頷いている。となると……やはり、ルミスが未だに街の人達の魂を保管している可能性が高い、ということだろうか?


「……えっと、皆の意見を総合すると……確かにルミスが未だに街の人の魂を手にしている可能性が高いと思います。ですが……仮にそうだとしても、今この状況をなんとかしないと、俺たちは――」


「我に任せよ」


 と、そういったのは……ラティアだった。


「え……ラティア、任せよ、って……」


「今ので話の決着はついたではないか。要するに、街の住民を全員傷付けずに、静止させた状態で保存しておけばよいのだろう?」


「え……そ、それは、そうでしょうけど……」


「そんなこと我には朝飯前だ。まぁ……この街から動けなくなってしまうがな」


 ラティアがそう言っている間にも、いつのまにか周りが冷たさが漂い始めていた。


 それと同時に、扉を覆っている氷に少しずつヒビが入っている。


「ら、ラティア? アナタ、一体何をしようとして――」


「姉上! な、何をしているのですか!?」


 と、俺が聞いている途中で、リアが慌ててラティアに詰寄る。しかし、ラティアは優しく微笑むだけだった。


「……何、いまの状況を打開できるのはどうやら我だけのようだからな。良いか、リアよ。我は本当ならば、あの女神を騙るサキュバスに仕返しをしてやりたい。我の誇りを傷付けたということは、誇り高い吸血姫の血を侮辱したということだ」


 そして、ラティアはリアの頬を優しく撫でる。


「……だから、リア。お前が我の代わりに奴に思い知らせてくれ。吸血姫の血は、誰にも侮辱することなどできないのだ、と」


 そう言うと、ラティアはそのまま滑るようにして駆け出してしまった。


「姉上!」


「ラティア!」


 俺たちが叫ぶよりも早く、ラティアはそのまま扉の方に向かっていってしまった。それと同時に扉を覆っていた氷が完全にひび割れ、それと同時に扉が大きく開かれる。


 その先には完全に魔物のような雄叫びをあげている街の全住民が……


「お前たち、目に焼き付けるがいい! 街そのものが凍る瞬間を!」


 ラティアはそう言って住民たちの前に躍り出る。俺たちは引き戻そうとした……が、その刹那、強烈な吹雪が一気に俺たちの方にも押し寄せる。


「姉上ぇ!」


 近づこうとするリアを俺は必死に引き止める。これ以上進めば……巻き込まれる。


 しばらくの間俺たちは吹雪を耐えた。そして、段々と吹雪が収まっていく。


「……終わった……のですか?」


 俺が次に目を開けた時には……光景は一変していた。


 塔の入り口から街に至る部分まで、その全体が完全に凍っている銀世界だったのであった。

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