第198話 喪失への恐怖

 俺はすぐには返事をすることができなかった。


 今まで会ってきたどんな人物よりも、マギナは迫力がある魔法使いだ。それはもちろん、魔王を倒したパーティの一人であるということもあるのだろうが、何より、本気でアキヤを殺したいと思っているのがよくわかる。


「……つまり、俺の腕輪の力を完全に発動させて、俺の身体をアキヤに乗っ取らせて……俺ごとアキヤを殺すということですね?」


「そのとおり。君の仲間には……完全な蘇生をすることができるかなりレアな治癒魔法を使えるヒーラーがいるよね? 死んでも問題ないだろう?」


 ……どうやら俺たちのことも調査済みのようである。普通に考えればこの状況ではマギナの言い出したことに了承するべきなのであろう。


 俺は覚悟をして口を開く。


「……できません」


 俺は短くはっきりとそう言った。マギナは特に驚くわけでもなく、無表情のままに俺のことを見ていた。


「……できない、か。理由は?」


「……勇者アキヤがどれくらい酷い人物であったのかは……俺にはわかります。ですが……この世界を壊そうとしているアナタに、この力を破壊させるわけにはいきません」


 俺がそう言うとマギナは苦笑いしながら俺のことを見る。その表情を見ると、どことなく最初から俺がどう返事をするのかわかっていたかのようだ。


「なるほど。つまり、君は……その力を失うのが怖いんだな」


 ……何を言われたのかわからなかった。いや、理解したくなかった。


 俺が……怖い? 勇者アキヤの力を失うのが? いやいや……そんなことはあり得ない。確かに俺はアキヤの力で窮地を脱したことは何度かある。しかし、何度か力に飲み込まれそうになっている……その俺がアキヤの力を失うのが怖いなんてことはあり得ない。


「……違います。そんな理由じゃ――」


「じゃあ、もし、君が力を失ったら……君の仲間は、変わらずに君のことを受け入れてくれるかな?」


 ……一番言われたくないことを言われた。俺は返事をすることができず、ただ、マギナをにらみつける。


「そんな怖い目で見ないでほしいな。君だって考えたことがないわけじゃないだろう? 君の仲間は君が圧倒的な力……勇者アキヤの力を使えるからこそ仲間として受け入れてくれているんじゃないかな?」


「違う! 皆は……そんな……!」


「違わないさ。君から勇者アキヤの力が失くなったら何が残るんだい?」


 ……何が残る? 俺に……何が残るんだ? 俺には……何も残らないんじゃないか?


 段々と恐怖が明確になってくる……だとすれば、益々力を失うわけにはいかないじゃないか……


「大丈夫。そんなに怯えなくていいさ。何もない君でも受け入れてくれるのが……僕たちが新しく作る世界だ」


 いつのまにか俺の直ぐ側までやってきて、耳元でマギナはそう囁く。


 ……そうか。そもそも、アキヤの力を行使する必要がなくなれば、皆も何もない俺でも受け入れてくれるかもしれない。


「さぁ、僕の頼み、聞いてくれるね?」


 マギナが優しく微笑み、手を差し出す。俺はまるでそのまま導かれるままに手を出しだして――


「ウチはそんな頼み、聞きたくないね」


 その時だった。いきなり俺の手を強く掴む手が出現する。


「え……な、なんで……」


 俺は思わず驚いてしまう。


「……アスト君、何呆けているの? 君らしくないよ」


 そう言って俺の手を掴んできたのは……どこからともなく出現したミラなのであった。

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