第196話 飄々とした魔女

「はじめまして……と言ったほうがいいのかな? 実際、僕と君たちは初めて会うわけだしね」


 飄々とした調子でそう言うマギナ。俺達は思わず身構えてしまう。


「我は、初対面ではないと思うのだが」


 そんな折に、ラティアがそう言う。マギナも驚いた顔をする。


「君は……どこかで会ったことがあったかな?」


「ふむ。忘れるとは失礼な奴だ。お前の方から出向いてきたのだろう? 魔王の配下にならないか、と」


 ラティアが半ば呆れ気味にそう言うと、マギナも思い出したようだった。


「あぁ! 思い出したよ。吸血鬼の姫様か。どうだい? あれから気分は変わったかな?」


「変わっていないから、こうしてこの場にいるのではないか?」


 ラティアがそう言うとマギナは何がおかしいのかわからなかったが、一人で笑っていた。


「……えっと、アナタに聞きたいことがあるのだが」


 さすがに俺から切り出さないといけないと思い、俺はマギナに話しかける。と、先程まで笑っていたマギナは俺の方に顔を向ける。


「あぁ、悪いね。何が聞きたいんだい?」


「……アナタ達は、一体何をしようとしているのですか?」


 俺がそう言うとマギナはしばらく俺のことを見つめていた。その黒曜石のような瞳……ある意味では真っ黒な瞳に見つめられているのはあまり気持ちの良いものではなかった。


「そうだね……なんだと思う?」


「え……このルミス教団を拡大して……世界を支配しようとしている、ですか?」


「へぇ。そう思うんだ。それで、もしかして君たちは、それを阻止するためにわざわざここまで来たっていうのかい?」


 俺が小さく頷く。すると、マギナは心底残念そうな表情をしながら、わざとらしく、やれやれと言わんばかりに首を振る。


「まったく……転生するとここまで人間変わるものか。いや、そもそも違う人間なのだから仕方ないか……それでも、本当に残念だよ」


「……何が残念なんです?」


「君と少し話しただけでもわかる。アスト君、だっけ? 君はまるでアキヤとは違う。理性的で、常識がある。僕たちの勇者……『救世の勇者』であるアキヤにはまるで違う存在だ」


「当然でしょ! アストはアストなんだから!」


 と、メルが割って入ってきた。マギナは少し意外そうな表情をしてからなぜか嬉しそうに目を細める。


「……おまけに仲間からも慕われている……アキヤとはまるで違う人間だ。でも……君は間違いなくアキヤの記憶と、あの最強の力を持っているんだろう? その……腕輪の中に」


 そう言ってマギナは俺の腕輪を見る。反射的に俺は腕輪を隠してしまった。


「……それが何? アンタ達はこの腕輪がほしいわけ?」


「いいや、腕輪自体は欲しくない。欲しいのは……その中身だ」


 そう言ってマギナはいきなりパチンと指を鳴らす。その瞬間……なぜか俺は礼拝堂ではない別の場所にいた。


 どこまでも続く草原……その上に俺と、俺とマギナだけが立っている。


「え……い、一体何が……? 皆は……?」


「転移したんだよ。ここはあの城から遠く離れた場所だ。君と二人で話をするためにね」


 転移……? ちょっと待て。ミラだって転移魔法を使うのに目の前の魔法使いは一瞬で転移魔法を使ったというのか?


「……話って……なんですか? まさか、俺をここで……」


 俺は戸惑いながらも、マギナの話に返答する。


「あぁ、違う違う。君を殺すつもりはないんだよ。そのために君に相談をさせてほしいんだ」


「相談? 一体何を?」


 すると、マギナはニッコリと微笑む。その笑顔は……まるで楽しさを感じさせない寂しいものだった。


「君がしているその腕輪の中に宿る勇者アキヤを……僕とルミスに殺させてほしいんだよ」

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