第187話 自身の価値は

 結局、その夜はまるで眠れる気配がなかった。


 ベッドに腰掛け、窓の外を見ている。


 転生前も今も……夜空の輝きは変わらない。だけど、転生前の俺……アキヤは夜空を眺めるなんてこともしていなかったようが気がする。


 ふと、思うことがある。俺は……一体何なのだろう、と。


 俺は「救世の勇者」アキヤの転生した姿が俺、そして、俺はアキヤの力を使うことができる……だけど、俺自身には何もない。


 そして、アキヤの力を使わなかったから、アッシュのパーティでは追放された……だとすれば、俺は――


「随分と悩んでいるようだな」


 と、暗闇から声が聞こえてくる。見ると、ラティアがベッドから半分だけ体を起こしてこちらを見ていた。


 美しい白銀の髪が月明かりに照らされて美しく輝いている。


「ラティア……起きていたのですか?」


「あぁ。お前がいつ我の寝込みを襲ってくるかわからないからな、おちおち眠ってなどいられないだろう?」


「なっ……! 俺はそんなことしませんよ!」


「フフッ。わかっている。冗談だ」


 そう言って微笑ってから、ラティアは真面目な表情を俺に見せてくる。


「随分と……くだらないことで悩んでいるようだな」


「え……あはは……まぁ、そうですね。くだらない、ですかね……」


 ラティアに言わせれば確かにくだらないだろう。実際俺だってくだらないことだって理解できている。


 そもそも、そんなことを悩んだからといって、何も解決することはないのだ。アキヤの力を行使できる俺には、アキヤの因縁に決着をつける義務がある……それだけの話だ。


「……お前は、自分に価値がないと思っていないか?」


「え? それは……」


 俺が答えに困っていると、ラティアは小さくため息をつく。


「バカバカしい話だ。自分の価値を、自分で判断するなど。お前が自分を低く見ていたとしても、他の者はそうとは限らない……それならば、それで良いのではないか?」


 ラティアの言葉に、俺は返すことができなかった。俺自身のことを……リアやミラ、メルがどう思っているか……俺にはそんなことを想像することさえできなかった。


「……皆がどう思っているか、ですか」


「あぁ……ちなみに、我もお前のことはそれなりに評価しているぞ」


 ニヤリと笑ってそういうラティア。俺も苦笑いでそれに返す。


 ラティアなりに俺のことを元気づけようとしてくれているのだろう、そう思うとどことなく嬉しい気分になった。


 そして、ちょうどその時だった


「どうも~、こんばんは~」


 と、いきなり部屋の扉が開いて入ってきたのは……宿屋の主人だった。


「え……ど、どうしましたか?」


 流石に俺もラティアもいきなりのことに驚いてしまう。主人はなぜかニコニコしていた。


「いやぁ~、すいません、夜分に……ちょっとお話したいことがあるんですよ」


「話したいこと……ですか?」


「えぇ……皆様にもぜひ、御加護があるべきだと思うんですよ」


 ……御加護。先程もどこか引っかかった言葉だった。なんとなく……というか、確定的に嫌な予感がする。


「ですから、皆さんにも是非……女神ルミス様のことを信仰すべきと思うのですよ!」


 宿屋の主人は狂気的な笑みを浮かべてそう言う。予感は……やはり、的中してしまったのであった。

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