第186話 推測

「アストよ」


 部屋に通された瞬間、扉を閉めると、いきなりラティアが俺に話しかけてきた。


「はい? なんでしょうか? あ、やっぱり俺と同じ部屋が嫌だったとか……」


「違う。そんなことではない。我がお前と同じ部屋にしたのは、お前に話したいことがあったからだ」


「俺に……話したいこと?」


 そう言うとラティアはベッドに腰掛け、腕を組み俺の方を見る。


「……我は、ルミスとマギナとやらのことを……知っていたのだ」


「え……?」


 思わず驚いてしまった。まさか、ラティアからいきなりそんな話が出てくるとは思わなかったからだ。


「知っていたっていうと……会ったことがあるのですか?」


「……あぁ、おそらく、あれがマギナという者だろう。かつて我の城に魔法使いらしき人物がやってきたことがある」


「マギナが? 一体なぜ?」


 ラティアは少し考え込んだように黙ったあとで、氷のような視線を俺の方に向けてくる。


「……自分は魔王の使いで来た、と言っていた」


「魔王の使い? え……それって……」


「当時はまるで意味がわからなかった。ちょうどその頃、先代の魔王が倒された直後のことだったからな。我もまともに相手にせず、むしろ、その魔王とやらは本物なのか、と問い返してやったのだが……」


「……マギナは、なんと言ったのです?」


「……新たな魔王が誕生したので、その配下に入らないか、と」


 新たな魔王……それはつまり、今現在魔王としてこの世界に君臨している者のことだろう。


 今現在の魔王は、正体もよくわかっていないらしい。先代の魔王が魔物の王であったことは確かなのだが、現在の魔王は一体何者で、どこからやってきたのか……それさえもわからないのだそうだ。


「……アストよ。これは我の推測なのだが……ルミスとマギナが教団で暗躍しているのだとするとその背後には……魔王がいるのではないかと、我は思う」


「教団の背後に……魔王が……」


「そうだ。魔王が背後にいるからこそ、勢力を伸ばすことができている。そして、教団が勢力を伸ばすことは、魔王が勢力を伸ばすことにつながる……わかりやすいだろう?」


「……でも、そうすると、魔王というのは……」


 俺がそう言うとラティアは少し黙ったあとで、思いつめたように先を続ける。


「おそらく、ルミスとマギナに親しい存在……それこそ、かつてのパーティの仲間といった存在だろうな」


 ……なるほど。ラティアが言いたいことも理解できた。そして、俺がずっと抱いていた疑問も理解できた。


 転生前のアキヤがどんなに最低の人間だとはいえ、記憶は確かだ。そして、彼が魔王を倒した救世の勇者であるという事実も。


 そんな彼が魔王を倒した後、なぜ新たな魔王が出現したのか、そして、その魔王がどうして勢力を維持、拡大させることができたのか、を。


「……現在の魔王とは……かつて、アキヤのパーティで『装備屋』を名乗っていた男、ですか?」


 俺の問にラティアは小さく頷く。俺も深く理解することが出来た。


「……無論、推測にしか過ぎない。まったく関係ないものが魔王である可能性もあるがな」


「……いえ。きっとそうでしょう。なんとなくですが……俺にはわかります」


 俺がそう言うとラティアが少し驚いた顔をしていた。


 しかし、俺にはわかるのだ。それがかつて転生前であったとしても、俺は……アキヤ、いや「救世の勇者」が囚われている「運命」に、俺自身も巻き込まれているのだ、と。

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