第185話 ご加護

「……着いたみたいですね」


 俺達を包んでいた光が収まると、段々と周囲の光景がはっきりとしてきた。


 見ると、目の前には街がある。


「ここが、お目当ての街からは一番近い街だね」


 そう言ってミラがすでに街に向かって歩き出す。なんだかミラはいつにもなくやる気にあふれているように思えた。


「……あぁ、この街ですか」


 と、そう呟いたのは……サキだった。最初から少し元気なさそうなサキは街の方を見ながら力なくそう言う。


「来たこと、あるのですか?」


「……まぁ、一応。先に言っておきますけど、この街、めちゃくちゃ面倒ですよ?」


「……面倒?」


 俺はサキの言葉が一体何を意味しているのかわからなかった。しかし、背後からポンと肩を叩く。


「さぁ、アスト。行こう」


 リアが凛とした表情で俺にそう言う。そんな表情を見ていると、俺もどことなくやる気が湧いてくる。俺達はそのままミラを先頭にして街に向かって歩いていった。


 街に入ってみると……サキの言葉は気になったものの、かといって、別に何かおかしな点があるわけでもなかった。


「ちょっと、アンタ。別に変な街じゃないんだけど」


 メルが少し怒り気味にそう言う。しかし、サキは首を横にふる。


「……あれ、見てくださいよ」


 そういうサキの指差す方向には……一人のカップルが手をつないで歩いていた。まるでその日が人生最良の日であると言わんばかりに嬉しそうな笑顔で歩いている。


「……あれがどうしたのよ」


「おかしいと思いませんか? あんなに笑顔で……」


「はぁ? 別に嬉しいことがあったんでしょ? アンタの考えすぎよ」


 メルの言う通り……俺も特におかしな点があるようには思えなかった。しかし、サキはどうにも納得できない感じで黙ってしまった。


 そして、とりあえずその日は街に泊まるということで、宿屋を探すことにした。探し始めてから程なくして宿屋を見つけることができた。


「やぁ、どうも。冒険者の皆さんかな?」


 入ると宿屋の主人が笑顔で俺達を迎える。その時確かに違和感があった。


 その笑顔は……先程サキが指差したパーティと同じ笑顔だったのだ。


「えぇ……この人数でも大丈夫ですか?」


「もちろんです。この街は来るもの拒まずの精神の街ですから」


「そ、そうですか……」


 なんだかやはり違和感がある……と思いながらも、俺達はとりあえずその宿屋に泊まることになった。


「あぁ、ただ、ウチの宿屋は二人部屋でして」


 そう言われて俺達は思わず顔を見合わせる。


 二人部屋……ということは、間違いなく俺はこの女性陣のうち誰か一人と同じ部屋に――


「そういうことなら、我が同じ部屋になろう」


 と、俺がそんなことを考えていると真っ先にそう言ったのはラティアだった。


「あ、姉上……」


 リアが何か言おうとするが、ラティアが鋭い目つきでリアを見る。


「なんだ? 不満か?」


 ラティアにそう言われてしまうと、リアも何も言えないようだった。


「他の者も、文句はあるか?」


 明らかに皆文句がありそうな顔だったが、かといって、文句が言える状況ではなかった。


「では……よろしく頼むぞ、アスト」


 ラティアはニヤリと微笑んでそう言う。というか、俺としてはラティアが同じ部屋になってくれて逆に安心だった。


 結局、サキとメル、ミラとリアが同じ部屋になることで宿屋に泊まることになった。


「では、皆様にご加護があらんことを」


 部屋に通される時、笑顔の主人は確かにそう言った。その時は俺はあまりその言葉を気にしなかった。


 しかし、もっと注意深くなければならなかったということを、俺は後々思い知ることになるのであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る