第170話 女神の名前

 城に近づくにつれて、触手が大量に増えていくのがわかる。それは間違いなく俺の方に向かって迫ってきていた。


 時にそれらの触手を避け、時にそれを切り落とし、俺は城の奥……おそらく、全てが始まった場所へと急ぐ。


 おそらく、カイがいるとすると……あの玉座の間だ。あの場所で彼は苗床……おそらくこの巨大な触手のコアになっているはずなのである。


 そうこうしている間にも触手は段々と元気を取り戻してきているように見える。俺はそれらを切り落として城の中に入っていく。


 城の奥へと進んでいくと段々と触手の密度が高くなっていく。まぁ、コアを守ろうとする本能なのであろうから、それも当然なのだが。


 しかし、なんとか未だに腕輪の力を全て出さずとも対処できている。このままでいけばなんとかコアまでたどり着くことができる……そう思っていた。


「……って、そういうわけには行きませんよね」


 俺の目の前には玉座の間へと続く扉がある。しかしその扉は、まるで扉を守るかのように大量の触手に包まれている。


 俺は試しに剣を突き立ててみるが……まるで巨大な軟体生物の身体に剣を突き立てているかのようでまるで手応えがない。


「……仕方ない。少し……本気を出しますか」


 俺は腕輪に祈りを込める。全開までのギリギリの力の要求……大丈夫。俺はまだ自分を見失っていない。


 そして、今一度剣を突き立てる。今度は先程よりも深く刺さる。そして、そのままその剣を思いっきり切り裂く。


 それと同時に大量の触手が切り落とされる。ようやく、その背後から扉が見えた。


 俺は少し間をおいてから、思いっきり扉に向かって蹴りを入れる。そして、扉は思い切りよく開いた。


「……これは……酷いですね」


 先程までの玉座の間とは思えない程に、そこは変わり果てていた。まるで巨大な生物の内蔵のように、グロテスクな光景が広がっている。


「オマエ……ナンデモドッテキタ……?」


 と、くぐもった声が聞こえてきた。俺はそちらに顔を向ける。


「……カイ」


 思わず俺は悲しげな声を漏らしてしまった。


 カイは玉座に座っていた。しかし、その身体は……すでに半分以上触手に飲み込まれている。おそらく、彼が自我を失い、全て飲み込まれるのは時間の問題だ。


「ジブンデモトメラレナイ……オレハ……ドウナッタンダ?」


 少し悲しみの表情を見せながらカイは俺に訊ねる。俺はゆっくりとカイに近づいていく。


「ク、クルナ!」


 と、俺が近づくとともに、触手が四方から襲ってくる。俺はなんとかそれを回避しながら、カイに話を続ける。


「アナタは! 一体どこから来たのですか?」


 俺がそう訊ねると、カイは驚いた顔をする。


「オレハ……異世界カラ……転生シテ……」


「転生して初めて出会ったのは、誰ですか? アナタが言っていた女神様ですか!?」


「……ソウダ。女神様ハ俺ニ新シイ身体ヲクレタ。聖女様モ……ジャア、ナンデ俺コンナコトニ……」


「それは! アナタが女神様と聖女様に騙されたんです!」


 俺がそう言うとカイは目を丸くする。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。


 一瞬、触手が静止する。俺は急いでカイの近くに寄っていく。


「お願いです! その女神様と聖女様、名前はなんて言っていましたか?」


 俺が肩を掴みそう問いただすとカイは涙を流しながら俺を見る。


「女神様……トテモ美シイ蒼イ髪……優シイ笑顔デ俺ノコトヲミテクレタノニ……」


 蒼い髪……この時点で俺の知りたいことは既にわかったような気がした。しかし……俺はカイを問いただす。


「教えて下さい! その女神の名前は!?」


「……ルミス……様……」


 その名前を呟いた瞬間、カイの身体を触手がいきなり覆う。俺はとっさにその場から離れた。


 しかし……今、間違いなく、カイは名前を呟いた。そして、俺はその名前を聞き間違えない。


 ルミス、そして、蒼い髪……それで充分だ。


 その特徴と名前を持っているのは……かつて転生前の俺が所属していたパーティのヒーラー以外、あり得ないからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る