第167話 魔導生物

「……てっきり逃げたのかと思いました」


「逃げる? 真なる吸血姫である妾が、あんな出来損ないを怖がって逃げると? 随分と舐めてくれるな、アスト?」


 そう言ってからレイリアは、舐めるようにラティアのことも見る。


「それに……反抗的とはいえ、可愛い娘を置いて逃げるわけがないだろう?」


「……お前は、わざわざ我等を馬鹿にするために戻ってきたのか?」


「そう怒るでない、ラティア。妾は無知な娘と、見込んだ男に助言するために戻ってきたのだ」


 そう言って今一度レイリアは紅い瞳を俺の方に向ける。


「……かつて先代の魔王様の時代、魔物ではなく、魔力によって生命を作り出そうとしたことがあった」


「魔力によって、生命を……?」


「うむ。魔王様は配下の魔物を皆かわいがっていたからなぁ……無用な犠牲は避けたかったのだ。そこで、魔力によってのみ、生命を作りだすことができれば、無尽蔵に兵隊を作れると思ったのだろうよ。言ってしまえば……魔導生物だな」


「魔導生物? しかし……そんな話は俺は聞いたことがありません」


「当たり前だ。大失敗だったからな。存在そのものが抹消されたのだ」


 レイリアは忌々しげに、城を取り込みつつある蠢く化け物を睨む。


「一見すると、魔物のような生命を作り出すことに成功したかのように見えた。しかし……それらはあくまで似て非なるもの。あっという間にその形は崩壊し……最後にはあらゆるものを飲み込む化け物となる。つまり……アレだな」


 そう言ってレイリアは指差す。魔導生物? ちょっと待て、なんで先代の魔王がかつて失敗した技術が使われている? 一体誰が? なんのために?


 混乱する俺を他所に、レイリアはニヤリと微笑む。


「妾が助言できるのはここまでだ。正直、あんな醜悪なものの相手はしたくない」


 そう言うと、レイリアは先程まで手にしていた吸魂の剣を、鞘に収める。


「今日は久しぶりに懐かしいものが見られたからな。妾は機嫌が良い。リアの身体は返してやろう。その代わり……あの出来損ない、お主らだけで処分してみよ」


 すると、フッと、表情がリアのものへと戻る。しかし、それと共に、リアはその場に倒れてしまった。


「リア!」


「……気絶しているな。おい! サキュバス! お前、手当はできるだろう?」


 ラティアにそう言われ、サキが気絶したリアに治癒魔術を施す。


「それで……どうする、アスト?」


 いつも気高いラティアが不安そうな顔で俺を見る。魔導生物……あまりにもいきなりすぎる展開だ。転生前の俺の記憶にも存在しない言葉……


 どうすればと倒せる? いや、倒すことは出来るだろう。しかし、それは俺自身が転生前の総ての力を出しきらなければならない。それをすれば――


「困っているみたいだなぁ? アスト」


 と、またしても聞き覚えのある声。俺は振り返る。


「え……お前……」


「よぉ、アスト。久しぶりだな」


 そう言って豪快に笑う背の高い女性……まるで稲妻のような眩い金髪の印象は忘れもしない。


「ライカ……」


 かつて、アッシュの仲間として俺達の前に現れたライカが、なぜか今、俺達の目の前に現れたのだった。

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