第142話 ズルい
「……ト……スト……アスト!」
声が聞こえてくる。俺はゆっくりと目を開ける。
「あぁ……良かった。問題なかったわね」
視線の先には……メルの姿があった。安心したように微笑んでいるメルの笑顔は美しかった。
「あぁ……メル……ありがとうございます」
「はぁ……私が一流だとしても……やっぱり目の前で仲間が死ぬのを見るのは慣れないわね」
「あはは……それは慣れちゃ駄目ですよ。慣れなくていいんです」
俺がメルはなぜか怪訝そうな顔で俺を見る。
「アンタ……またしても恥ずかしげもなく恥ずかしいセリフを言うわね……」
「え? そうですかね? それより……あれからどうなったんです?」
と、俺が周囲を見回していると、そこへミラが丁度やってきた。
「お~、アスト君。無事、生き返ったみたいだね~」
「ミラ。えっと、それでサキュバス……サキは?」
「ん? あぁ、あそこで今にも死にそうになっているよ」
「え……まだ生きているんですか?」
俺がそう言うとミラは申し訳無さそうに苦笑いする。
「いやぁ~、結構、ワインの味が変わらないギリギリの量の毒を入れたんだけどね~。やっぱり魔物は強いね~」
呑気にそう言うが、俺はその毒の入ったワインを飲んだのだが……といっても、それこそが、俺達の計画だったのだが。
「……で、どうするの。アスト」
メルが少し不満そうに俺に訊ねてくる。
「……サキと少し話をしましょう。メルも一緒に来てください」
「はぁ? なんで私が?」
「一番被害を受けたのはメルじゃないですか。メルからも何か言ってやらないと」
俺がそう言うと確かにそうかと言った表情でメルは頷く。
「一応寝室のベッドの上に両手足縛って寝かせているけど、何もできないよ。心酔のスキルも使えないしね」
ミラの言葉で、とりあえず安全が確保できていることを理解しながら、俺達は寝室の方に向かった。
そして、ミラの言った通り、ベッドの上では両手両足を縛られたサキが寝転されていた。
俺とメルがやってくるのがわかると、サキは力なく顔をこちらに向ける。そして、目を丸くして俺のことを見る。
「な、なんで……アストさん……生きて……」
「まぁ……驚きますよね」
俺はそう言いながらメルの方を見る。
「私の魔法のおかげ。死人も生き返らせることができる……私だけが使える魔法よ」
「はぁ……? 生き返らせるって……『リヴァイブ』じゃ……ないんですか……?」
「違うわよ。あれはゾンビにするだけの魔法でしょ。私の魔法は完璧に生き返らせるの。で、アストはこうして完璧に生き返ったってわけ」
メルの説明を聞いてサキはなぜかゆっくりと半笑いを浮かべる。
「……何がおかしいんです?」
「……わかりました。最初から……罠だったんですね……」
罠……サキの言う通り。これは俺とメル、そして、ミラの三人の計画性のある罠だ。
俺達が今いるのは俺の家ではなく……メルの家だ。最初、俺とサキが酒場で会い、サキを誘導する。
ミラとメルは予めメルの家に潜伏しておく。ミラの『ステルス』を使えば完璧に隠れることができる。
そして、俺はサキをメルの家に呼び込み、これまた予めミラお手製の毒薬を入れておいたワインをサキに振る舞う。サキに怪しまれないように毒入りワインは俺も飲む。
こうして、ワインを飲んだサキ……サキュバスは心酔のスキルが使えない程に衰弱してしまったのである。
「フフッ……アストさんが……ワインを飲んだから、安全だと思ったのに……まさか、最初から死ぬこと前提だったなんて……不安はなかったんですか?」
「不安……ですか?」
「えぇ……メルさんが本当に自分を生き返らせてくれるのか、それが成功するのか……不安はなかったんですか?」
「まったく、ありませんね。俺はメルを信じていますから」
俺がそう言うと隣のメルが少しモジモジしながら「だから、恥ずかしいことを堂々と言うんじゃないわよ……」と小声で呟いていた。
と、サキはその言葉を聞いて最初は笑顔を浮かべていたが……徐々に険しい表情になる。
「……ズルいです」
「え? ズルい……?」
「……ズルいです! そんなの!」
既に相当衰弱しているはずのサキュバスは、衰弱しているとは思えない程の大きな声をあげた。あわててミラが飛んでくる。
「……ズルいですよ……そんなの……」
と、今度はサキは……目からボロボロ涙を流しながら泣き始めてしまった。その光景に俺は困惑するばかりなのであった。
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