第130話 突然のお願い

「それで……随分朝早いですね……」


 次の日の早朝、俺はメルと一緒に街の中を歩いていた。メルの方は慣れているようで、まるで平気な顔をしている。


「当たり前でしょ。これはヒーラーとしての日課なんだから。言ったわよね? 私に付き合うって」


「え、えぇ……大丈夫ですよ、早起きくらいは。ところで、どこへ向かっているのです」


「だから、その場所へ行くのがヒーラーの日課なの」


 メルの言うことがいまいちわからなかったが、俺は黙ってメルに付いていった。しばらく歩くと、目の前に見えてきたのは……


「……教会?」


 街の中にある教会だった。


「そうよ。ほら、来なさい」


 メルはそう言って教会の方に向かっていく。俺も言われるままに教会の中に入っていった。


 教会の中は広かったが、何人かの人が設置されている長椅子のところどころに座っている。皆それぞれ、祈りを捧げるように、両手を合わせて祈っているようだった。


「どう? アンタは教会来るの初めて?」


「え、えぇ……メルはいつも来ているのですか?」


「いつも、ってわけじゃないかな……まぁ、ヒーラーってのは回復術士であると同時に神に仕える者でもあるわけよね」


 言われてみれば前のパーティの回復役だったホリアは、それこそ、格好も聖職者だった。


「つまり、メルも神を信じているということですか?」


「う~ん……私は別にそういうわけでもないかな。そこまで信仰があるわけじゃないし」


「それは……どうして?」


「……神様がいるとすると、この世界での出来事はあんまりにも理不尽すぎるから……かな?」


 メルは少し恥ずかしそうに笑いながらそう言った。その点に関しては俺も……少し同意できる部分があるような気がする。


「まぁ……でも、ここに来るとさ、落ち着くっていうか……だから、アンタを連れてきたかったのよね」


「そうだったんですか……ありがとうございます」


「別にお礼なんていいわよ。ほら、せっかくだから、アンタも何か祈りなさいよ。私も祈るから」


 そう言ってメルは両手を組んで祈りを捧げている。そう言われても俺も困ってしまったが、とりあえず俺も手を組んで祈るポーズをとる。


 祈るとすれば……これからも俺が所属するパーティと仲間たちが平穏であるということを願うばかりである。


「……何をお願いしたの?」


 と、いきなりメルに聞かれてしまったので俺は戸惑ってしまう。


「え……まぁ……これからもパーティメンバーが無事であってほしいなぁ……なんて」


「ふぅ~ん……ま、アンタらしいけど。まぁ、いいわ。ほら、今日は久しぶりにパーティ全員集まってクエストに出かけるんでしょ? 行きましょ」


 メルにそう言われて俺も立ち上がる。確かに今日は久しぶりにパーティ全員が集まるのだ。クエストに行くとはいえ、少し楽しみな気分でもある。


 その時の俺は、少し調子に乗っていたといえば……その通りなのである。


「あの……アストさん、ですよね?」


 と、急に背後から声をかけられた。俺は声のした方に振り返る。


 視線の先にいたのは、メルと同じようにヒーラーの服を来た女性だった。髪はメルと違って肩までの短めの長さだ。


 身重もメルよりも小さなその人からは、どこか柔らかい印象を受けた。


「え、えぇ……そうですが」


「うわぁ……! やっぱりそうですよね! あの! 私、サキって言います!」


 急に女の子はハイテンションで俺に迫ってくる。


「ちょっと……いきなり、どうしたんですか?」


「あ……ごめんなさい! その……折り入ってお願いがあるんです!」


 女の子はそう言うといきなり頭を下げる。


「私を……アストさんのパーティに参加させてほしいんです!」


 教会内部に響いたその声を聞いて、俺とメルは思わず顔を見合わせてしまうのであった。

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