第123話 神速

「ここなら問題ないでしょう」


 屋敷から出て、その前の広間で俺とヤトは向かい合っていた。


「アスト君……その……本当に、やるの?」


 不安そうな表情で、ミラが俺に聞いてくる。


「ええ、言っちゃいましたからね……心配ですか?」


「心配って……アスト君はヤト姉様がどれくらい強いか、知らないじゃないか……」


 ミラが見たことのない不安そうな顔をしている。おそらく、ミラがこんな顔をするということは相当にヤトは強いのだろう。


 もしかすると、俺が今まで相手してきたヤツよりも……だけど――


「大丈夫です、ミラ。今までもなんとかなってきたでしょう?」


「それはそうだけど……でも、ヤト姉様は……」


 ミラが言いたいことはまだありそうだったが……いずれにしても俺はミラを連れ帰りたい。


 だとするならば、ヤトのこの場で俺が出した条件を飲ませなければならない。俺がヤトにこの戦いで勝利しなければならないのだ。


「……大丈夫ですよ、ミラ。見ていて下さい」


 そう言って俺は今一度ヤトの方を見る。


「ミラと仲良くおしゃべりしているのは、私としては大変嬉しいのですが、そろそろよろしいでしょうか?」


「ええ。いつでも大丈夫ですよ」


 対峙したヤトは……戦いにあたってもメイド服のままであった。おそらく相当動着づらいと思うのだが、かといって油断はできない。


 俺は腕輪に祈りを込める。腕輪が光り始める。これならある程度ヤトの動きにもついていける……そう思った矢先だった。


「では、もう初めて良いのですね?」


 背後から声が聞こえてきた。俺は振り返る。


 そこにはヤトの姿があった。一瞬にして俺の背後にヤトが出現したのである。


 俺は愕然とした。今までラティアにしろ、レイリアにしろその動きを目で追うことはできたし、動きを把握することができた。


 しかし、今のヤトの動きは……まるでわからなかった。ヤトがいつ行動を開始したのかも、動いた瞬間も見ることができなかった。


 俺は思わず飛びのいて、ヤトと距離をとる。


 ……不味い。予想以上に速い。速さだけなら転生前から今まで、俺が会った中で一番速いかもしれない。


「おや? まだ始めてはいけませんでしたか?」


 わざとらしくそう聞いてくるヤト。俺は理解する。ヤトには……ある程度最初から全力を出していかなければ駄目だ。


 俺は腕輪への祈りを強くする。腕輪の光がさらに強くなる。


「……いえ。大丈夫です。さぁ、始めましょう」


 俺は剣を抜き、そのままヤトに対して攻撃を仕掛ける。ヤトは動かなかった。


 そのまま俺は剣を振り上げ、ヤトに対して斬りかかろうとする……しかし、それでもヤトは動かなかった。


 そして、俺は刃がヤトの顔面の直前に到達する直前……俺は剣を止めてしまった。


「……アスト様」


 目を見開いたままでヤトは俺のことを見る。眼鏡の奥の瞳はまるで剣先のように鋭い。


「……舐めているのですか?」


 そう言うと同時に、ヤトの右腕が思いっきり前方に突き出される。そして、その先の拳がそのまま俺の腹に思いっきり食い込む。


 俺は、そのままそこからふっ飛ばされたのだった。

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