第122話 取引

「昨夜は、あまり眠れなかったようですね」


 変わらず無表情でそう言うヤト。しかし、俺たちは屋敷の玄関までやってきていた。


 ミラとキリも既にメイド服ではなくなっている。俺もヤトから腕輪を含め、全ての装備を返してもらった。


「ですが、私も安心しました。アスト様とミラが大変仲が良いようでして」


「……ええ。そうですね。俺たちは仲間ですから」


 俺がそう言うとヤトの眉間が少しピクリと動く。


「アスト様。一つご相談がございます」


「はい? なんでしょうか?」


「アスト様は、ご結婚の予定などはございますか?」


 ……なるほど。俺が想像していた以上にかなりヤトは本気のようだった。俺は思わずミラを見てしまう。


 昨日の薬の効果もすっかり切れているのか、元気を取り戻しているが、ヤトの言葉を聞くと怪訝そうな顔をする。


「……いえ。ありませんが」


「でしたら、話が早いです。はっきり言いましょう。ミラを貴方様に差し上げます」


「それは……ミラ自身の気持ちはどうなのです?」


「関係ありません。一族のためです。私はこれまで一族のために仕事をしてきました。ですが、ミラもキリもそれを放って逃げ出したのです。それならば、せめて、一族の繁栄の役目を担うのは当然では?」


「……俺は、そう思いません。ミラの気持ちが大事だと思います」


 俺がそう言うとヤトはしばらく俺のことを見ていたが、やがて諦めたように首を横にふる。


「別に今すぐにという話ではありません。いずれ、の話です。今回は貴方様にお会いできて何よりでした。街のはずれまでお見送りしましょう」


「……え、えぇ。そういうことなら……」


「ですが……もし今ここでそれを了承していただけないというのなら……ミラを返すわけには行きません」


 ヤトは憮然とした態度でそう言った。なんとなくだが……そういうことを言ってくるのではないかと思った。


「姉様……それ、本気で言っているわけ?」


 ミラがそう言うとヤトは鋭い目つきでミラを見る。


「もちろん、本気です。私が今この瞬間にもお前を気絶させ、監禁することなど簡単だということは、理解できますよね?」


 ミラは黙ってしまった。そして、そのヤトの言葉がまたしても、冗談ではないということは理解できた。


「……アスト。どうするんです? 大姉様、本気ですよ?」


 キリが俺にそう耳打ちしてくる。無論、俺だってヤトが本気だってことは理解できていた。


「どうされますか? ここでミラとの婚姻を正式に契約してくれるなら、ミラを連れて行くことを許しましょう」


「……わかりました。それなら……俺にも考えがあります」


 そういって俺は先程取り返してもらった腰元の剣に手を当てる。


「もし……俺がヤトさんに勝ったら、ミラを俺の好きにします」


「……勝つ? それはつまり……この私と戦うということですか?」


 ヤトが不思議そうな表情で俺を見ている。俺は小さく頷いた。


 と、それを見て、ヤトは嬉しそうに口元を釣り上げた。


「アスト様……貴方様はやはり、面白い方のようですね」


 その表情を見て、やはりヤトも……普通ではないということを俺は理解したのだった。

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