第7話 密約の時間

 青い上位の男は両手を広げ、にこやかにこちらに向けて語りかける。


 「さて、長い航海でお疲れでしょう、さあ、座って話ましょう、さぁ」


 男は変わらずに両手を広げた姿勢のまま、背中を向け歩き出した。周りを囲む護衛の兵士たちも地面に槍を突き立て、それを支点に回転し王の周りをついていく。


 背中を上等な兵士に押される。ほら、早く行けと言わんばかりだ。しぶしぶついていく。


 中庭には小川が引かれておりチロチロと音が聞こえる。その横を通り過ぎ、再び室内に入っていく。やたらと高い天井の下を歩いていく。節々に採光ようの丸い穴が空けられておりそこから入る光で十分に室内が照らされている。突き当りに出る。そこには半円状の高い入り口の向こうに、広い空間と石の円卓が置かれていた。円卓を取り囲む様に暗い木製の椅子が並べられている。


「どうぞ」


 そう言われて、椅子に座る。正面には青い男、そしてその少し後ろには武装を整えた兵士が並ぶ。俺の後ろにも勿論兵士が2人…


 「そうだな…まず諸君らの目的はなんだ?ヒッタイトか?」


 「ああ」


 「ふん、まぁそうだろうな」


  相変わらず王は表情を変えない。少し上げた口角をこちらに見せつけている様な表情をしている。圧倒的優位を認識しているのだろう。なんとかして、同じ土俵に引きずり下ろせないものか。


 「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな、私はウガリットの王、ヤクルムだ、君とは良い取引ができる事を望んでいるよ」


 「パパドプロスだ」


 「パパドプロスね、噂に聞く海の怪物…やはり、アヒヤワ人だったか」


 アヒヤワ…、久しぶりに聞いた名前だ。だが…決して頭から離れることは無い。


 「君達の噂は本当に良く聞いているさ、あちこちを荒らしまわりながら海の上で生活しているとな…なんでも通り過ぎたところには何一つ残さないとか、そしてバケモノの様に強くて獰猛だととも」


 非常に不名誉な噂だな。殆ど事実だが。


 「定住するわけでもなく、略奪してもこうやって色々な所を回るから富を大量に貯めることもできないからある程度以上は捨てるしかない…一体目的はなんだ?」


 こちらを見る視線に少し影が入った気がする。こいつは俺たちの目的を探ろうとしているのか。目的を聞き出すことで利用の仕方を決める気なのだろうか。


 「ただ、殺して、奪う、それだけだ」


 「何?はははは!!」


 青の上衣の男は高らかに腹を抱え後ろに向かって何かを大声で叫んだ。そうすると周りの兵士たちも何人かは同じ様に笑った。


 獣とでも言ったのか。


 「はははは!獣とでも言ったか?それは面白い!言い得て妙か!はははは!」


 こちらが笑ってみせると、場は急に静まり返る。まさかこちらが笑うとは思わなかったのだろうか。


 場の空気は冷え切った。相手の手の上で踊れば、相手に飲まれる。踊るわけにはいかない。


 「…すまない、あらぬ誤解を生じさせてしまったな、では早速本題に入ろう」


 その王の口角は下がってしまった。


 「君達が今目指しているのは、ヒッタイトだったな、目的はただ破壊ね」


 半分は正しい。しかし、半分しか正しくないことは恐らく既にばれているだろう。これだけでかい都市だ。情報はいっているだろう。


 「実は、そのヒッタイトだがな、我々に対して脅威となっているので滅ぼしたいのだ、近くにあれだけ大きい帝国があるだけで厄介だ」


 この都市も相当な大きさだったので国家としてみた時、けっこうなデカさのものになると思っていたがヒッタイトはそれ以上にデカイのか。だが、脅威になっているというのは引っかかる言い方だ。抽象的すぎる。本来の意味は他にあるのだろう。


 「で、提案なんだが、一緒に攻めないか?」


 王はまた両手を広げこちらに胸を放り出した姿勢になった。その口角は再び上がっている。


 「俺たちと協力する気か?」


 願っても無い頼みごとだ。正直、ヒッタイトを落とすために奴らの重要貿易地点を落としながら来たが、自分達だけでヒッタイトを攻め落とすのは至難の技だろう。パフォスはヒッタイトだと思っていたが…地理的には奴らの重要貿易路だろうし結果オーライだ!。しかし、この提案にすぐに乗ってしまっては相手に有利な条件で利用されることになるだろう。


 「そうだ、君達にとっては得しかないだろう?」


 そうだ。


 「そんなことは無い、まずそっちがこちらを騙していない確証がない、次にそちらが協力したとしても終わった後に俺たちは邪魔になるはずだ、その時に俺たちを攻撃しない確証もない、そして俺たちは最強だ、むしろそちらが協力してくれと頭を下げたらどうか」


 随分と見栄を張ってしまった。しかし、完全に虚勢というわけでもない。確かにこの様に先手を打たれてしまえば弱いが海からの襲撃は奇襲が肝だ。そう考えると敵が見えた瞬間に船の向きを変えるべきだったが、あの距離はもう無理だった。帆船は風がないと急に方向転換はできない。…生きて帰れるのか?


 王の合図と共に、俺の後ろの兵士2人が剣を抜き首に当ててくる。


 「君、自身の立場を分かっているか?」


 こうなってしまうのか。後ろの兵士が少しでも力を入れて剣を引けば俺は死ぬ。一瞬のことだろう。


 「待たせている奴らに俺が2日帰ってこなかったら攻撃をしろと命じてある、そして攻撃をされても攻撃しろと命じている」


 これでもダメだ。まだ、圧倒的不利は変わらない。これでは、殺されて終わりだ。


 「そして、あれはまだ全兵力じゃない、パフォスとあの辺で捕虜をとり俺たちの兵にして待たせてある、今いるのは全体のうちの少ししかない、奴らがついたら俺がいなかった場合すぐに略奪を始める」


 ただ、真っ直ぐに王を見つめる。姿勢も表情も一切変えずに一点を見つめる。王もこちらを見つめる。


 王が合図を出す。


 「まぁ、ここで死んでもらうよりも、協力してもらう方が得だ、いいだろう人質を出そう、それで信用してくれるかは知らないが、しかし主導権を争うのは不毛だ、やめたまえ」


 首に置かれた剣は下げられた。 


 


 

 




 

 

 

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