第5話 上陸!ヒッタイト?
「頭、町が見えて来ました」
そう言う声とともに肩を揺すられる感覚で眠りから覚める。快速船を蹴散らした時から少しばかりたった時だった。
町が見えて来たというので目を開けてみると、少しばかり空が白み始めていた。前を見ると…確かに港や建物の影が見えている。随分と遠くの方だが。
あれが、ヒッタイトだろうか…。しかし、どの様な都市であったとしても先程の快速船が引き上げていった場所だ。既に厳重な対策が施されている可能性が高い。それが、ヒッタイト帝国ならなおさらだ。
「分かった、さっきのいざこざでこっちの存在を既に気づかれているだろうから全員、盾を前方に構えておけ、船を盾で亀の甲羅みたいにしろ」
一応、こうすることによって矢が意図せず降って来たとしても、ある程度の損傷は抑える事が出来る。ないよりは断然ましだ。
「後ろの船にも伝えろ、そしてその後ろの船にも伝えさせろ、いつものだ」
そういうや否や、先頭の船の乗り組員、全員がふらふらと起き上がり盾を持ち始めた。そして、後列のほうに居た者は後ろの船に対して極力大声で叫ぶ。幸い波風があまり立っていないので声ははっきりと伝わりやすい。また、常に一定の間隔を保つように進んでおり、その間隔の基準は声がギリギリ伝わるかどうかだ。
あれがヒッタイトだったとしたらあまり嬉しいことではない…。正直、長い大略奪の中でこちらの兵は減る一方だ。しかし、捕虜をとることは自分の焚き付け方のせいで叶わない。
だから、捕虜という形では無く、成るべく多くの者が許容できるやり方で兵を補給したいが…そんなわがまま適うのだろうか。
更に空が明るみ始めた。すっかり、朝になってしまっている。都市はどんどんと近づいており、その大きさがわかりつつあった。港の規模はそこまで大きくは見えないが…あの人影は。
「全員、盾を構えろ、矢に備えておけ」
大声で、後ろを向いて叫ぶ。まず自分の船の全員が猫の目の様な形の盾を斜め上に向けて構える。
やはり、予想は正しかったようで既に海沿いに多数の人影が並んでいた。恐らく、すべて弓兵だろう。上陸させる前に決着をつける気なのだろうか。その具体的な人数が把握する事ができる距離までには近づいていないが、近づいても数える気は到底おきない程の人数が並べられている。
やはり、後手に回ってしまうとどうしても不利になってしまう。
盾の横から、近づきつつある、向こう側の様子を伺う。何らかの動きが見えた。そして、薄青い空に多数の虫の塊の様なものが上がった。
空を切る音と盾を通して体全体に伝わる衝撃。そこら中から、雨の様に水を叩く音、叫び声、青銅を塗った盾に矢が弾かれる乾いた音、そしてそれが突き破られる耳障りな音。
ひとしきり矢の雨が降りきったので、盾を構えたまま振り返り自分の船の状況を確認する。矢に刺さった者はそう多くない様だ。このまま突っ切れるだろうか。
「よしっ、そのまま、もう少しで着くぞ!」
今では、はっきりと見える。港の横は切り立った崖になっており、港からそこまでびっしりと弓を構えた兵たちがずらりと並んでいる。末恐ろしい光景だ。
再び、矢が弓につがえられ斜め上に向けられる。つい盾を支える手に力が入り、腰を低くしてしまう。
「来るぞ!」
そう叫んで身構える。
…
あれ?一向に空を切る音がしない。矢が来る気配がないな。
盾の横からそっと様子を伺う。弓を持った男たちは困惑した様子で斜め横を見ている。何を見ているんだ。その視線を辿ると、そこには身なりの良い兵士が一人の兜を着けた男と何やら言い争いをしている様だ。
どういう事だろうか。
港をよく見てみると、奥の方には既に大量の、胴鎧をつけ兜を被った、兵士達が待ち構えていた。弓兵で消耗させて上陸に手間取っている所を歩兵で仕留める気だな。
「諸君、我々は君たちの首領を歓迎したい、我々の兵と民草に対して害を及ぼす意思を見せないなら、君たちの首領を我らがが王宮まで案内致そう」
……
身なりの良い兵士が崖上から声高に、こちらに向かって叫んでくる。先頭を走る、自分の乗っている船はもうすぐで浜に船底が浜に乗り上げそうだ。船員はこちらを不安そうな視線で見つめる。
「頭…どうするんですか…?」
崖上をみると再び弓が構えられこちらに向け矢をいつでも射ることができる様にされていた。崖は膨らんだ形状をしており上陸した場合横からの攻撃が楽に予想できる。あれを防ごうともたつけば…前方に布陣された弓兵がこちらに向かって射ってくるだろうが、それは防ぎようがない。そして、仕上げとして歩兵が突撃してくる。ここで俺が死ねば、上手くこの場を乗り切れても、この遠征の帰着点は恐らくつけられない。何とか上手くいってヒッタイトをつぶせても恐らく無制限に続くだろう。そうなると、ここは…
「全員、可能な限り動くな、矢に注意して盾を構えておけ」
「頭は?」
「俺は、奴らの提案通りこの船を一人で降りる」
その言葉を聞くと先ほどから自分に問いかけをしてきた若い男は黙った。何か言葉を飲み込んだ様だ。それは、恐らく罠だったらどうするかだろう。他の船員達も何か言いたげな顔をこちらに仕切りに盾の横からチラチラと向けていた。隣の男の方を向く。少しだけニヤッとした表情で。
「大丈夫だ、俺は死なない」
こう返してくるのは分かりきったことだったのだろう。だから、誰も聞こうとしなかった。しかし、分かりきっていても声にして言う方が安心感を与えられる。ここまで信頼して付いてきた奴らだからこそだ。
まず、先頭であるこの船が浜に着き動きを止める。
「分かった!首領である自分一人で降りる、それで文句はないな!」
出来るだけ大きな声で向こう側に叫びかける。こちらの言語に精通しているものがいるらしくそこは大変楽だ。
振り返る。
「俺が2日経っても帰って来ないか、攻撃を受けたら、半分の船は回り込ませて、そこいらの兵を出来るだけ残酷に殺せ、できればただの民草も犯して殺せ」
後列の船ものりあげようとしている様だ。そしてその船の船員達もこちらに倣い盾を構えたまま微動だにしない。そう、それで良い。
安心して、船員を掻き分け船から足を下ろした。
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