第4話 目指せヒッタイト〜Ⅱ〜

 「頭、起きてください」


 デルエティーが耳元に呼びかけてくる声で目が覚める。まだ、日も出ていないというのに何事だ。


 「見て下さい、あれ」

 

 船のへりから首だけ動かして横を見ると、こちらの船団に対し、明かりをつるした小さな帆船の影が近づいていた。自分の乗る船団の先頭の船の横にぴったりと着いてくる。

 

 えらい快速船だな。


 こちらの船には一切の明かりがないので、暗闇の中、快速船からの光だけがこちらを照らし出している。


 よく見てみると、快速船の斜め後ろに行ったところには多数の、明かりが吊るされた小型の船が見えた。


 なにやら、水を切る音に邪魔され、良く聞こえないが、こちらに向かって呼びかけているようだ。


 「おい、そこの船団、何者だ」


 デルエティーが耳元で訳して囁くのを聞く。


 こちらの船は30隻、人数にすると300人。商業にしても漁にしても多すぎる船の数を不審に思ったのだろう。しかし、この暗い中、良く見つけたものだ。少し先の見方の船さえも見えないというのに。


  しかし、この規模では貿易に来たとも魚を採ってるとも、だませないだろう。流石にそこまで馬鹿な奴はいないはずだ…ただパフォスでは少し馬鹿さ加減に期待したが。適当な事を答えても、バレバレな嘘によって更に警戒を強められ、他の待機している船に回り込まれてもこまる。


 そう考えると…


 船員は皆すっかり目を覚まし、その船のほうを見て盾を持ち警戒している。その間を進み、鉤爪のついた長い棒を拾う。


 暗闇の中で船員達の表情はよく見えないが、行動を察して同じ様に何人かが棒を拾いあげる。そして、一気に棒を振り上げてできるだけ遠くまで伸ばす。


 鉤爪が小型の帆船のヘリにうまく引っかかったので、力一杯引き寄せる。


 「よし!いけ!殺せ!」


 その合図と共に船員達が十分近づいた小型船に一斉に乗り込みんだ。唯一の明かりは、次々と暗い水面に落ちていく影を映し出し、平穏だった海には慌ただしい波が立った。


 4人ほどだろうか。人が小型船から落ちると、乗り込んでいった船員が再びこちらに跳んで戻ってくる。後ろを振り返ってみる。


 小型船群はその機動力を活かし、早急に遠ざかっていた。恐らく、先頭の船があっさりやられたので一先ず退却し、体制を立て直すつもりだろう。この時間帯に海戦を仕掛けるのは賢くないので逃しておこう。


 敵の撤退を見送ると再び、元居た場所に戻り腰をどっしりとおろした。ふー。思わぬ仕事であった。こんな夜中に勘弁してほしいものだぜ。

 

 しかし、小型船群が迫ってきたということは、港が近づいているということだろう。ということは、何かしらの都市が近いということか。つまり…ヒッタイトは近い…日が明ける頃には到着しているだろうな。


 小舟か…、筏の方が近かったかな………揺れが心地いいな………


 

 

 「なに?もう一度落ち着いて言え」


 「私たちの船団が何者かに襲われました、奴らはウガリットに近づいています!」


 海から少し離れた所に一際栄えた都市が存在した。そして、そこの再奥にはとてつも無く大きな宮殿が建てられていた。


 男は少しあごひげをさすりながら考え込む。


 「分かった、下がれ」


 白髪で長髪、高身長な男はそう言って水兵を下がらせた。覗き窓からは九つ目の中庭からの明かりのみが差し込んでいる。


 両手をたたき合わせる。それは人を呼ぶときの動作であった。


 動作に応え右目の潰れた男が石室に入ってくる。


 「粘土板と葦を持ってこい」


 そう言い、男は傍に置いた上衣を手に取り、袖を通す。


 「なんですの?まだ暗いのに」


 寝台から女が顔だけ出して問いかけてくる。


 「ん?なんでも無い、大丈夫だ、大丈夫」


 そう言って、女を落ち着ける。


 さてと、いずれ奴らがくるだろうことは分かっていたが、まさか私の代とはな。ヒッタイトかエジプト…、頼れるのはどちらかだが…。



 元はと言えば、ヒッタイトの遠征が遠因だ。奴らに被ってもらう他はない。それに恐らく奴らの本命はここではないだろう。大帝国ヒッタイト。それが奴らの狙いか…。復讐か。


 まぁ、何にせよ、こちら側にあげる事は出来ない。大帝国が兵を送る気がないなら、海岸の守りを徹底的に固めて、ヒッタイトの方向を指し示してやろう。





 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る