第3話 目指せヒッタイト

 全くもって、難儀な目にあったもんだ。ヒッタイトを目指して来たはずだが、そこはヒッタイトじゃなくパフォスとかいうよく分からない港町だった。

 

 取り敢えず、一番広い、宮殿の中庭に全員を集めさせ、略奪品を見せさせる。


 一人一人の手に溢れんばかりに乗った略奪品を品定めしていくが…、陶器…少しの青銅の剣…敗残兵の鎧…銅剣…干されてカラカラになった魚。しけてるなぁ…。

 

 「他に隠してんのはねぇのか?」


 大声で呼びかけるが返事はない。そうだ、確かにこの街には大した物がなかった。大した犠牲が出なかったからまだいいが…奴らが強かったら割に合わない町だったな。


 「頭、そういえば、こんなもんが…」


 戦士達の中から一人の青年がこちらに走ってくる。何か、小さな物を持っているように見えるな。


 「んー、もう少し手を開け」


 開かれた手の中には、非常に小さな貴金属の塊のような物が見えた。これは…。


 はっとして、その青年の手をぎゅっと掴み、自分の目の前まで引き寄せる。これは!


 「これどこで見つけた?連れてけ!」

 

 青年はこちらの興奮した様子に驚いたようだが、こちらがそんなこともお構いなく催促すると怪訝な様子で中庭を出て道を歩き始めた。良く歩き固められた石畳の道を歩いていく。


 「ここですわ」


 そこは、周りの家からは少し離れた所だった。他の家よりも少し大きい、円筒形の建造物が建っているだけだが。ここら辺の地面に落ちていたと言う。


 「この建物の扉、なんか破れないんですわ、固くて…中に閂か何か刺してあるんでしょう」


 窓が無く、外からの空気が中に入らない作りになっている。よっぽど潮風に当てたくないものがあるんだろうなぁ…。


 「中庭に待たせてる奴らと一緒に船から槌を持ってこい」


 青年はやはり、驚いたような顔をするが、すぐに中庭に走っていった。どうやら、これが何か、自分が何を拾ったのかあまり理解してないらしいな。


 暫く、暗い夜の中、松明の明かりだけを頼りに待っていると、下から息を合わせる為だろう、合図の声が聞こえて来た。運んできているようだ。破城槌は地域ごとに形式が違ったりするが、うちはとにかく重く、先端を丸く削った丸太に、いくつかの縄をしたから通して巻きつけ、その縄を持ち手ができるように結んだものを使っている。それは、動かすのにも一苦労するので長い距離を持っていく場合には暫く数人で、持って移動し、暫く下ろして休む、というのを繰り返す。だから持ってくるだけでも時間がかかる。


 目の前に槌が下され、青年を含めた男達が一息つく。暫く休まないと門に突き当てる体力も湧かないのだ。


 「よし、開けるぞ」


 自分が一番先の左側の、輪になっている縄に手を通し、休み終わった男達もそれにならい、次々に縄の取っ手に手を通していく。


 「せーのっ!」


 合図と共に、一斉に全員で持ち上げる。


 「じゃあ、いくぞ!せっ!」


 合図と共に槌を大きく後ろに振り、後退した勢いをそのまま扉にぶつける。一度では開かないのでもう一度ぶつける。


 何かが折れる音がして、ゆっくりと木製の大扉が開いていく。中は暗くて見えないな。


 「置くぞ!」


 そう言って、なんとなく全員で息を合わせて槌をその場にゆっくりと下ろす。傍に置いておいた松明を拾い上げ、その光を前方に向けながらゆっくりと暗闇の中に入っていく。


 後ろから、青年達が覗き込むようにしてそろりそろりと着いてくる。


 「やったな…」


 そこは大量の銅の倉庫だった。火に照らし出された銅の山は鈍く金色に輝きを放つ。但し、その山の上には首から血を流して倒れる腹の出た老年の男が倒れている。近くに、ナイフが落ちていたので自殺を試みたようだ。閂をさしたのはこいつだろう。


 松明を少し上に掲げた瞬間、後ろから大きな歓声が上がる。銅の山がはっきりと見えたようだ。


 それにしても、この首から血を流している男、良く見ると、目が薄く開いており、口から流れ出す血にはあぶくがたっている。時折体が小刻みに震えることもあり、おそらくまだ息があるということがわかる。槌を扉に当ててる時に首を切ったのだろう。切りどころが悪いと中々死ねずに自分の血に溺れて長らく苦しむことになる。手が震えでもしていたのだろう。


 恐らく、自分の居場所はここ以外にないから、ここに閉じこもり死ぬことを選んだのだろう。


 腰紐から剣を抜き、首の両側の血管を切ってやると、その男の動きは完全に止まった。


 「よーしっ!これは持ち帰って山分けだな!!」


 その晩は中庭で大いに宴会をして、ずっと騒ぎ続けた。


 


 〜〜〜


 ここはどこだったか…、気がつくと目の前に一人の男が背を向けて立っている。だめだ、こいつを見捨てられない。何故か直感でそう思い何と言っているかは自分でも分からないが、名前を呼ぶ。


 その背の高く、長く黒い後ろ髪を兜から垂らしている男は、こちらを切なそうな表情で少し振り返る。少しだけ口角を上げ、目を細めた表情。大丈夫だ、安心しろ、とでも言おうとしているような表情。目が離せない。


 その男は暫くこちらをその表情で見ると再び前方に向き直り、腰紐から剣を抜く。そして、どんどんと遠のいていく…


〜〜〜


 あまりの眩しさに目を開けると、そこは昨日宴会をした中庭だった。どうやら、その場で眠ってしまっていたらしい。周りを見ると、同じ様に多くの仲間達が地べたに寝転んでいた。


 …思い出したくもないものを思い出しちまったな。簡単に忘れることはできなそうだな、やっぱり。


 後ろから、あくびが聞こえてくる。


 「頭、もう起きてたんですかぃ」


 デルエティーが伸びをしながらこちらに歩いてくる。ちょうど朝日が顔を出し始めており海が反射し始めていた。

 

 眩しかったのはこれか。

 

 「うーん、まぁな」


 朝日は直接光を投げかけてくる以外にも海面を通して上乗せして目を苦しめてくる。目を細めるが、それでも不十分なほどに明るい。


 「ヒッタイトって、なんなんでぇすか?俺たちの国と何が違うんですぅ?」


 ちらりと後ろを見ると、デルエティーは頭を掻きながらこちらをのぞいていた。こいつ、そうか、遠征の前の説明の時いなかったか。


 「ヒッタイトはなぁ、とてつもなくデカイ帝国さ、馬に何かを引かせるとんでもなく強い兵器があって、さらには奴らの剣はいくら切っても壊れないらしい」


 そう言って、今回の戦いで亀裂が入った自分の剣を抜いて太陽の光に当てる。光に当てられた剣が金の光りをそこら中に撒き散らす。しかし、表面に、斜めに大きく亀裂が入ってしまっているのが見て取れる。


 「力が強いだけじゃねぇ…、国民は全員文字を使えるらしいし、粘土板を普通の人間も触れて使うことができるんだとよ…、さらには子供だけを集めての公教育ってもんがあるらしい…、読み書きできて、小難しい事を子供のうちから叩き込まれるんだ、お高くとまった連中になるしかねぇだろうな、戦う前に理屈をグダグダ言って逃げようとする様な臆病者の集まりだろうな」


 「とんでもねぇ国ですわ、俺らなんて文字を見たこともねぇですわ」


 そう言って、一緒に大笑いする。


 「ぶっ壊してやろうぜ、そんな幻想じみた国」


 そう言って、剣を腰紐に掛けた。

 


 


 



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