同じニオイに誘われて(8)

 ひとまず、この付近一帯の安全確保のためにシアンさんには近くにいる怪物達を一掃してもらいました。そして、私とセカイさんの目の前には気絶して横たわる紅呂羽さんの姿があります。

「少し予定外ですが、これで大人しくなってくれるといいのですが……」

 本来はあのペンダントで弱った紅呂羽さんにシアンさんが決着をつけるというシナリオだったのですが。

「トワが勝負を決めちゃったわね……」

「困りましたね……」

「困ったのはワタシの方よ!」

 そんな私達を遠巻きに見ていたシアンさんが大きな声で言いました。

「確かに勝負に水をさしてしまったのは申し訳ないですが……」

「そういう事じゃないわよ! 何て事してくれたのよ……」

 ────アレ? 紅呂羽さんは気絶しているはずなのに、シアンさんはむしろ何かを恐れているような感じです。こちらに近寄って来ません。

「う……んん…………」

 どうやら紅呂羽さんが目を覚ましたみたいです。

「あ……えっと、大丈夫ですか? 紅呂羽さん」

「わたくしは……どうして…………」

 紅呂羽さんはゆっくりと起き上がりました。

「あの……私のあげたペンダントのせいで……。『DA TENSHI』には合わなかったみたいですね……」

 私はとにかく誤魔化すために、作り笑顔をしながら苦しい言い訳をしました。でも、紅呂羽さんの方はと言えば、顔を真っ赤にして予想外の反応を見せました。

「や、やめてください! 恥ずかしい……」

 ────アレ?

「だ、だ、『DA TENSHI』なんて、ただの気の迷いですわ……」

 ────アレ? もしかして、ペンダントの聖なる加護のショックで、どこかおかしくなってしまったんでしょうか。

「あ……」

 紅呂羽さんとシアンさんの目が合いました。シアンさんは焦った様子で後退りをしています。

「そうでした。わたくしはこの魔族を倒す途中だったのでしたわ」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がると紅呂羽さんは背中から白い翼を出し、上空へと舞い上がりました。

「え? 白い翼?」

 そして、まばゆいばかりの神々しい光を全身から放ちます。

「これは一体どういう事でしょうか?」

「あ、そうか!」

 セカイさんが何かに気付いたようです。

「あの娘は元々は天使なわけだから、聖なる加護の力でダメージだけ受ける魔族と違って、堕天使から天使に浄化されたんだと思うわ」

「え!? まさか?」

 まるで嘘のような話ですが、確かにさっきまで感じてた禍々しさは消えてます。

 でも、それなら勝負の意味も無くなったのでは……。

「天使として魔族の存在を見過ごすわけにはいきませんわ」

 手に光の弾を作り、シアンさんに向けて構える紅呂羽さん。シアンさんに対する殺気が以前とは格段に違います。却って問題はややこしくなったみたいです。

「ちょっと待って下さい。紅呂羽さん!」

 私は急いで紅呂羽さんの前に立ち塞がりました。

「前にも言いましたがこんな人でも、今はこの世界には必要なんです!」

「こんな人って何よ! こんな人って!」

 背後から抗議の声が聞こえますが今は無視します。

「シアンさんはこの世界を復活させようと頑張っているんです!」

「魔族のいう事など信用出来るのですか?」

 持ち前のおっとりとした雰囲気ながらも厳しめの様相を見せる紅呂羽さん。今は堕天使の時の相手を見下した態度ではなく、天使としての使命感で対応しているように見えます。

 しかし、逆に言えば紅呂羽さんも少し前までは堕天使だったわけでして……。

「でも、紅呂羽さんもさっきまで『DIE TENSHI』なんてもの出してましたよね?」

 再び、紅呂羽さんの顔が真っ赤に染まります。

「そ、それは言わないで下さい。言わないで下さ~~い」

 羞恥に顔を手で隠し、紅呂羽さんが空中で悶えています。今となっては文字通り黒歴史となってしまったようです。

「わ、わかりましたわ。あなたはわたくしを堕天使の闇から救い出してくれた人ですし信用しますわ」

 赤面しながらも姿勢を正し、紅呂羽さんは一応納得してくれました。これでシアンさんが危険な目に遭う心配も無いでしょう。離れた所で見ているシアンさんもホッと胸を撫で下ろしているようです。

「確かこの魔族はこちらの世界で生存者を探しているのですわね?」

 私のすぐ横に降りてきた紅呂羽さんがシアンさんを指差して言います。「そうですけど?」と私が首を傾げると紅呂羽さんはこう宣言しました。

「でしたら、このわたくしも生存者の捜索に協力しますわ。あなた達に迷惑をかけたお詫びと、他の世界とはいえ滅びゆく大地に救いの手を差し伸べるのも天使の役割ですから」

 ニッコリと、そしてほんわかとした曇りの無い良い笑顔を、紅呂羽さんは私に向けてくれました。本当に天使に戻ったのですね。それならば……。

 私はシアンさんの方を見ます。シアンさんは心底嫌そうな表情で顔の前で手を横に振っています。それを見て私はこう言います。

「願ってもいない申し出です」

「願ってもいないの!?」

 離れた場所で私の答えにうろたえる声が聞こえますが、これも敢えてわからないフリをします。だって、これほど有り難い申し出もそうそうないと思いますから。

「よろしくお願いします。紅呂羽さん」

「よろしくお願いされましたわ」

「ち、ちょっと、何を勝手に……」

 慌てふためくシアンさんに紅呂羽さんが視線を向け、ゆっくりとそちらに歩いて行きます。

「な……何よ…………」

「それでは、さっそく行きましょう」

「え? 今から? ていうか、一緒に!?」

 紅呂羽さんはシアンさんの手首を掴むと翼を広げ、強引に空へと羽ばたきました。

「勝手に逃げたりしたら……わかってますわよね?」

「…………えええっ!?」

 そして二人は徐々に空の彼方へと離れていきます。

「は、放しなさいよっ! トワ。あんたも見てないで何とか言いなさいよっ!」

「シアンさん元気に頑張って来てくださ~い」

「この、薄情者ーーーーーーーーーーっ」

 段々とシアンさんの声が小さくなっていきます。すみません、無事で帰って来られるよう、たまには聖なるペンダントを見ながら祈ってますから。


 紅呂羽さんとシアンさんの姿は未確認飛行物体レベルに小さくなり、何かを喚いているシアンさんの声ももう聞こえません。

「行っちゃったわね……」

「そうですね……」

 しみじみと暫らくの間セカイさんと私はその光景を見ていました。しかし一転、セカイさんは急に楽しげな声色に変わりました。

「これでようやくまたトワと二人っきりのラブラブ生活に戻れるわね~」

「ラブラブってなんなんですか……」

 体中からハートマークを大量放出しているセカイさん。

 どうやら、ここにもまだ魔物がもう一人残っていたみたいです。

 これを浄化する事は出来るのでしょうか……。

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