同じニオイに誘われて(3)

「…………堕天使?」

 険しい顔をしてセカイさんが相手を睨みます。

 あれが堕天使。初めて見ました。というか、こちらの世界で人間以外の存在を見たのも初めてです。

 しかし、その堕天使の女性はこの重苦しい空気も気にもせず、相変わらずのマイペースで私達に語りかけてきます。

「堕天使なんて……そんなはしたない呼び方はしないでほしいですわ」

「「は?」」

 彼女の思いがけない反応に私とセカイさんは気の抜けた返事をしてしまいました。

「私の事は『DA TENSHI』と呼んで頂けますか?」

「はい?」

「そうですわね。自己紹介がまだてしたわね。わたくし『DA TENSHI』の紅呂羽くろはと申します。よろしくお願いしますわ」

 こちらを見て満足そうに微笑む自称『DA TENSHI』の紅呂羽さん。歌って踊れるグループか何かなのでしょうか。それとも何かこだわりでもある集団なのでしょうか。どっちにしろ、また変な人が来たようです。余り関わりたくないタイプです。

「見たところ、お二人もこちらの世界の人ではなさそうですが、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。あなた達には手を出すつもりはありません。でも……」

 紅呂羽さんは私達からシアンさんへと視線を移します。

「一応、元天使の端くれとしては別の世界の魔族がこちらに入って来ているのを見逃すわけにもいかないかと……」

 ビクッとシアンさんの体が跳ねます。以前シアンさんが言っていた、こちらの魔族に殺されかねないというのは、こういう事なのでしょうか。

「フ、フフフ……そっちがその気なら仕様がないわね……」

 額に汗が浮かべて、すっかり動揺しているシアンさんですが、そこは魔族のプライドを保つためか精一杯の虚勢を張っています。

 シアンさんがその場で高く手を上げると何処からか発生した黒い霧がシアンさんの全身を包み込みました。そして、その霧が徐々に晴れると中から、耳が尖り、羊のような角とコウモリみたいな翼の生えた、魔族モードのシアンさんが姿を現しました。

「あんたみたいのに、このワタシを倒せると思ったわけ? 何たってワタシにはここにいる仲……」

「あの……ケンカでしたら他の場所でお願い出来ます? ここは店の中ですので……」

「トワの服は脱いでいってね。破らないでほしいから」

「あんたら鬼か!?」

 シアンさんが涙目で訴えます。魔族に鬼かと言われても……。

 ────仕方ないですね。

「え……と、紅呂羽さん。すみませんが今回は見逃してもらえませんでしょうか?」

「トワ!?」

 私の言葉にセカイさんが驚いた様子でこちらを見ます。そして紅呂羽さんの方は首を傾げ意外そうな目をして私を見ました。

「あら? どうしてですの。カタギの人間ひとはこちらの世界の事に首を突っ込まない方がいいと思いますわよ?」

 何処のヤクザのお嬢様ですか……。

「いえ、そうじゃなくて、そこにいるシアンさん実は私の手違いでケガをさせてしまって……」

 紅呂羽さんに私は、大雑把に今回の事の成り行きを説明しました。紅呂羽さんも興味深そうに耳を傾けては頷いていました。

「そういうわけで、一応シアンさんが回復するまでは私にも見届ける責任がありますので……」

「なるほど、そういう事でしたか~、それは大変でしたね~」

 紅呂羽さんは上品に手を口に当てながらも、まったく大変さが感じない様子で面白そうに笑っていました。

「何がそんなにおかしいのよ。この女は!」

 怒りからか、それとも恥辱からか、シアンさんが顔を赤くして紅呂羽さんを睨みます。

「他人の不幸って楽しいと思いませんか? その負の感情が私のエネルギー源にもなりますし」

 ────あ、この人ダメな人です。

「それに関してはワタシもそうだけどっ……」

 ────ここにもダメな人、いました。

「こちらの世界を荒らしに来たわけではないのなら見逃してあげましょうか。これ以上イジメたら可哀想ですものね」

「何かいちいちムカつく奴~~っ」

 ニコニコと余裕の笑顔でシアンさんをからかう紅呂羽さん。シアンさんといえば、その易い挑発に簡単に乗ってしまっています。

「ま……まあ、いいわ。今回はその口車に乗ってあげるわ。ワタシと戦わないですむ事に感謝しなさい。堕天使」

「あら、やはり頭悪いのですか? わたくしは『DA TENSHI』だと……」

「何をイタイ事を言ってるのよ、この堕天使」

「だから、わたくしは『DA TENSHI』です。そのおバカさんの脳に文字通り叩き込んであげましょうか?」

 ────あ、紅呂羽さんも易い挑発に乗ってしまいました。確かに私も、イタイ事を言ってるなあと思ってはいましたが。

「何よ、やるの? この大魔族である私を倒せるとでも思っているのかしら?」

「あなたこそ『DA TENSHI』である、この私に勝つ気でいるのですか?」

 聞いているこちらの方が耳がイタくなりそうな会話です。この二人、本質的には似ているのかもしれませんね。

 とはいえ、二人の間にはどす黒い空気が見えそうなほど険悪な状況です。どうにかしないと……。

「あの……ケンカでしたら他の場所でお願い出来ます? ここは店の中ですので……」

「トワの服は脱いでいってね。破らないでほしいから」

「あんたら悪魔か!?」

 悪魔はあなたです。シアンさん。

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