虫退治しましょう(2)

 外はすっかり暗くなり、店の奥の自宅に戻って二人で夕食を取った後、私はテレビを見ていました。そこにセカイさんが画面を覗き込んできました。

「何を見てるの。トワ?」

「映画です」

 画面の中では大量の大きなダンゴ虫が暴走していました。

「私は想像力が乏しいので参考になるかと思いまして」

「魔法の参考?」

 私が頷くと、セカイさんは「それならば……」とリビングを出て行き、大量の本を持って戻って来ました。

「……何ですか、これは?」

 私の前のテーブルには百合の花を咲かせそうな本がたくさん積まれていました。

「見ての通りよ。これを読めば私達の生活もより愁いを帯びたものになるわ」

「私は妄想力をつけたいわけじゃないです。何だと思ったんですか?」

 私は非難の眼差しを向けますが、そんなものは気にも留めずセカイさんはニコニコと楽しそうな笑顔で私を見つめます。

「何って、もちろんこういう事を……」

 セカイさんは両手を広げ、唇を突き出し私に迫って来ます。

「えいっ!」

「うばばばばばばばばばばばば……」

 私はセカイさんの唇の前に電気を帯びた小さなオーブを発生させ、それを防ぎました。

「……突然何をするの。トワ」

「それはこっちのセリフです。だいたい、それのどこが魔法の参考になるんですか?」

 単なるセカイさんの邪な願望じゃないですか。

「だからね、こんな風に素敵な気分になれる薬を作ってお店に置くの。みんな幸せになれるわ。きっと売れるから」

「このお店はアダルトショップじゃありません!」

 それに主なお客さんはセカイさんになってしまうじゃないですか。

「あら? トワったら、そんなアダルトな事を想像してたの?」

「え? そ、それは……」

 私の顔の温度がどんどん上昇していくのを感じます。そんな私をセカイさんがニヤニヤといやらしい笑みで見ています。

「んふ~~。何を想像したのかしら~。ぜひ、お姉さんに聞かせてほしいわあ~~」

「う……うるさいです!」

「んばばばばばばばばばばばばばばば……」

 セカイさんにはもう一回痺れてもらいました。



 一週間程経った、お店が定休日のある日。私はセカイさんを私達が元々住んでいた世界に連れて来ました。ここは相変わらず荒れ果てたままです。

「こんな所に来て、どうしたのトワ?」

「ここにいる化けトカゲへの対抗手段を考えてきたのでセカイさんにも見てもらおうと思いまして」

 私の手にポンッと一枚のDVD-Rが現れます。

「なに? それ……」

「この中にその手段のデータが入っています。魔法でそれを起動させます」

「……魔法をデジタルで記録するなんて現代っ子ね。トワ」

 一瞬呆れたような表情を見せたセカイさんですが、すぐにその目に強い光が戻ります。何か良い事でも思いついたのでしょうか。

「と、いう事は、この間のトワの人形もデータ化すれば大量に出来るという事なのかしら? ぜひ私に百枚程コピーをして……」

「あれは一体きりでしか考えてなかったので、そういうデータはありません」

「そんなあ~~」

 ガックリと肩を落とすセカイさん。私はその様子に気付かないフリをして、持っているディスクを起動しました。

 起動といってもパソコンなどを使うわけでもなく、もちろん魔法を使います。

 手の上に乗せたディスクに魔力を込めると、ディスクは宙に浮き、光を放ち、回り始めます。そして、その光と共にディスクが弾けるとそれは目の前に現れました。

「…………わた、し?」

 呆然と立ち尽くすセカイさんと私の目の前には、身長二十メートル程のセカイさんと同じ背格好の人型がいます。

「前回は私の姿で作ったので今回はセカイさんで作ってみました」

「……………………」

 セカイさんは絶句しています。セカイさんには申し訳ないのですが、具体的なモデルがいた方が人型も作りやすいのです。

「……まさか、この大きな私は口から強力なビームでも出したりするのかしら?」

「いえ、しません」

 テレビでそんな場面も見ましたが、体内に常にあの熱量を蓄えておくのは無理だと思いましたし、それにこの巨体を保つのに精一杯でした。

「何か少しホッとしたような……でも、それじゃこれでどうするの?」

「それはですね……」

 私が説明をしようとしたその時、丁度都合良く地面の下から巨大トカゲが飛び出して来ました。

 ────ガシッ!!

 巨大なセカイさんはトカゲを両手でキャッチすると、そのまま串焼きの魚を食べるように貪り食い始めました。想像していたものより壮絶で、見るに耐えない状況になっています。

「………………あの後、巨大な人造人間が出るアニメとか見た?」

「? いえ、以前セカイさんが食べたいとか言ってましたので……それに巨体を維持するためにもこれが最良かと思ったんですが……」

「私、トカゲを食べたいわけじゃないのよ……」

 セカイさんはげっそりとした表情になってしまいました。流石に私の想像力の無さでセカイさんの気分を害してしまったのなら罪悪感が残ります。せめて何かフォローをしなくては。

「セ、セカイさん。アレは姿を借りただけのもので何の知性も持ってません。条件反射だけで動いているものなので気にする事は……」

 その間にも巨大なセカイさんは、地中から飛び出してきたり潜っていたりするトカゲを捕まえては貪り食って、ずんずんと前進して行きます。手には血が付き足元にはトカゲの骨が転がっています。まさに野獣のようです。

「トワ……何か私、涙が出てきたんだけど…………」

「……ごめんなさい」

 今度何かお詫びをしますから。


 巨大なセカイさんですが、蚊取りオーブと同じく一週間程で消滅します。なので実際どれだけトカゲ退治に効果があったかわかりません。

 そもそも、確かめに行く気にもなれなかったので……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る