第10話

事件解決してから四時間が経過した。

僕たちは東京に帰る時間となった。

新幹線に乗って、途中で電車に乗り換えて、歩いて、僕らの家に帰ってきた。

「「「ただいま」」」

家に向かって言い放つ。

「いやー、終わったね」

「漬け物、おいしい」

「やっと、落ち着いて過ごせる」

「お迎え、ありがとうな」

僕は玄関に走ってきた、チップ、シャッチ、リーク、珍しくチークも出迎えてくれたんだが‥‥‥。

「どちら様!?」

僕は驚きの声を上げる。

チークの後ろに付いてきた子猫たち。見覚えのない子猫たちだ。

「そう言えば‥‥‥」

地域清掃の準備をしているときに子供ができたって言っていたな。

「ただいま、みんな」

僕はチップを抱き上げると、シャッチは頭の上に乗る。

リークは唱抱き上げられた。

リビングに入るといつもと違う景色が広がっていた。

誰もいない、何もないリビングが広がっている。

「どう言うことだ?」

理解できなくて混乱する。

僕の部屋も詩織の部屋も唱も坂本も仁先輩、志穂先輩、拓斗先輩、父さんの部屋、

ペット&会議室も何もかも、もぬけの殻だった。

「どう言うことか、教えてくれ」

チップに話しかける。

『もう引っ越ししたんだよ。荷物も全部新しい家に運ばれたよ』

「ありがと。ちなみに場所は分かるか?」

『覚えてるよ!』

シャッチが言った。

僕たちは新しい家に向かった。

新しい家は、前の家より駅側にあるようだ。

『そこを右に曲がって』

シャッチとチップの案内を頼って新しい家に向かっていく。

数分後‥‥‥

「でかいな‥‥‥」

家を見て最初に出てきた言葉がそれだった。

本当に三階建ての一五LDKを建てたようだ。

表札には吉田の文字はなかった。

【岸川国際芸術大学付属高等学校 特別寮】

と書かれていた。

本当に大学ができたようだ。

僕たちは玄関の扉を開ける。

「あら、お帰りなさい」

母さんが出迎えてくれた。

「あら、お帰りなさい、じゃないよ。予定は夏休みだったじゃないのか?」

「それが、予定より早く完成したからもう、こっちに住むことにしたの。それに早めにした方が春樹も都合がいいかと思って」

確かにできるだけ早い方が良い。さっそく新谷さんに連絡をした。

「あ、もしもし、吉田です。お久しぶりです。家が出来たので引っ越しの準備をしてください」

「はーい、ありがとうね」

僕は確かに電話で新谷さんと会話をしているはず。

なのに僕の背後からも新谷さんの声がしたのは気のせいだろうか。

振り返ると

「もう、来てるよ」

階段に座ってスマホを持っていた。

「久しぶりです。試験勉強は順調ですか?」

「順調かな。お母さんの授業がわかりやすくて、逆に不安かな」

苦笑いをする新谷さん。大会とはだいぶイメージが変わっている。

「とりあえず、自分の部屋を見に行かないと」

そう言いながら二階へ上る。

「左側の奥から坂本君、仁君、拓斗君で、右は奥から転校生ちゃん、志穂ちゃん、陽那花ちゃん、京子先生ね。で、この前の部屋がペット&会議室ね。続いて三階に行きまして」

僕らは三階に上る。

「三階の左から空き、お父さん、空き、右側に唱ちゃん、詩織ちゃん、春樹くん、私だから」

「わかりました。ありがとうございます」

そう言って自分の部屋に行く。部屋の中に入ると、二、三m細い道になっている。奥に進むと広くなった。そこにベット、本棚、机などが綺麗に置かれていた。

窓が二つあり、外の空気が入るようになっている。

俺はとりあえず自分の荷物を片付ける。

出入り口が細いのはその壁の奥にはクローゼットになっているからだった。クローゼットを開けるとそのにたいりょうにつみこまれている本や、自分の服が入った衣装ケースが積まれたりなど綺麗に収納されていた。僕は片付けを済ませると、家の中を散歩するように歩き回った。三階には七つの個室以外に、大部屋が一つ、そしてベランダ?屋上のような感じに外の空気に触れられるくうかんがあった。ここで何か飼うのもいいな。日差しもちょうどいい具合にさしてくるだろうし、日光浴が必要な生き物なんかいいだろうな。

二階に降りる。二階は七つの部屋以外に大きな部屋が一つ。中に入ってみると、俺が飼っている魚たちや爬虫類のトカゲがいた。

だから、この部屋は二重扉になっていたのか。

次は一階。一階にはリビング、ダイニング、キッチン、脱衣所とお風呂が二つ。男女に別れたのだろう。色々あったし‥‥‥。

それ以外にも大きな部屋があった。

お風呂側に大きなホワイトボードがあった。そのボードの前には長机や椅子が並ぶのだろう。今は隅に片付けられている。

そして、哺乳類のペットたちの場所でもあるようだ。

この部屋の窓から直接庭に出ることができる。

庭に行くと、まだ何もない畑に、鳥小屋や、芝生などもあった。

本当にさらに広くなったな。まぁ、人数も増えるみたいだし別にいいのだが、

俺は少し気になったことがある。

この建物は学校の寮として扱われている。つまりこの家は学校から、税金から造られただろう。

つまり母さんが払ったお金は四割程度なのが想像付く。

さらに母さんは何かの部長になったそうだ。詳しくは教えてもらってないが。

それにしても広い家だ。家には新築の匂いが漂う。

「たっだいいまー!」

志穂先輩の声が響いた。

「お帰りなさい、先輩。どうでした修学旅行」

「ああ、それはそれはすごいものを見たよ」

仁先輩はすごく嬉しそうだった。

「へぇー」

一体何を見たのだろう。

先輩たちには僕たちが京都にいたことは黙っておく。

「ああ、すごかったぞ」

拓斗先輩も言った。

「本当にすごかったね」

木村先輩もいた。

「そういえば、総体はどうなったんですか?」

「岸高が優勝して終わったわ」

さすが岸高のソフトボール部だ。ソフトボール部の成績はここ数年のいい成績を収めている。

「それより、今日の晩御飯はなんだ?」

「今日は母さんの料理で僕もまだ知らないんんです」

「お母さんの料理か。それは楽しみだ」

仁先輩はお腹を撫でながら家に入っていった。

僕は先輩たちの部屋を案内した。

先輩たちは片付けと着替えたらすぐに一階に降りると言われた。

僕は一階に降りて母さんの手伝いをした。

しばらくすると先輩たちが降りてきた。

先輩たちの手には中に箱のようなものが沢山入ったビニール袋をぶら下げていた。

「あれ、春樹だけか?」

「今から呼んできます」

二階に上って、坂本を呼び、三階に行って唱、詩織、新谷さん、父さんを呼んだ。そして一階に。

誰かを呼ぶのにこんなに苦労するとは。

「わざわざ呼びに行かなくてもよかったのに」

母さんは僕のそう言ったが、僕は何のことなのかさっぱりわからなかった。

「メールでやればよかったんだよ」

仁先輩が呆れて言った。

そうだった・・・・・・。

それに智菜に頼めば一瞬で終わる話だ。

「それではお土産を配ります!」

志穂先輩がテンション高く言った。大きなテーブルには沢山のお土産が入ったビニール袋が置かれた。

「それではまず、お父さんお母さんのお土産。二人のお土産はジャン!」

志穂先輩は箱に紙が包装されたものを取り出す。

「愛のカップケーキだよ!」

ハート型のカップケーキだった。

真面目なものを選んでいてホッとする。

「俺からは、このペアのキーホルダー」

と仁先輩は鹿のキーホルダーを渡す。

ツノが生えた鹿が父さんで、ツノがないのを母さんに渡した。

そして驚くのが、その二つのキーホルダーは磁石でくっつくようになっている。

「俺からは、Tシャツ」

拓斗先輩が渡したTシャツ、父さんは『I ♡ 妻!』。

逆に母さんの方は『I ♡ 夫!』、と書かれていた。

珍しく拓斗先輩が一番ふざけている。

「私からは、八つ橋」

と二人に八つ橋が入った箱を渡す。

「みんな、ありがとね」

母さんは微笑みながら言った。

「そして、四人で選んだ物があって」

仁先輩が言った。

「これ」

先輩が渡したのは二枚のタオルだった。

「おかちゃんとお揃いです」

タオルには『京都‼︎八つ橋‼︎』と上の方に大きく書かれていた。

京都土産であるのは間違いない。その上、母さんにプレッシャーがかからないように、ものを選んだようだ。さすが先輩たち。

「みんな、本当にありがとね」

先輩たちに言った母さん。

「まあ、これで三回目だから、もう慣れてしまって、プレッシャーとかあまりないのよ。常に気をつけていれば、なにも心配いらないし」

余計な一言を言う母さん。

先輩たちが悩んで買ったお土産を容易く価値を下げてしまった。

「まあ、次は春樹たちな。まずお菓子と、キーホルダー、タオル、Tシャツだな」

とホイホイと渡されていく。

「春樹後輩はおまけな」

と渡されたのは‥‥‥サインだった。

これは、僕が新刊を出すたび、その日のうちに買ってしまうほどの神作を生み出す小説家。僕が大好きな小説家のサインだった。

「ちょうど、サイン会開いているのを見つけてな。春樹後輩がこの前、この人の話をしていたから、もらってきたんだよ」

「ありがとうございます」

サインを丁寧に貰う。そして即座に自分の部屋に行き、埃が被らないようにケースに入れる。

傷がつかないように丁寧にして、壁に飾った。

そして、また一階に降りる。

「お土産ありがとうございます」

先輩たちに感謝を伝える。

「あ、まだあるんだよ」

と先輩がポケットからスマホを取り出して何回が画面をタップする。

「ほい」

仁先輩がスマホを僕に渡してきた。

それを受け取って、見てみる。

「––––ッ⁉︎」

あまりにも衝撃的すぎて声にならなかった。

「どうしたの」

詩織が覗いてくる。

「え?」

詩織も驚く。

唱は気になったようで詩織と同じようにスマホを覗く。

「あ‥‥‥」

微妙に声を漏らす唱。沈黙がしばらく流れる。

「坂本は見ないのか?」

坂本がなかなか覗いてこないので本人に尋ねる。

「興味がない」

本当に興味がなさそうにiPadを触る坂本。

「いや、見た方がいいかもしれないぞ」

坂本は僕を見てはため息をついて、iPadを机に裏返して置く。

そして仁先輩のスマホを見る。

「な⁉︎」

坂本はスマホを見るなり、すぐに僕の手から人先輩のスマホを取る。

坂本は一人でそのスマホを見る。

そして、スマホを操作し始める。

ちなみにスマホに表示されていたのは写真だった。

その写真を消去したのだろう。

「あ、バックアップしてるから意味ないぞ」

坂本はスマホを操作する指を止めた。

「いや〜、まさか俺たちで単独行動してたら、すごいものを見ちゃったな。な、拓斗」

「ああ、多少不思議ではあったが、何となく察しがついたわ」

「さあ!後輩君!白状しろ!」

その写真がどんな物であったかとお言うと‥‥‥説明したくない。

「まあ、色々ありました」

「ああ、もう知ってるから、気にせず全部吐け」

仁先輩、激おこです。すごく怒っている。

仁先輩はニコニコと僕らを見る。いや睨みつける。

「ちょっと返してくれ」

と坂本からスマホを返してもらっては操作をして、スマホを自分の顔を高さまで上げて、仁先輩は朗読を始めた。

「えっと、京都でテロ⁉︎事件は未遂で解決。被害者ゼロ。テロは大規模な物だと予告された。だが、事件は機密に捜査された。テロが予告されるとき、同時に修学旅行生が狙いだと気が付き、さらに予告に書かれてあった「リバス」。それは事件のヒントであった。ローマ字に変換し、アルファベットのuとaを消すと「Ribs」、肋骨となり、犯人逮捕、事件解決に導いた。たった一枚の予告から事件解決に導いたのは東京、岸川国際芸術大学附属高等学校、修正部二年生。吉田春樹。地元でも有名な高校生。感情がなく、名推理をすることから「無感情推理」と呼ばれている。今回の被害者になる修学旅行の団体の中には彼の高校も含まれていた。彼以外の一、二年生の修正部は先輩たちを助けたい、テロを防ぐため、その思いで事件解決に導いた。

警察は「彼らがいなければ、今頃たくさんの死者が出ていただろう」と彼からを高く評価していた」

仁先輩の朗読は終わった。

僕は今、冷や汗を掻いている。理由はわからない。

「ただいまってどう言う状況ですか?」

運悪く帰ってきた先生。

だが、仁先輩は気にしないで話を続けた。

「これはどう言う状況だ?」

仁先輩は少し怒りながら言った。

「事件が解決して、時間に余裕があったので少し自由に京都を周りました」

「ほぅ、京都で両手に花ですか」

「「違います」」

詩織と声が重なる。

「春樹後輩、嘘を付いてはダメだぞ」

仁先輩が微笑みながら言う。

目が笑っていない‥‥‥。

「詩織や唱に連れ回されました」

「そうか。で、太助後輩は?」

「俺も、連れ回されただけだ」

坂本も少し冷静さを失いながら言った。

「お前ら、殺してやろうか!なに花を持って、イチャイチャしてるんだよ。おまけに京都で一躍有名。京都で色々なお姉さんとやり放題じゃないか!」

本音だだ漏れだ。

やっぱり仁先輩のことだから、そう言うことだろうとは思ったけど、本当に考えがすごい。

僕は全くそんなことを思いつかない。

「それに、太助後輩。これは誰だ?」

「選抜大会の京都代表、谷口京也さんの妹。俺らと同じ歳だそうだ」

坂本は簡単に説明するが、

「なにサラッと、他人事みたいに言っているんだ。まじで羨ましいぞお前ら。なに京都で運命感じているんだよ」

「いや、感じたの坂本だけですからね」

慌てて訂正をする。

「おい、変なことを言うな」

坂本は慌てて僕に言う。

だが、もう言ってしまった。

「でも、お前らが無事でよかったよ」

仁先輩が僕ら言った。

「結局、俺らが出る幕なかったな」

拓斗先輩が言った途端、僕はその言葉に疑問を感じた。

「出る幕ってどう言うことですか?」

先輩に聞いた。もちろん優しい顔で微笑みながら。

「お、落ち着け。目が笑ってないぞ。さっきのは、その、えっと、そ、そう。俺たちも事件に加わりたかったなぁって意味なんだよ」

「嘘はいけないですよ、拓斗先輩」

先輩を追い詰めた。

「バレたら仕方がない。確かに俺たちは事件のことを知っていた。お母さんに依頼されてな。春樹たちが大事件にかかわるから、何かあったら助けてあげてってな」

「母さん!事件の事話したの?」

「話してないわよ。ただ、春樹たちの身に何かあったら助けてくださいって依頼したのよ」

なるほど、確かにそれなら事件の事を話したことにならない。

まあ、母さんのやったことだから仕方がない。

「吉田君」

さっき帰ってきた先生が僕を呼ぶ」

「後で説教があるから」

先生、そこは「話があるから」と言うべきなのでは?

そう言った先生は足を出入口にぶつけた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

すごい声が家に響く。

「大丈夫ですか?」

先生の様子を見る。

「大丈夫そうですね」

先生の手を差し伸ばし、先生を立たせる。

「あれ?先生いい匂いがしますね。シャンプー変えました?」

「え、ええ最近変えたわ」

「やっぱり、先生可愛いですよ」

先生を褒めまくった。

「えへへ、そんなこと言ってもなにも出ないよ。でも話はもういいわ」

ちょろい。

この場にいた、先生以外がそう思った。

晩御飯を済ませ、風呂に入った後、各自部屋の掃除をする。

僕はもう掃除は終わっているので、ペットたちと戯れていた。

「それにしても広いな」

道場一個分、いや一・五個分はあるだろうな。風呂の隣の部屋で僕は呆然とする。

膝の上でチップ、シャッチ、チーク、リークがのんびりすごしていた。

他のペットたちも僕のそばでのんびりしていた。もちろん、チークの子供もいる。チークは、よくも子供の前で僕に甘えていられるよ。

僕はこの部屋の窓前に座っている。窓を開けているので涼しい風が時折吹くのだが、僕はそれを待っていた。

頬を撫でるような冷たい風が吹く。

ペットたちもみんなこの風を感じていた。

「春樹」

背後から僕を呼ぶ声がした。

顔だけ振り返ると、そこには唱がいた。

「どうした?」

唱は僕の隣に座った。

「今日、何の日かわかる?」

「テロ事件解決の日」

特になにもない平日なので僕は適当に答える。

「違うわ」

「知ってるよ」

だらけながら言った。

「私は真剣よ」

「で、何の日なんだ?」

色々とめんどくさくなって答えを聞く。

「今日、何月何曜日?」

「認知症にでもなったのか?今日は六月二四日」

「何時?」

「一一時」

「何分?」

「五八分」

唱の質問を答えていく。

時計を見ると長い針が動く。

「今五九分」

唱に言う。

もうすぐ日付が変わる。

本当に一日ってすごく短い。

「明日は何曜日?」

「二五日」

「その日は何がある?」

「何もない。ただの休日だ」

僕は夜空に浮かぶ月を見ていた。月の明かりでほしがみえないくらい明るい月を。

「春樹」

また呼ばれる。さっきから僕に質問ばかり、いい加減答えを教えて欲しいものだ。

「今度はなん––––

僕の頬には撫でるような冷たい風ではなく、柔らかいものが当たった。

何だろうか。この気持ちは。

今まで感じてきた事のないこの感じ。

心臓がドキッて跳ねてから、ずっと鼓動が早い。

僕だけが時間が止まったような感じが走る。

なにがどうなっているのか。現状が全く理解できなかった。


         ************

部屋の掃除がやっと終わった‥‥‥と思う。

一様自分なりに綺麗にした。

事件が解決して京都で自由に過ごした。

家に帰ってきたら、家が新しい家に変わっていた。前の家よりさらに大きくなった。部屋も前の部屋より、物を置いても余裕がある。

風呂も男女に分かれていてさらに大きい。

そんなことよりも私には大切なことがある。

春樹の部屋に行くと春樹はいなかった。

春樹は一階のお風呂の隣の大きな部屋にいた。

彼の名前を呼ぶ。

「春樹」

何だか変な意識をしてしまって緊張する。

彼は顔だけ振り向いた。膝の上にはペットたちがのんびりしていた。

「どうした?」

「今日、何の日かわかる?」

「テロ事件解決の日」

適当に答える彼。本当に今日は疲れたみたいで今は頭がゆっくり動いているようだ。

聞き方を間違えた。今日はなにもない日だった。

「今日、何月何日?」

私は緊張してきた。

陽那花に相談するのを間違ったかもしれない。

かと言って真面目に相談できる相手は陽那花しかいないから仕方がない。

そんなことを思いながら彼に質問していく。

鈍感な彼は全く何の日なのかわからないようだ。

本当に陽那花に言わあれた通りにやればいいのか、不安になる。

彼の時計の秒数が0になったとき、私は覚悟を決めて彼を呼ぶ。

「今度はなん––––」

彼が最後まで言う事はなかった。

時が止まったような感じに襲われる。ただ、鼓動が速い。

彼に伝わってしまいそうなくらい、鼓動がうるさい。

初めて感じたこの感情。それは恋だった。

なにもなかった私に、失ってしまった私に彼は恋を教えてくれた。

彼は何も言わなかった。

突然のことで驚いているのだろう。

私は今、彼にこの思いを行動で示した。

私の初めての––––。

そして、今日は‥‥‥六月二五日。


                      春樹の誕生日だ。


         ************

時刻は一一時五〇分を過ぎていた。

俺はキーボードを叩くのをやめて、データーを保存する。

そして、引き出しから紙袋を一つ取り出す。

春樹に用事があるので三階に上る。部屋をノックするが返事がなかった。

確認のため一様、部屋のドアを開ける。

部屋の中には誰も居なかった。

ここに居ないってことは一階か。

「面倒くさい」

文句を言いながら階段を降りる。

ペットの部屋に向かったのだが、出入り口で人が溜まっている。

何があるんだ?

「何しているんですか?」

先輩たちに声をかける。

「しー!見たらわかる」

仁先輩が人差し指を立てて言った。

部屋の中を覗いて見ると、中には窓を開けその窓の前に座っている春樹と清水がいた。

何となく察しは付くが、あの清水が行動に出るとは思えない。

俺は時計を見る。

0時になった。

俺は部屋の中に目を戻す。

ッ⁉︎

俺は驚いた。清水と春樹の距離は0cm。

まさかあの清水が行動に出るとは、思いもしなかった。

この後に、これを渡すのはやめよう。気が重い。

紙袋の中を見る。

春樹に渡すはずのキーボードが新品のまま箱の中で眠っている。

これが開くのは後数時間かかりそうだ。

俺は先輩たちに目をやる。

清水の行動を嬉しそうに見る先輩たち。

だが、一人。別の感情を抱いている者が。

まぁ、悩むのも青春の一つだ。

気配を消すように先輩たちから離れていく。

それは俺ではなく、もう一人、春樹のことが好きな者。詩織だった。

詩織は気が付いていなかった。

悲しそうに、悔しそうに、だが、少しの嬉しさが隠れている事に。

それさえも気がつかない事に

その嬉しさは、決意へと変わっていた事に。

何かが動き、変わり始めたこの日。

その日とは、六月二五日。


                ‥‥‥春樹の誕生日だ。


          ************

僕の頬に唱の柔らかい唇が当たっている。

それを理解したのは唱が僕から離れたとき。

僕はまだ残っている柔らかい感触。さっき唱の唇があったところを無意識のうちに撫でていた。

「え?」

驚きのあまりに声が漏れる。

「誕生日、おめでとう」

唱はそう言った。

「あり‥‥‥がとう」

何とか返事をした。

誕生日の事をすっかり忘れていた。

でも、何でキスなんだ?

「春樹」

「どうした?」

唱に呼ばれ唱を見る。するとさっきの出来事を思い出してしまって、目を逸らしてしまいそうになった。

「責任、とって」

「何の?」

「子供ができたわ」

「それ、僕の子供じゃないよね」

思わずツッコミを入れてしまう。

「キスをすればできるんじゃないの?」

どこの知識だ、と言いたくなったが我慢をして、冷静になる。

「出来ません。むしろキスで出来てしまったら逆に疑うぞ」

「なら、どうやったらできるの?」

「説明させるな。自分で調べてくれ」

とんでもない事を聞き始めた唱。それでも僕は冷静でいられた。 

「分かったわ。でも、責任はとって」

「何で」

「私の初めてを奪ったんだから」

「奪ってない!それと誤解されるような言い方をするな」

冷静さはここで途切れてしまった。

「でも事実よ」

「なら、もっと正確に誤解がないように言ってくれ」

「日本語は難しいわ」

「唱は日本人じゃなかったのか?」

今思うと、僕たちは何の言い合いをしている。

「日本人よ」

「なら、日本語が難しいとか言わないでくれ」

もう、訳が分からなくなってき始めた。

0時を超えているせいだろう。

「春樹」

「何だ」

「誕生日、おめでとう」

「ありがとう」

「これ」

と唱が箱を渡してきた。

「プレゼント」

「……ありがとう」

僕は受け取った。

だがよくよく考えてみると、あの常識がない唱からだ。あまり期待はしない方が良さそうだ。

「開けていい」

「うん」

包装されリボンが結ばれた箱。リボンの紐をほどく。

すると細長の箱が出てきて、開けてみる。

「これは」

箱から出てきたのは包丁だった。

しかもその辺に売っているような物ではなく、高価で使いやすい上等な包丁だ。

その証拠に包丁には『Y.Haruki』と筆記体で書かれてあった。

「世界に一本しかない包丁」

唱が呟くように言う。

そういう大事なのははっきり言ってくれ、と言える雰囲気ではなかった。

でも‥‥‥

「ありがとう。大事にするよ」

「うん。期待してるわ」

本音は僕がもっと美味しい料理を作ってくれと言う事だろう。

だが、本当に嬉しい。切れ味が良さそうな青黒っぽい色、紺とはまた違うダークな感じな色の包丁を上に掲げる。

薄く僕の目が反射している。

この夜空に同化してしまいそうな綺麗な色。

明日からの料理が楽しみで仕方がないです。

「本当にありがとう。嬉しい」

「そう、よかったわ」

「お礼をしないとな」

僕はそう言いながら包丁を箱の中に大事にしまう。

「キスがいい」

「‥‥‥」

沈黙が流れる。

「ごめん、もう一回。なんて言った?」

「キスがいいって言った」

「そうか、それは出来ないな。他にして欲しいことは?」

「キスがいい」

何度言っても唱は、僕からのキスを求めてくる。

「他じゃ、ダメか?」

「なら」

唱はしばらく考え込んで何かを閃いたような顔をする。

「キスの続きがいいわ」

「もっとダメだわ!」

思わずツッコミを入れてしまう。

「あ、そういや」

僕はある事をを思い出した。

「もうすぐ、集いがあるから。準備はしておいてくれ」

親戚の集まりがもうすぐあるのだ。

戸籍上、唱も参加しなければならない。と言っても唱と先生はもともと親戚のうちに入っているので、参加は決まっている。

「詳しいことはまだ分からないが、多分、再来週の土日だと思う」

「分かったわ。それより続きは?」

「しないよ!」

まだその話をしているのか、と唱に言った。

「というか。!‥‥‥何でもない」

子供のでき方を知っているじゃないか。と言いたかったのだがそんな事を言えるわけがない。

危うく女子に変態にされるところだった。

「もう遅いから寝たら」

「今日は春樹と寝るわ」

とんでもない事を言い出す唱。

「身の危険を感じるから自分の部屋で寝てください」

「春樹が私の部屋に来てくれるのね」

「誰がそんなことを言った?」

それから五分程度、唱と話していた。

唱は寝落ちしてしまった。

僕がため息を一つ。

唱を抱き上げて三階に上がって、唱をベットの上で寝かせた。

僕は薄めの自分の身長くらいの布団を自分の部屋から持ち出して、一階に降りる。さっきまで唱といた部屋に戻る。窓は閉めて、ペットたちに囲まれながら僕も眠りについた。

六月二五日。この日は僕の‥‥‥誕生日だ。


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