第8話

やばい。ものすごくやばい。

急いで支度しながら脳内で呟く。

「やばい、やばい、やばいやばい」

いつの間にか言葉として漏れていた。

「後輩君!私たちそろそろ行くよ!」

詩穂先輩の声が聞こえ、玄関に向かった。

スーツケースや、大きな荷物を持った先輩たち。

「じゃあ、行ってくるぞ!」

と敬礼をした詩穂先輩。

「行ってらっしゃい。気を付けてください」

「気を付けてくださいね」(詩織)

「お土産、楽しみ」(唱)

「行ってらっしゃい」(坂本)

「行ってらっしゃい」(母さん)

「京都で暴れてこい!」(父さん)

「変な事、しちゃだめですよ」(先生)

先輩たちは手を振って家を出て行った。

気を付けるのは僕らの方なのだが‥‥‥。

急いで支度をしようと自室に戻る。

数分後‥‥‥。

「吉田君、まだですか?」

と部屋をノックしてきたのは先生だった。

「京子、今日はみんな、学校を休ませるわ。どうせ、今も疲れて寝ているだろうしね」

「そうですか。分かりました。じゃッ、私は行ってきます」

「はい、頑張ってください」

先生は部屋の前から玄関へ向かって行った。

階段を下りる音、

「行ってきます」

先生が家に向かって行った声。玄関が開く音。玄関が閉まる音。

ため息を一つ。

ホットして支度を済ませる。

「これで良し」

そう言って、立ち上がる。

カバンには、着替え、風呂の用意、歯磨きセット、ノートパソコン、筆記具、財布、一様、木刀を木刀袋に入れる。

そして、最終確認をした後、部屋を出た。

「「「「——あ」」」」

声が重なる。

丁度他の三人も準備ができたようだ。

「木刀、やっぱり持っていくんだ」

詩織に言われた。

「そう言う、詩織も木刀持っているじゃないか」

詩織に言い返した。

どうやら、唱も坂本も木刀を持っていくようだ。

ただ‥‥‥

「唱、荷物多くないか?」

カバンをパンパンに膨らました詩織のカバンを見て言った。

「お父さんに、いっぱい持たされた」

「何を?」

「ルービットキューブ」

「なんで?」

「役立つだろうって」

「そうか」

あのバカ親には、もう諦めるしかない。

どうせ、僕のために用意したんだろうし‥‥‥。

無言で階段を下りる。

靴を履いて家の中を見渡す。視界には母さんと父さんが入っていた。

「じゃあ、行ってくる」

「いい?絶対帰って来なさい。この約束だけは守って」

「分かっている。無傷で被害者ゼロで帰ってくるよ」

「無理はし――

「母さん」

母さんは黙る。沈黙が数秒、風のように流れる。

「信じていて」

母さんは、ぎゅっと口を結んでいた。

「行ってくる」

母さんのぎゅっと結んだ口から

「行ってらっしゃい」

僕たちは玄関を開けると同時に

「「「「行ってきます!」」」」

玄関の扉は閉まり、母さんたちの姿は見えなくなった。

僕たちは、その後木村刑事と敬香さんと一緒に電車で新幹線の駅まで向かった。

新幹線のチケットは木村刑事があらかじめ用意していてくれた。

新幹線からは木村刑事の部下が数人加わった。

「暇‥‥‥」

新幹線に乗り始めて一〇分。唱が突然言葉を零す。

「ルービックキューブをやっておけばいいだろ」

坂本が言う。坂本は智菜のバージョンアップをしていて忙しそうだった。

僕は木村刑事から貰ったデーターを見て、脳内で整理していた。

「そうね」

唱はカバンからルービットキューブを取り出す。

ルービットキューブをパンパンに詰めた巾着袋を取り出した。

「何個持たせているんだよ‥‥‥」

父さんの事だから唱に「好きなだけ持っていけ!」と行ったんだろうな。

そして唱はどれがいいのか分からず結局すべて持って来た。そういう事だろう。

「お兄ちゃんって、こういうの得意だよね」

「まあな。坂本も得意だろ?」

「ああ、速いくて三×三で二秒だ」

「はや!」

詩織は驚く。確かに坂本は情報処理速度が速い。一目見たら順番が浮かび上がるだろう。

「僕も久しぶりにやってみるか‥‥‥」

そう言って、ノートパソコンを閉じてカバンにしまった。

三×三のルービットキューブを取り、どこに何色があるか確認をする。

確認後、大きく息を吸って止める。ルービットキューブを動かす。縦横、高速に動かすとルービットキューブの色はすべてそろった。

「お兄ちゃん、速くない?」

「そうか?敬香さんの超速移動見たく、指と手首、腕を意識して動かすと、案外簡単だよ」

そう言って、ルービットキューブをシャフルする。

そして、巾着袋に戻して別のルービットキューブを取る。

今度は五×五のルービットキューブを手にする。

さすがに五×五もあると少し苦労する。

かかった時間は九秒。まあ、昔の世界記録を更新しているだろうが、今は時代が違うせいで今の世界記録はもっと速いだろう。

「春樹、凄い」

「コツを掴めば簡単だよ」

「そう、ならこれをやって」

と渡されたのは何マスあるのか分からないルービットキューブを渡された。軽く三〇はあるだろう。マスがとても小さい。

「ま、また今度な」

逃げた。

あんなものやってしまうと一時間は時間を使ってしまう。

新幹線はあと三〇分程度で着くだろうから、そんな時間をしている場合ではない。

さっきしまったパソコンをもう一度取り出して、データーを整理する。そして、整理したデーターを智菜に頼みみんなのスマホに共有した。さらに智菜から得られる情報も追加してもらった。

結果、事件の進行状況は全く変わらなかった。

やはり現地じゃないと分からない事が多い。

ふと窓から見える景色に目をやる。

移動速度が速すぎて遠くの景色しか見えない。

時速四〇〇kmはあるじゃないだろうか、何てどうでもいいことを考えた。

「そろそろつくから、降りる準備をしてね」

敬香さんに言われ、パソコンをカバンにしまい、すぐに新幹線から降りれるように準備をした。

数分後、無事に京都に着いた僕たちは、先に宿泊先に向かい荷物をまとめる。必要なものだけを持ち、木村刑事について行き、京都府警で実績がある人たちが集まる場へ向かう。

他の県警の人たちも来るそうだ。

僕たちが案内されたのは大きな高層ビル。面積もすごいが高さも尋常じゃない。

「あれ?木村じゃないか!」

と声を掛けてきたのは

「久しぶりだな。塚本」

塚本誠二刑事。京都府警所属、木村刑事の同僚ですごく実績のある人だそうだ。少しの間、木村刑事と組むほどだそうだ。

そう考えると、木村刑事がよっぽどすごい人なのが分かる。

本当に僕の周りにはこんなにすごい人達が集まるのだろうか‥‥‥。

「そして、彼らが私が今回の事件を解決するだろう高校生だ」

「へぇ~、木村さんがそこまで言うのなら、期待しなければ」

余計なプレッシャーをかけてくる木村刑事。

「ところで、君たちはなんでそれを持っているのかな?」

と塚本刑事が指したのは僕たちみんなが持っている木刀が入った木刀袋だった。

「一様、もしもの時のためです」

「必要なのか?」

まだ疑問を持つ塚本刑事。

僕は木刀袋から木刀を取り出し、塚本さんに見せる。

「よくできている木刀だな。名前も彫られている‥‥‥」

しばらく沈黙が流れた。

「名前が彫られてる⁉しかも金⁉」

金色で彫られた僕の名前をみて驚く塚本さん。

「君は選抜大会で優勝したのか?」

「はい、一昨日の大会で優勝しましたよ、僕が」

「それは凄い。今年のはまだ見れていないんだが、優勝者の本人たちに会えるとは、だからこの事件の助っ人なんですね」

塚本刑事は木村刑事に言った。

「いや、助っ人どころが解決するだろうな。特に彼らは何件も事件を解決して来ている」

「それは凄い」

「問題児だがな」

木村刑事が付け足して言う。

「それは見ればわかります」

ぐさ、ぐさ。何かが突き刺さる音が聞こえた。

詩織と坂本からだった。

「見ればわかるって失礼じゃないか?」

坂本が抗議をする。

「でも、君たちは学校を休み、大事件に関わっている。問題児以外どう表現をすればいい?」

正論中の正論で坂本は何も言えなかった。

「とりあえず、近況報告を頼む」

「分かりました」

木村刑事が塚本刑事に言って僕たちはビルをエレベーターで昇っていく。エレベーターからは京都の街並みが見える。

今でも残る古い建物。

本当に京都は素晴らしい。歴史のある町は今も伝統を残しているのが分かる。

エレベーターの扉が開き、慌ててエレベーターから降りる。

重い空気を感じた。

本当の意味で今、僕たちは理解した。

どれほど危険なのが‥‥‥。

「会議はどうする?参加することは可能だが」

「別室でお願いできますか?」

「わかった。映像という事でいいかな?」

「はい、お願いします」

そう言って、木村刑事は会議室に、塚本刑事は僕たちを別室へ案内してくれた。

別室は二〇人ほど椅子に座れるほどのスペースだった。

そこにスクリーンに会議室の映像が流れた。

「これで会議の様子は見れるから、質問は私か木村さんにチャットで」

「分かりました。わざわざすいません」

塚本刑事は別室から出て行き会議室へ行った。

それにしても会議室って広いな。

五、六〇人もの人が椅子に座り、その上机もある。

塚本刑事が会議室に入りしばらくすると、数人の警察が入ってきた。とたん腰を掛けていた警察官全員立ち上がり、その数人の警察官が一番前の机の前に、全員の警察官に向き合う。そして、一斉に頭を下げた。

そして全員着席。ドラマとかで見たことある光景だ。

『会議を始める‥‥‥』

その言葉からおよそ一時間会議が続いた。

やはり犯人の動きがないせいで、全く真相へ進むことが出来ない。

「お疲れ様。少し暇だったかな?」

「いえ、大丈夫です。今のところ追加になる情報はなかったので」

「それを暇と言うのだよ」

塚本刑事が僕たちに呆れた。

「僕たちはこれから、テロ予測位置を見てきます」

荷物を持って会議室から出る。

エレベーターで一階に下り、建物内から出る。

「さて、智菜予測できるか?」

「大体の目処はついています」

僕のスマホには智菜が移っていたが背景がマップへ変更された。

するといくつか旗が立った。

「私が推測するには、このあたりが狙われると思います」

旗が立ったところを見る。

確かに近くには観光スポットとなる場所が多い。

「少し捻くれた考えになるのですがここ」

智菜が指したのは

『犯人の目的が確信してないので、もしかしたら京都の歴史ある建物自体が狙われる可能性があります』

智菜に言われると確かにその考えはなくはない。

「たぶん、それはないだろう」

『なぜです?』

智菜が疑問を持つ。

「あの手紙には被害の大きさを尋ねていた。つまり犯人たちはただ人を殺すだけ、大きな被害を出すことが目的だろう」

『なるほど』

納得した智菜。

「春樹」

唱から声を掛けられた。

「とりあえず、行こ」

確かに智菜とずっと会話をしていても意味がない。

「そうだな」

と言い、みんなについて行った。

で、僕たちがたどり着いたのは

「凄く綺麗」

清水寺だった。

「なんで僕らは清水にいるんだ?」

「清水の舞台から飛び降りるってあるけど、この高さはさすが死んじゃうよね」

いや、二五m近くある学校の策を軽々と越えて、更にそこから飛び降りた僕たちだ。容易にできるのが想像つく。

「秋に来たかったな」

坂本が綺麗な景色を眺めながら言った。

確かに紅葉と清水寺の組み合わせは最高だ。

一度は生で見てみたいものだ。

「そういえば、お兄ちゃんたちはどこに行くの?」

「アメリカとしか聞かされていない」

遠足の話だ。

去年はフランスに行った。

岸高は国際科があるので、校外学習や遠足、実習は基本的に外国で行う。だが修学旅行は、せっかく日本人として生まれてきたのだから日本の良さを知ろう、という事になっている。

一年生は夏休み明け、二年生はその後となっている。

なんせ二年生はアメリカの方に行くのだ。そう、アメリカと言えば、グアムやハワイだろう。去年の二年生はグアムだったから、今年はハワイなのが予想が付く。だが、これでニューヨークと言われると、夜がきつい。なんせ一五℃程度になるそうだ。少し肌寒いくらいなのを願っておく。

それはさておき、今は事件の調査をしているのだ。

のん気な事をしている場合ではない。

「お兄ちゃん。事件事件って切羽詰めすぎ。もうちょっと冷静になって」

詩織に叱られ、おとなしく頭の中を整理した。

清水を一周して、夜食にお土産屋でお菓子を買った。

その後、智菜が予想したテロ予測位置を見回った。

全部見終わったころ、木村刑事から電話があった。

犯人たちの動きがない限り、調査は進まないから、しばらく自由にしててくれという事だった。

となると僕たちも警察も何もできないなら仕方がない。

「遊ぶか」

そう零しながらある人にメールをした。

一〇分後

「よう!土曜ぶりやな」

と手を振って僕たちの前に現れたのは谷口さん。選抜大会京都代表のリーダーだった人だ。

「久しぶりです、谷口さん」

「あー、そういうのいらんて、ちょっと年上なだけやから京谷で頼むわ」

「なら京谷さんでどうですか?さすがに年上の人に呼び捨てはできませんよ」

「さん付けか。悪くない。ならそれでええで」

「という事で京谷さんに京都の魅力を教えてもらおうと思います」

「おう!任しとけ」

その後僕たちは沢山の観光スポットへ足を運び、歴史ある京都の町を堪能した。

その後、京谷さんが休憩として実家にお邪魔させてもらった。

「広いですね」

「まあな。谷口家は昔からあるからな。地位が一つや二つ高くてもおかしくない」

「あら京ちゃん。帰ってたのかい」

「ただいま、ばあちゃん」

「おや、お客さんかね。見ない顔だね」

「ばあちゃん、彼らは東京で有名な高校生やで」

「ああ、岸高の彼らかい?」

「初めまして。吉田春樹です」

「吉田詩織です」

「清水唱」

「坂本太助」

「あらあら、凄い人と知り合いだったのね」

「そう、この前の選抜大会で圧勝されたんや。すごいで」

と二人が楽しそうに話をしながら案内された大部屋。

座布団取って適当に座って、と言われ座布団の山から一つ取り、机を囲むように座る。

ところであのおばあさん、凄く年を取っているように見えるが何歳だろうか。

七、八〇くらいだろうか。

「そんなに私は若くないよ」

おばあさんが言った。

心を完全に読まれていた。すぐに顔に出る癖を直さないと。

「なら九〇歳を超えているのですか?」

「ええ、余裕でね。今年で一一四だよ」

「「「一一四⁉」」」

坂本以外驚く。

凄い長寿の人だ。

「谷口家は長寿で有名なんだよ。昔は八〇歳を超え、今では一一〇は超えるようになったよ」

まさに名家じゃないか。

『谷口家の他に川口家、湖口家、海口家があります。どれも長寿多才で有名な名家です。そしてこの四つの名家を、水の四名家とここ周辺では呼ばれてたりしているそうです』

智菜が解説をする。

確かにどれも水に関係する者だ。なんかすごい人たちと関りを繋いだ気がする。

「ただ、その多才さは一瞬で潰されたけどな。問題児に」

にやりと見ながらいった京谷さん。

「ただいま!」

玄関から声がした。

「裕奈、お帰り」

「ただいま、お兄ちゃん。あれお客さん?」

と大部屋に入ってきたのは僕たちと同じくらいの年の女の子だった。

「初めまして。吉田春樹です」

正座をした状態で体を女の子に向けて挨拶をする。

だが、女の子は硬直したいた。

「お兄ちゃんを倒した人たち?」

「そうだぞ。東京で有名な高校生。裕奈と同じ年やと思うで。知らんか?」

「知らない」

よかった。さすがに京都まで僕たちの事を知れ渡っていたら怖い。

「ねぇ、手合わせお願いしてもいい?」

と彼女は正座をして言った。

「良いですけど、場所は?」

「道場があります」

「分かりました。良いですよ」

「皆さんもお願いしてもいいですか?」

と唱や詩織、坂本にも頼む彼女。

「良いですよ」

「うん、構わない」

「‥‥‥」

そういって僕らはおばあさんの後を追う様に道場に向かって行く。

道場の引き戸を開ける。

古くて木の匂いがする。

おばあさんや京谷さん、裕奈さんが一礼して入っていったので、僕たちも真似をするように一礼をして道場に入った。

「少し狭いかもしれませんが構いませんよね?」

「大丈夫ですよ」

みんなの意見を聞かず、僕は裕奈さんに言った。

「では、最初は誰からします?」

なんとも上からで余裕そうな表情を浮かべる彼女。

でも彼女自身その気はないのかもしれない。

「じゃあ、私からいいかな?」

と詩織が手を挙げる。

「分かりました」

詩織は木刀を木刀袋から取り出し、準備体操を軽くして構える。

「審判は俺がするよ」

京谷さんが二人のから離れたところに立ち。

「準備は良いか?」

京谷さんが二人に聞く。

「大丈夫です」

「私も大丈夫です」

「では、開始!」

京谷さんの合図で裕奈さんは詩織の飛び掛かる。

数分後‥‥‥

「そこまで!勝者、詩織」

余裕で詩織が勝利。

交代で唱が入る。

その試合も唱が勝ち、裕奈さんが負ける。

「お願います」

僕はそう言うと

「試合開始!」

さっきまでの試合と変わらず、開始と同時に彼女は飛び掛かってくる。僕は一歩も動かずに彼女の攻撃を全て防ぐ。

そして、僕が一歩目を踏み出した時には、試合は終わっていた。

「勝者、春樹」

「やっぱり、みんなさん強いですね」

と笑みを浮かべた彼女。

「坂本、お前が最後だぞ」

坂本に言ったのだが、彼は聞いていない。

「最後は確か坂本さんですね。お願いします」

「何だ。もう諦めたのか?」

「——ッ⁉」

坂本が彼女に言い放つ。彼女はかすかに肩がビクッとなった。

「お前の事は調べた。長寿多才で有名な谷口家。お前には確かに多才さがある。だがそれは京谷さんの手も足も届かない物。どんなにお前が努力しても京谷さんには届かないだろうな」

「うるさい!」

裕奈さんは怒鳴った。

だが、坂本はそんな声を聞かずに続けた。

「そしてこの試合だ。京谷さんが負けた相手に自分が勝てば京谷さんより強いことになる。そして、結局圧勝されて諦める。

更にその愛想笑い。何がそんなに不満なんだ?」

「うるさいうるさいうるさい!うるさい!分かっているよ。私になんの才能もないことも。だから親に見捨てられたんだ。お兄ちゃんだけ、全部お兄ちゃんだけなんだ!何もかも。私は何できなくて、期待されなくなった!」

「それがどうした?」

坂本が冷たく言った。

「親に期待されなくなったのは分かった。才能がないことも分かった。だが、俺にはお前の意志が見えないのだが?お前の意志はどこにあった?」

本当に彼女の心を傷つける言葉ばかり言う坂本。

でも、坂本が言っている事は正しいと思う。

ただ、もう少し言葉を選ぶべきではないかと思う。 

「あなたに私の何が分かるのよ!」

裕奈は叫ぶ。  

怒りを坂本にぶつけようと木刀で殴りかかる。

坂本は一歩も動かず裕奈の木刀を止めた。

「お前は、惨めなままでいる気か?」

彼女の木刀は今よりはるかに強くなった。

人は怒りをぶつけるとき、その威力は普段の倍になる、と言うのは本当のようだ。

彼女の一撃は京谷さんを超えているだろう。

だが、問題は彼女の体力だ。

どれだけ一撃が強くても、体力がなければ意味がない。

「私はね。体力だけは自信あるの」

坂本はそれは分かっていただろう。

彼女の攻撃は明らかに体力の消耗が大きい。それを連続で続けているのは、単純に彼女は体力の量が多い。数秒で坂本はそれを理解しただろう。

だが、坂本はまだ一歩も動いていない。

ただ、彼女の攻撃を最低限の動きで捌いている。

彼女は一旦坂本との距離を取った。

「そろそろ、俺の本気を見せてやるよ。まあお前事気に本気になるのはバカバカしいけどな」

「バカにしないで」

「だが、お前は俺を一歩も動かせていなかった」

「くッ!」

彼女は言葉を失った。

「じゃぁ、行くぞ」

坂本がそう言った瞬間

「そこまで」

僕の声は道場に響いた。

「どういうことだ?春樹」

少し怒っている様子の坂本に僕は呆れるように言った。

「一般人相手に本気で戦ったら被害が出るに決まっているだろ」

「なら、俺のこの怒りはどうしたらいい」

「僕が相手してやる」

「なるほど。今度こそ負かしてやる」

坂本はやけに嬉しそうに言った。

まあ、プライドが高い坂本は、僕の方が勝率が高いことが気に食わないのだろうな。

今回も負ける気はしないけど。

「あ、あの、道場は潰さないでね」

京谷さんは恐る恐る僕たちに言った。

「確かに危ないかもですね。どこかいい場所ありますか?」

「近くに剣道をやってる体育館があります」

京谷さんに言われた通り、僕たちが道場を潰しかねないので近くの体育館に行った。

「あの、私。まだ坂本さんとの勝負、納得いってないのですが」

裕奈は僕に言った。

「止めといた方がいいよ。坂本さん、手加減しないときは本当に私でも手足も出ないから」

「本当に、太助、鬼よ」

詩織と唱が説得をした。

「まあ、とりあえず見ていてよ」

僕はそう言って、体育館の半分を貸してもらった。

と言ってもその半分は空きだったようだ。

僕らの隣では剣道をやっている小中学生がいた。

「じゃあ、始めるか」

僕は木刀袋から木刀を取り出す。

「ああ」

坂本も木刀を取り出し構える。

「審判は俺がするな。良いか?」

「お願いします」

「ああ」

「では。はじめ!」

京谷さんの声とともに坂本は動き出す。

僕の正面に立った坂本は下から上へ木刀を振るがそれを僕は止める。

それからは木刀のぶつかり合い、途中で足場のない状態、つまり空中でも木刀はぶつかり合うだけだ。

だが、ここからは前回とは違う。

「さて、オリジナルやるか」

坂本が言った。

オリジナル。つまり敬香さんの型とは違う我流の型になる。

「そうだな」

僕は構え方を変える。

いつも両手で握る木刀を頭に近いところを片手で持ち、左手は頭を手の平で押すように添える。木刀は僕の顔の左側に刀身が上を向いている。

坂本は変わらず両手で持っていた。だが構えが僕の逆の顔の右側に構え刀身は上を向いている。

「行くぞ」

「ああ」

坂本がそう言ってから数秒、僕と坂本は同時に動き出す。

坂本は斜めに木刀を振りかぶってくる。

僕は攻撃を止め、捌くことにした。

坂本の木刀は僕の木刀をすべるように床に向かった。僕はその隙を狙う様に斜めに切りかかる。

だが、今度は僕の攻撃を坂本が捌いた。

僕の木刀は床近くで止まる。そして、坂本は切りかかってきた。

僕はそれを防いだが、軽く飛ばされた。

そして、僕が攻撃を仕掛ける前に坂本はぼくの正面に立ち、突きを入れに来る。

僕はそれすらも防ぐだけで、反撃が中々できない。

坂本は突きの勢いが多かったのか、僕の背後で止まる。

僕は振り返ると目の前には坂本の木刀がある。

僕は体を逸らして避けた。

僕は坂本から距離を取り、体勢を立て直す。

ずっと迫られたままじゃ、面白くない。

今度は僕が坂本を追い込む番だ。

僕は坂本に向かって床を蹴り、大きく振りかぶる。

坂本も大きく振りかぶっていた。

ただ、僕には横から二本の木刀が向かっているように見える。

多分高速に振った木刀には残像が残る。僕が見えているのは残像。残像による攻撃。それが坂本の秘奥義かもしれない。

油断はできないが、坂本が秘奥義を使うなら、僕も使おう。

その決めた瞬間、僕以外が、時間がゆっくり動いているような感覚になる。

僕は側面から迫ってくる残像のうち、右側の残像を振り返るように木刀で下から上へ振って消す。さらに回転の勢いを消さずに木刀を上から下に振って左側の残像を消す。これを二秒以内でする。

そして正面にある坂本の木刀は捌く。

その瞬間、時間が元の速度に戻った感覚が走った。

その時には、坂本の木刀は、僕の木刀の上を滑って床近くまで振り下ろされた。

「な⁉」

坂本は驚く。

その後坂本は同じような残像を使った技を連続で繰り出す。

僕はそれを消し、坂本自身の攻撃を捌く。

数分後

坂本の技のすべてを把握できた僕は、坂本が未だ繰り出す技に反撃を仕掛けた。

さっきまで捌いてきた技を木刀をぶつけて止めた。

当然坂本自身の攻撃は一撃では止められない。

ならどうするか。簡単な話だ。

一撃じゃ無理なら、二連撃、三連撃と数を増やせばいい。

坂本の攻撃なら三連撃で充分だろう。

だが、勝負を終わらすなら、七連撃がベストだろう。

襲い掛かってくる坂本の木刀を上から縦に一撃、振り下ろした木刀を下から上に縦に一撃、そして上に振り上げた木刀を後ろに回し、肩甲骨の限界が着た瞬間、その振動で右から左に横に一撃。

その瞬間、坂本の木刀は僕の三撃目の衝動でふわりと、坂本も宙へ浮いた。

坂本は驚いた表情をしていた。

僕は気にせず、左に振った木刀を戻すように右に四撃目を振る。

坂本はそれを防ぐ。だが坂本は軽く三m程度飛ばされる。

僕はさらに坂本に襲い掛かる。

坂本は僕に気が付き、大きく振りかぶってきた。

僕は坂本が振りかぶる前に木刀の側面を木刀でぶつける。

そのまま押し切るように横に力を入れると、木刀は半円を書くように下に行った。

僕はそのままもう一度、横へ力を入れるとまた半円を書くように下から上に行った。

すると坂本の木刀が手から離れ、木刀は宙を舞った。

僕は木刀を坂本の首に、すっ、と軽く添えるようにした。

その瞬間、宙を舞った木刀が床に落ちる音が響いた。

「僕の勝ちだな」

「負けた」

坂本はそう言った。

「勝者‥‥‥春樹」

僕は木刀を坂本の首から遠のけ、刀を納刀するように左手に持ち替えた。

「と、こんな感じだけど、坂本とする?」

僕は振り返って裕奈に聞いた。

「いいです」

横に首を振った裕奈。

若干、唖然としていた彼女。

唖然としていたのは彼女のだけではなかった。

「お兄ちゃん、何?あの動き」

詩織が驚いた状態で言った。

「別に大したことはしてないよ」

「大したことじゃないから聞いているんだろ」

坂本が言った。

「俺はまあ、大体分かっているのだが」

と自慢のように付け足した坂本。

「僕たちは敬香さんに超速移動を教わっただろ?だからそれを腕や他の全身でも同じようにしたらどうなるかなって思って試してみたんだ。ただそれだけ」

「待って!それだと全身の負担が大きいんじゃ」

「確かに、足以外は筋肉の量が少ない。だから全身の負担は大きい。だが、鍛えたり慣れれば何とかなる。あ、でも二人は真似したらダメだぞ。敬香さんでも木刀が持てなくなるくらいだから」

「それ、お兄ちゃんもしちゃダメな奴だよ!」

詩織に怒られてしまった。

「さて、裕奈が満足したようだから帰って何か食べるか」

京谷さんがそう言ったので、僕たちは京谷さんの家に戻った。

「ただいま」

裕奈がそう言って家に入っていった。

僕たちはまた京谷さんの家にお邪魔した。

「それより時間は大丈夫なん?」

京谷さんが僕たちに聞いた。

「え!ええっと、私たちの学校は基本自由なんで大丈夫ですよ」

詩織が急いで返答した。

「いや、詩織ちゃんがここにいる時点で修学旅行じゃないのは分かってるから、誤魔化さなくていいで」

苦笑いしながら京谷さんが言った。

「訳ありなのは何となく察してるから。それより時間は、大丈夫なん?」

「大丈夫ですよ」

京谷さんがもう一度同じ質問していたので、そう言った。

「そうか」

時刻は二時過ぎ

まだ修学旅行は自由時間だろう。

僕たちは本当は今頃、先生の授業を寝ているだろうな。

―—ん?そういえば裕奈さんって

僕はそう思った瞬間、一つの答えに行きついたので何も触れない事にした。

「そういえば、お前学校は?」

坂本が裕奈に言った。

裕奈はビクッと反応させた。

やっぱり触れてはいけないところに触れてしまったようだ。

「ははは。裕奈は事情があって学校に行けてないねん」

京谷さんが説明した。

「不登校なんだな」

「坂本が言えたことか」

ボソッと呟いた。

「坂本さんも不登校なんですか?」

「呼び捨てで良い。気持ち悪い。俺は学校に行く時間があれば一つでも多くのシステムやゲームを作るべきと考えているから、必要以上に行かないだけだ」

とiPadを触りながら言った。

「簡単に言えば、坂本はただの問題児なんだ」

簡潔にまとめて裕奈に言った。

「動物を連れ込むやつに言われたくない」

「僕の意志で連れてきているわけではない」

坂本の文句に秒で返答した。

「まあ、これと言った深い訳があるわけではないから」

詩織が裕奈に呆れるように言った。

「そうなんですね‥‥‥」

少し落ち込む裕奈。

するとスマホがバイブ音を立てた。

僕は急いでスマホを見ると京谷さんからだった。

『どうしたらいいのか、分からなくてね。

理由も教えてくれなくて、聞いても何も言ってくれないんだ。

どうしたらいいのか‥‥‥。』

まあ、学校に行けなくなった理由はなんとなく分かるのだが、証拠もなく決めつけるのは良くない。

だから智菜に頼んで坂本に裕奈の事を調べるように頼んだ。

坂本は一旦僕は見てはため息をついて、またiPadに目をやった。

「お待たせ、スイカだぜ」

京谷さんが切っているスイカを持って来た。

「いただきます」

そう言ってスイカを口に含む。

ここ数年、スイカは自分で育てたものしか食べていなかった。

ただ、このスイカ市販とは少し違う感じがする。

「これはここでできたものですか?」

京谷さんに聞く。

「ああ、谷口の畑でできたものやで。うまいやろ?」

「凄くおいしいです」

「スイカに違いが分かる時点ですごいね、お兄ちゃんは。私なんて、お兄ちゃんのスイカとの違いがさっぱりだよ」

詩織は僕を尊敬するようで呆れるような様子だった。

「へぇ、そっちも畑あるんか?」

「畑と言える広さではないですが、庭にキャベツ、レタスホウレンソウ、小松菜、ニンジン、トマト、スイカ、大根、など季節に応じていろんな野菜を育てますよ」

「いや、それ。畑やないかい」

京谷さんがツッコミを入れるように呆れ気味に言った。

するとスマホがまたバイブ音を立てた。

スマホを開くと数枚写真が坂本から送られてきた。

やっぱり‥‥‥。

「裕奈さん、一つ聞いていい?」

「裕奈でいいよ。答えれるかは分からないけど、聞くだけなら」

スカイを食べるのを止めて言った

「ありがと。ストレートに聞くよ。どうして学校にいかなんだ?何かあったのか?」

「——!」

裕奈はビクッと肩を震わせた。

「クラスや」

また肩を震わせた。

「グループ内や」

裕奈は全身を震わせていた。

指先まで、ふるふると小刻みに、何かに怯えるように、僕に目を合わせないまま、ただ震えていた。

「ごめん、これ以上は聞かないよ」

そう言った瞬間、裕奈は震えるのはやめた。

いや、裕奈は違和感を感じたはずだ。

それに気が付いたようだった。

さっき、僕が言った「これ以上は聞かないよ」、普通なら「これ以上聞くのはやめるよ」と言うだろう。

それ以上問うのを止める、それは情報は得らなかったときに大体使う言葉。それ以上問わない、この言い方だと、まるで何かを得たような言い方になる。

まさにそうだ。僕は彼女の震え方で彼女の事を知ることが出来た。

「何を知ってるの?」

震えながら彼女が言った。

「何も知らないよ。ただ裕奈がある者に怯え、逃げた。それだけしか知らない」

彼女に嘘をつく。

「全部知ってるっていう事か‥‥‥」

諦めるように言った裕奈。

「私は、クラスの仲が良かった子たちからいじめられた」

裕奈は全部話す気になったようだ。

まあ、そう追い込んだのは僕なのだが‥‥‥。

「靴は隠されて、ノートは破られ、弁当は捨てられ、水をぶっかけられた。冷たかったよ‥‥‥。怖かったよ‥‥‥。自分が分からなくなってしまったんだ。私はどこにいるんだろうかって」

裕奈は涙を零し、肩を震わせていた。

それ以上彼女は何も言わなかった。

「つまり、お前は小学生みたいな行動をされて、逃げたわけだな」

「坂本!」

坂本も言葉にあまりにも棘があったので、抑えろという意味をこめて坂本を呼ぶ。

「分かってますから。良いんです。逃げたのは事実ですし」

沈黙が流れた。

「誰が逃げる事がダメな事だと言った?」

坂本が最初に口を開く。

「自分を見失うより、何倍も増しだろ。お前は自分を見失う前に逃げることが出来たんだ。それで充分じゃないのか?俺はそう思う」

坂本はiPadを見ながら言った。

「お前は逃げた。逃げるのは一つの選択肢なだけだ。それですべてが終わるわけではない。なら、その選択肢を選んでいいと思う。むしろ、逃げるという選択をよく見つけた、と、言うべきだな」

僕自身、凄く驚いている。

あの坂本が慰めの言葉を言っている。

そういえば、坂本は恵理ちゃんの時もなぜか必死になっているように見えた。

いじめに対して必死になっているようにも見える。

だが、別の何かがある気がする。

今は何も分からない。

今、坂本になんでも聞けるなら、僕が聞きたいことはただ一つ。

思うところは、ただ一つ。

 

坂本‥‥‥坂本が抱えるもの、背負っているもの、

                   坂本の闇は何なんだ?

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