第2話
僕たちは重大なものを見つけてしまった。
「春樹、これって」
そう、唱がつぶやく。
僕たちが目の当たりにしているのは一枚の紙。
だが、その一枚の紙には恐ろしいことが書かれてある。
『死にたい』
「ああ、誰かが自殺しようと考えているってことだろうな」
僕はこの紙が入っていた瓶を見る。もともと綺麗な模様ウだったのが分かるが、どこかでぶつかったりして、削れ、どんな模様だったのか全く分からない分からない。
そこに誰がこれを投げたのか、分かるものが書いていればよかったのだが‥‥‥手がかりは全くない。
これじゃあ、本当に誰かが苦しんでいるのか分からない。
それにこんなに模様が削れているってことは、相当昔に投げられたものなのも考えられる。
「他にないか探してみよう。シャッチ」
そう僕が呼ぶとシャッチは走って、僕の元へ来た。
「これと同じようなもの川の中に無いか探してくれ。頼む」
シャッチはそれを見たり、匂いを嗅いだり、触ったりして形を確かめたりして、
『僕にお任せ有れ』
そう言って川へ走っていった。
僕たちは川辺の方を探した。しばらく探し一〇分くらい経過したとき
「春樹、これ」
と唱がもう一つ、あの瓶と同じような瓶を見つけた。
中身には一枚の紙が入っていた。
僕と唱は目を合わせ、息を飲む。
蓋を開けて、折られている紙の中には
『つらい つかれた
生きてる意味がない。なんでこんなに苦しいの』
文を読む限り、この紙はさっきの紙より前に書かれたものだ。
『見つけたよー』
どうやらシャッチが探していた川の中にもあったようだ。
シャッチが見つけてきたのも、さっきと同じように瓶の中には紙が入っていた。
『私の世界はいつの間にか白黒になっていた。
だれも手をさしのべてくれない。
このビンを見つけてくれる人もいない。
だれでもいい、私を助けて‥‥‥』
本当に誰かが苦しんでいるようだ。
実際にここには助けてと書いてある。
「春樹どうするの?」
答えは決まっている。
少なからず、誰かが助けを呼んでいるのだ。
その一つの命を僕は見過ごせない。この町、岸川町の人たちを苦しめたくない。
そのための修正部だ。そのための僕の「無感情推理」だ。
「この人を見つけて助ける。この瓶は僕たちが見つけた。それも言いに行かないといけない」
「私も、手伝う」
「いくらお前でもそれは不可能な部分があるのでは?」
僕たちの背後には坂本がいた。
「お前も薄々分かっているだろう。それを書いた奴がまだ生きているのかなんて」
図星を突かれて、何も言い返せない。
坂本の言う通り、これを書いた人がまだ、生きているかどうか。そして、生きていたとしてもその人見つけられるか。
この町を出ていれば、僕たちが見つけるのは到底不可能だ。
「なあ、坂本。この瓶についての情報集めてくれないか?無理ならいいけど」
「ふっ、俺を誰だと思っている」
そうだった。彼はプログラマー。自動返信メールを完全に再現しようとしている天才だった。
こんな情報収集など朝飯前だろう。
「まあ、見た感じ小学生の字だな」
坂本の言う通り、見ればわかるが明らかに小学生の字をしている。
「女の子ね」
確かに言語が女の子っぽい。
「小学生の中学年くらいか。誰は小六くらいに習うだろうし、助けるは小三くらいで習うはず。なら間の四,五年生だな」
僕もそれなりに小学生の時の事を思い出しながら言う。
「瓶に匂いは無いか?見た感じ、牛乳瓶に見えるが」
僕は瓶の中の匂いを嗅ぐ。
「確かに牛乳っぽい匂いはするがどちらかと言えば、ミルクやホイップに近い気がする」
「つまり、ケーキ系が入っていたってこと」
「そういう事だろうな」
「何が入っていたのか大体分かったようだな」
坂本にそう言われ驚く。
意外と坂本もこういうのは鋭い。
「多分この中には、プリンが入っていたんだと思う」
「それぐらい情報があれば、何か分かるかもしれないな。だが‥‥‥」
「だが?」
僕たちは彼の言葉を待った。
「俺はデータベースだ。結論は出せないぞ」
ああ、そういう事か。
つまり、結論は僕たちが導き出せという事だ。
「じゃあ、早速情報収集と行くか」
「ちょっと待て!最初からそれが目的だったな。掃除は最後までしてもらうからな」
「チッ‥‥‥」
今、舌打ちしたぞ。そこまでして地域清掃に参加したくないのか。そこまでして、早く帰りたいのか?
「もう少しね」
唱がそう言って、ゴミ拾いを集めた。
「体調の方は大丈夫なのか?」
「うん」
彼女は頷きながらそう言った。
彼女がそう言うのなら大丈夫だろう。僕に変な気を遣わせるような性格ではないどころか、僕が彼女に気を遣っているのを改めて思い直した。
なんと言いう事でしょう。
あれほど、雑草が生い茂っていた河川敷は見違えるように綺麗になり、地面が見えるようになっています。
ゴミで汚くなっていた川は、そこが見えるほどにまで綺麗に‥‥‥
何て、考えているのは僕だけだろうか。
川は元々浅くて岩や石が多く、水質は綺麗に保たれている。
それでも雑草が無くなっただけで、凄く綺麗に見える。
まるで、一五〇kgあった、ぽっちゃりおデブさんが、六〇kgまで痩せて、腹筋バキバキボディに生まれ変わったような感じだ。
それとも、剛毛だった‥‥‥って、なぜ僕は人でこの状況を比喩表現しているのだろう。
熱でもあるのか?
僕は自分の額に手を添える。
―—うん、平熱だ。
それを確かめた後、川を見る。
シャッチたちがまだ、川辺で泳いで遊んでいる。
「なんという事でしょう!あれほど、生い茂っていた河川敷は見違えるように綺麗になり、地面が見えるようにまでなっています!」
川に向かって大声で叫んでいるのは詩穂先輩だった。
という事は、僕は詩穂先輩と同じ考えを持つ、同レベルの問題児だという事だ。
「そんな事より、早く飲み物貰いに行こうぜ」
拓斗先輩がそう言ったのでみんなで最初に集合した北公園に向かう。
「行くぞ~!」
僕がそう叫ぶと三匹は川から上がり、ブルブルと体を震わしながら、水滴を落としてきた。三匹にはしっかりとリードを付けて、公園に向かう。
しばらく公園で待っていると
「はい、地域清掃に参加いただいた方、お疲れ様です。これで、地域清掃の方は終了とさせてもらいますので、この後は各自解散ですが、こちらの方から、お飲み物を用意しています。
おひとり様一本、お忘れなくお帰り下さい。
では、地域清掃に参加してくださった地域の方、本当にお疲れ様です。ありがとうございます」
自治会の人からの話は終わり、皆、飲み物の方へぞろぞろ‥‥‥ではなく、急いで行っている。僕も負けずにその場に走りこむ。
この地域清掃はある意味すごいのだ。
本当は飲み物だけなのだが、この町だけ、余った野菜などが置かれている。
つまりこれは、スーパーと同様、卵戦争みたいなものだ。
比較的身長が小さい僕は、商店街の人たちと切磋琢磨して争っている。
だが‥‥‥
「うおッ?なんだこれ?ただでもらえるのか?それで、春樹は張り切っていたのか。お、このトマトとか綺麗だぞ」
何て拓斗先輩が普通にいろんな野菜を手にしている。
ホント、身長が低いって損しかない‥‥‥。
「ほんとだ。いろんなものがある。卵もあるよ」
「凄いな。こんなもの、売り物にならないのか?」
「売り物にならないから、ここに置いてあるんですよ」
僕は野菜を一杯詰め込んだ袋を持って広いスペースに出た。
「そうなんだ。俺も行ってくるわ」
仁先輩もそう言って、すたすたと余裕っぷりを見せながら歩いていき、数分で大量に野菜などを詰め込んだ袋を両手にして帰ってきた。同様に拓斗先輩も。
「何あれ、一家に欲しいわ」
「岸高の子だわ」
「あら、イケメンじゃない」
「凄く背が高いわねぇ」
と商店街のおばちゃん達やこの辺に住む奥さんたちが仁先輩と拓斗先輩を見つめる。
「あ、拓斗!」
公園の外から聞こえた声は、陽那花先輩だった。
「拓斗が地域清掃何て珍しいね」
「ああ、修正部は強制参加だってよ。なんで陽那がここにいるんだ?」
「それは、こういう事」
と拓斗先輩の腕を自分の胸に足当てている陽那花先輩。
それに気づき、少し頬を染めている拓斗先輩。
「相変わらず仲がいいね!」
二人に親指を立てて見せながら言った詩穂先輩。
「私たちも負けてられないよ!」
そう言って詩穂先輩も陽那花先輩のように仁先輩の腕に胸を当てていた。
「なッ⁉」
驚いた仁先輩だが、今回は珍しく拒否しなかった。
結局は二人はラブラブの両想いじゃないか。
何を心配することが有るのか‥‥‥。
「「「「う、初々しい!」」」」
四人を見たいろんな人たちが声をそろえて言っていた。
それから、僕たちは両手に袋を持って家に帰った。
「畑があるのに、こんなにいるのか?」
「必要ですよ。これで二週間は持ちます」
「いや、こんなにあって二週間しか持たないのか?」
「そりゃあ、これだけいれば」
修正部全員が僕の家に泊まり、ご飯まで出している。
そりゃあ、これだけの人数分のご飯を作るのには、あの畑だけでは当然足りない。
かといって、毎回スーパーで買うのも予算が限られている。
なら、こういう機会は逃してはならない。
今日貰った、野菜を野菜室にしまって、自室に戻る。
PCに電源を入れる。
いつも利用している、web小説サイトを開き、自分のアカウントでログインをする。
今書いている小説は、ジャンルは恋愛、主人公はすい臓がんで時間が限られている中、ヒロインと出会う。
すい臓がんと言う大きなものを背負った主人公に惚れてしまったヒロイン。主人公の闘病生活を重視して、そしてその闘病生活の中の二人の関係を描く物語だ。
ストーリーには少し自信がある。
これまで、いろんな恋愛小説を読んできた僕だ。この手に関してはすごく自信がある。
そうして、僕はキーボードを叩き始めた。心地の良い音が部屋に響き、今日は普段より湿気がましで涼しい風が時々入ってくる。物語を作るのはすごく楽しい。今も、キーボードを叩く手はなかなか止まる気配がない。
気温や湿度がいい具合で、時折吹く風などが僕の集中力を増加させる。
――ピロン!ピロン!
突然の僕のスマホから聞いたことのない着信音が鳴った。
机の上に置いていたスマホに手に取って、電源を付ける。
『こんにちは!』
「うわッ⁉」
電源を付けたとたん可愛らしい声が静かだった部屋に響く。
『太助様が、今すぐに部屋に来い、とのことです』
「わかった。ありがとう智菜」
『どういたしまして!それでは』
プツンと画面はシャットダウンするように切れ、いつも見慣れているホーム画面にもどった。
僕はさっきまで書いていた小説を保存して、サイトを閉じる。
そして電源を落として、部屋を出る。
坂本の部屋は、一番奥にある部屋だ。その隣には拓斗先輩の部屋、その隣に仁先輩の部屋だ。そして、その隣には、ペットの部屋、最近は会議室にもなっている部屋だ。その隣に圭介兄さんの部屋、その隣でやっと僕の部屋だ。
向かい側には奥から、詩穂先輩、唱、詩織の順に並んでいる。
先生は母さんと同じ部屋で過ごしている。
だが、これ以上人数が増えると部屋が余っていないという事で、我が家は、夏休みの間に三階建ての大きな家になるそうです。
これも父さんと母さんが勝手に決めたことだ。
それにしても、これ以上修正部員が増えるとは僕は思っていない。
なんせ修正部に所属しているだけで、成績は普通の生徒より落ちていしまう。
それを考えれば、誰もその部に入りたいとは思わないだろう。
先生が問題児と判断しなければ‥‥‥。
僕は坂本の部屋の前に立って、コンコンとドアをノックする。
「誰だ?」
「僕だ」
「入れ」
坂本の口調はまるで、大手会社の上司のような偉そうな口調をしていた。
「人を呼んでおいて、なんで上からなんだ?」
「逆に聞くが、春樹は俺より上と思っているのか?」
坂本の質問に僕は
「いや、僕と坂本に上下関係はない。同僚と言うのが正解だと僕は思うが、違うか?」
「確かにそうだな。まあいい。それより、そこに座って待っていろ」
そこに座っていろ、と言われてもこの部屋は客を招き入れる気が全くない気がするのだが。
まあ、座れと言われたので、おとなしく座ることにした。
坂本の部屋は相変わらず機会が多い。
空気清浄機は部屋に一台、僕が空気に敏感で置いてあるのだが、それより、高機能の空気清浄機を置いている坂本は、僕よりさらに空気に敏感なのだ。
それに少しエアコンもかかっている。
機械が多いと、機械から排出される熱で部屋が暑ぐるしくなり、機械の性能が落ちかねない。
そのことを理解している坂本は常に慎重だ。
コピー機が二台。ノートパソコンが一台、デスクトップパソコンは一つ?いや三つと言うべきか?
一つのキーボードに三つの画面が連なって、一つの画面になっている。
彼はプロウラマーだが、ここまで画面が広い方がいいのだろうか、と考えてしまう。
僕の座っている床には、ゆっくりと移動している掃除機が部屋のごみを隅々まで吸い取っている。
―—コンッ、コンッ。
ドアがノックされた。僕が坂本に呼び出されたという事は必然的に
「入れ」
唱もこの場に来ることが予測できる。
唱は坂本の部屋に入って、扉を閉めて僕の元へ来る。
「さて、例の件の話なのだが、あの瓶、ケーキ専門店ニシザワの物だと分かった」
僕が小説を書いているうちに彼は、あの瓶がどこの物なのかを見つけていた。
「その店は、九年前からある店で、夫婦で経営している。この辺では比較的に人気の高い店で、収入も安定しているようだ」
「その店ってどのあたり?」
唱の質問に坂本は
「商店街から少し外れたところだ。小学校に近くだな。最近店を綺麗にしたらしく、行けば目立つからすぐに分かるだろう」
と淡々と簡潔に答える。
「その夫婦に子供は?」
「いたぞ。岸川小学校四年生、西沢恵理。学校の成績はほぼトップと言っていい。ただ‥‥‥」
彼は言葉に間を開けた。
「ただ、どうしたんだ?」
「その子は、微妙な聴覚障害を持っていて、その上ニンジンアレルギーだと言うのが分かった」
「そうか」
ここまでの情報だけで真相がほぼ見えた。
「俺が集めれた情報はここまでだ。どうするかは、お前らに任せる」
「うん、わかった」
唱が頷いた。
確かにここから先は彼には向いていない。僕たちがやるべきことだろう。
「それより、その情報どこから引っ張り出したんだ?どうしてその夫婦に子供がいて、学校が分かり、その子の成績まで分かったんだ?」
「そんなものクラッキングに決まっているだろ!」
「真顔で言えることか!」
「他にどうやって情報を探すんだ。一番時間のロスが少ないのは明らかだろ」
「そうだな。坂本は問題児だったのをすっかり忘れていたよ」
「そうか、よかったな」
「よかねえ!」
他愛のない口喧嘩をして、僕と唱は彼の部屋を後にした。
「はぁ‥‥‥」
「仲、いいのね」
「どうかな」
それだけ言って、僕は自室に戻る。
しばらくすると、慌てた足音が僕の部屋に向かってくる。
「春樹!」
「どうした?」
「これ」
唱が僕の部屋に入ってきて、ノートパソコンを見せてきた。
『岸川小学校 給食カレンダー』
と書かれたブログが映し出されていた。
そして、来週の献立に目を通す。
僕は目を大きく開けた。
ニンジンはいろんな料理に使われている。そのため、来週の五日間のうち、四日間もニンジンを使った料理が出る。
つまり、あの子はもしかすると、四日間もニンジンアレルギーでいじめられる可能性があるという事だ。
しかも、月曜日はニンジンパンだった。
*****月曜日*****
僕たちは校長に許可を取って、学校外を歩いている。
時刻は一二時二〇分。もうすぐ給食の時間だ。
僕と唱となぜだか坂本まで付いてきている。
「なんで、坂本がここにいるんだ?」
「あんなつまらない授業を受けずに出席が付くんだ。当然ついて行くに決まっているだろ」
よっぽど授業を受けたくなかったようだ。
校長からの許可をもらうのにだいぶ時間がかかってしまったのだ。
部活動として、授業に欠席するのは校長として、見過ごせない、と校長は悩んでいたのだが、今回は特別とのこと。
その条件として、現在校長が僕たちの横に並んでいる。
「本当は、許可を出したかったんだけどな。ここは一様高校だ。学びの場として、許可は出すのは不可能なのだが、君たちの学業の成績、部活の功績を考えれば、これが限界なんじゃよ」
「いえ、逆に付いてきてくれて助かります。最悪の場合僕たちだけでは対処できない場合があるかもしれませんし」
そう、最悪の場合。
それは僕たち三人とも予想をしている。
あの子があの瓶を投げたのも全て繋がっている今、その場で確かめる必要が僕たちが見つけた一人の助けてあげる日としての義務がある。それは、僕たち子供が対処できることとは限らない。
そう考えれば、校長が、大人の人が付いてくるだけで充分だ。
目的地に着いて、校長が代表で名前を出して校門をくぐらしてもらった。
廊下を歩くと、給食の良い匂いがする。
校長は、
「話を通してくる、君たちは先に行ってくれ」
と言われ、その子の教室に向かう。
「何組だっけ?」
「三組だ」
坂本に言われて四年三組の教室に向かう。
僕はこの学校出身ではないが、中学の職業体験でここに来たことが有る。
だから、どのあたりにどの学年の教室が並んでいると言うのは分かる。
廊下を歩くと職業体験ぶりに出会う先生が何人かいた。
気が付いていた先生もいれば、気づかない先生もいた。
そんな昔の事を覚えている人は少ないだろう。
僕たちは四年三組の教室の前に立つ。
いきなり中には入らない。
教室の様子を見てから判断する。ドアから見えるクラスは楽し気に笑う生徒がいた。
悪意を感じる笑みだった。
************
「お、今日はニンジンパンダ!やった」
「マジで!最高」
クラスメイトの男の子が給食が何かを知って喜んでいた。
私からしてみれば、嫌で嫌で仕方がない。
だって、私はニンジンアレルギーだから。
アレルギーが発症すると命があぶないってこの前、ママが言っていた。
「ほら、お前の分もあるぞ!西沢」
「お前の大好きなニンジンだぞ」
ゲラゲラと楽しそうに笑うクラスメイト。
何が楽しいのだろうか。どこがおもしろいのだろうか。
私は辛くてしか仕方がないのに、なんでみんなは笑っていられるのだろうか。
「手を合わせましょう!いただきます!」
「「「いただきます!」」
日番さんの挨拶の後にクラスみんなで声を合わせて言った。
私は黙々と食べれるものだけを食べ、持参した普通のパンを食べる。
それから数分経ち、私が食べらる物は全部食べた。
私の机にはニンジンパンだけが残る。
「あ、西沢がニンジンパン残してるぞ」
「おい、食べろよ!」
「そうだ、スキキライするなよ」
クラスメイトの子にそう言われる。
好き嫌いじゃないのに、アレルギーなのに、食べたら死んじゃうかもしれないのに。
私の中に芽生えた感情は、『怖い』。ただそれだけだった。
この前まで、死んでしまおうと考えていたのに、いざ死を、目の前にしてしまうと、逃げてしまう。誰かがあのビンを拾って、助けてくれる。そう思って今も待っているけど、もうだめかもしれない。私はここで死ぬのかな?怖い。
「おい!早く食べろよ!」
「そうだぞ、西沢!みんなの言う通り好き嫌いは良くないぞ!」
アレルギーだと言っているのに先生にまでそう言われてしまうと何も言い返せない。
触れるのすら怖い。触れるだけでアレルギーが発症するかもしれない。
さっきから、大声で話している先生の声は、私からしてみれば、うるさくて耳障りでしかない。
口の動きだけで何を言っているのかは分かるし、声はちゃんと聞こえている。
みんな私が何も聞こえてないと思って楽しんでいるのだろう。
だけど私は少し難聴なだけ。補聴器も最新の物を付けているからはっきりと聞こえている。
「あ、先生。西沢さんがイヤホン付けてる悪い子だ~はははは」
クラス全員で私を笑いものにしている。
「ダメじゃないか!」
そう言って先生は強引に補聴器を取った。
―—ぱきッ!
私の耳にはかすかに補聴器が壊れる音がした。
補聴器がそうやすやすと買える物じゃない。何十万、何百万もお金がかかるものだ。しかも、片方だけで。
「さあ、早く食べなさい!」
もう何もかも、終わりだと思った。
私は覚悟を決めて、ニンジンパンに手を伸ばす。
皆が私を笑って見つめる。
ニンジンパンに触れる直前、私の腕は誰かに止められた。
ニンジンパンとみんなの笑みしか、視界に入ってなかった私は驚いだ。
誰だろうと思い、その手を見る。
私より何倍も大きい手。そこには私よりなん十センチも高い制服を着たお兄さんがいた。誰だろう。なんで高校生がここに?
どういう状況なんだろう。
「それは、食べなくていい。食べると死んでしまうかもしれないぞ」
その人はそう言って、私の手をニンジンパンから遠ざける。
「凄く楽しそうな事をしていたな」
そのお兄さんは私以外の人に問いかける。
「何なんだ!君は」
「そんなもの知ってどうする」
先生の質問をあっさり返してしまった。
「なぜ高校生がここにいる!」
「安心しろ許可は取っている」
また先生の質問に素早くこたえた。
「お前ら、さっきの何が楽しかったんだ?」
今度は逆にお兄さんがみんなに聞く。
「お前らがした事、俺がしてやろうか?」
お兄さんはそう言って、ポケットから何か取り出した。
「これはヒスタミンと言う毒物だ。これが何を示しているか分かるか?」
クラスのみんなは状況に飲み込めず
「そんなもの嘘に決まっている!」
「なら、試してみるか?」
男の子が声を上げたが、すぐに返答され男の子は何も言い返さなかった。
「ちょうどいい。この子が苦しんでいるニンジンアレルギーについて、勉強したらいいさ。症状は結構近い。アレルギーをその身で体験して、そのまま死を迎えろ!」
お兄さんは怖い表情でみんなに怒鳴る。
「ちょっといい加減にしてください!出て行ってください!」
「出て行くのはどっちだ」
教室の後ろから同じ制服をきたもう一人のお兄さんと、似たようなネクタイにズボンではなくスカートをはいているお姉さんが入ってきた。
「あんたがやっているのは、立派な犯罪だ。あんたは教師でもなんでもない、殺人犯だ」
さっきの教室に入ってきたお兄さんは、私たちが怖がる文字を並べる。
「何を言っている。私はただ好き嫌いは良くないと教育しているだけだ」
「アレルギーは好き嫌いじゃない」
また、そのお兄さんが言う。
お兄さんも言葉には感情が読み取れない。
怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れいているのか、全くわからない、不思議なお兄さんだ。
「先生は、悪い人なの?」
一人のクラスメイトの女の子が先生に聞く。
「ちがっ――
「そうだ」
先生が答える前に不思議なお兄さんが答えた。
「それと同様に君たちも悪い人だ。君たちもこの子を殺す一人なんだ」
「そんな‥‥‥そ、そんなの嘘だよな!」
「本当よ。もうすぐ、先生や警察の人が来る」
不思議なお兄さんの横に立っていたお姉さんが言う。
「君たちは、どういうつもりで、この子をいじめていた?楽しかったか?楽しいのなら、僕から言う事はただ一つ。この子が死ぬのではなく、君たちが死ぬべきだ」
高校生と言うだけで迫力と言うか、恐怖があるのに、さらに私たちを怖がらせる。
「梅河先生」
「こ、校長」
校長先生がいつの間にかそこにいた。
「私から言う事は、彼らが行ってくれました。分かっていますね」
「‥‥‥はい」
先生は暗い顔をして、教室を出て行こうとした。
「ちょっと待て」
お兄さんが先生を止めた。
「お前ら払うか、あんたが払うかはどちらでもいいけど、これ、壊れているから弁償しろよ」
そう言って、補聴器をみんなに見せた。
「補聴器これで初めてか?」
お兄さんが私に尋ねてくる。
「それで、三つ目です」
「そうか、ありがとう」
お兄さんはそれだけ言って、私の頭を撫でた。
「お前ら、このちっぽけな機械くらい、大丈夫とか思っているのか?残念だったな。これ一つで三〇万から一〇〇万以上するぞ。それを三つ。しかも、この機種は最新型だ。まあ、ざっと三〇〇万程度は覚悟しといた方がいいぞ」
クラスメイトと先生が青ざめた。
「まあ、全ての元凶はあんたにある。まさかとは思わないが、元教え子に弁償させるとかはしないだろうな」
「はい‥‥‥」
先生はそれだけ言って、教室を出て行った。
「西沢恵理ちゃん、今日はもう、家に帰ろうか」
不思議なお兄さんがかがんで私と目線の高さを合わせて言った。
「ランドセルはどれ?」
お姉さんが、ロンドセルが並ぶロッカーを指す。
「二四番です」
番号を言うとお姉さんは、私のランドセルを取ってきてくれた。
ランドセルの中に教科書や筆箱などを入れ、給食セットは、ロンドセルの横についている、フックに掛ける。
「じゃあ、行こうか」
そう言って私とお兄さんたちは教室を出た。
しばらくちんもくが続くので私は思い切って聞いてみることにした。
「なんで、私がいじめられているってわかったんですか?」
私の質問に、不思議なお兄さんが
「これだよ」
と紙切れを何枚か取り出して私に見せてくれた。
「あっ」
その紙切れは、私がビンの中に入れていた紙だった。
つまり、お兄さんたちがそれを拾って助けてくれた。
「ごめんね。助けてくれるのが遅れて」
不思議なお兄さんがそう言った。
その時、私の中で何かが溶けた。
その瞬間涙が止まらなかった。
そうだ、私はやっとこの苦しいくて辛い現実から脱出することが出来たんだ。
そう思うと、涙が止まらない。
その時、私の頭に何かがポンと置かれた。
それはあのお兄さんの手だった。
「よく頑張った」
お兄さんから感じる優しい温もりと言葉が、私のすべてを溶かしてくれた。
―—だから
「あり‥‥‥うぐっ…が‥‥‥うぐっ‥‥‥とう」
しゃっくりが出て、上手く言えなかったが、伝えることはできた。
「ああ」
お兄さんは短くそう返してくれた。
************
想定外の事もあったが、何とか事件は解決したようだ。
それにしても、あんな姿の坂本は初めて見た。
僕は彼をじっと見つめる。
「何だ?気持ち悪いぞ」
「いや、意外な一面が見れたよ」
「そうか、それほど俺の演技がすごかったか」
と誤魔化していった。
その言葉に恵理ちゃんは
「演技だったの?」
と悲しそうな顔をして坂本に尋ねる。
坂本はギクッと肩を上げて、必死で言い訳を探している。
やっぱり、意外な一面が見れた。
「照れてるだけよ」
唱がそう恵理ちゃんに言う。
事実、坂本は照れている。それは誰から見ても分かるくらいに。
「な、なぜ僕が照れなきゃならない」
「なんでそんなに必死なの?」
唱の純粋なのか、意図的になのか分からないが、その質問に坂本はそれ以上何も答えなかった。
「やっぱり、照れてたのね」
坂本がさっきのが演技ではないのが分かったことに安心したのか、恵理ちゃんは坂本にべったり、くっついている。
坂本は何も言わず、恵理ちゃんの好きにさせた。
僕たちは、あとの事を任せた校長先生を待つ。
しばらく校門で待っていると、校長先生と小学校の校長先生も来た。
そして、僕たちは恵理ちゃんの家に向かった。
家で働いていた恵理ちゃんのお母さんとお父さんに事情を全て説明して、小学校の校長先生、僕たちも深々と頭を下げた。
「ママ、お兄ちゃん悪いことしたの?」
恵理ちゃんがお母さんのエプロンを掴み尋ねる。
「どうして?」
「だって、お兄ちゃんたちが私を助けてくれたんだよ!」
恵理ちゃんは本当に嬉しそうに、まるで遠足から帰ってきたような感じだった。
「お兄さんたちも思うところがあるのよ。良いことをしても、どこかに悪いと事がある。それを直すために勉強をしてるの」
「そうなんだ」
「そう。さあ、家で恵理の好きなプリンを食べておいで」
「うん」
そう言って、恵理ちゃんは家の中へ走っていった。
「本当にありがとうございます。本当は、母親である私が最初に気づくべきなのに‥‥‥本当にありがとうございます」
お母さんは頭を下げる。
「それは、多分仕方がないと、僕は思います」
僕はいつの間にか口を開いていた。
「言いたくても、言えない。怖くて誰にも話すことが出来ない。そうなると、誰に頼ればいいか分からないくなります。でも、恵理ちゃんは、誰かが自分を見つけてくれると信じて今日も頑張ろうとしました。僕ならば、容易く命を捨てていたと思います。けど、恵理ちゃんはお母さんたちの姿を見て、生きようとしたんです。お母さんは、しっかりと母親としての生きる道を作っていたんです」
僕はそう言って、ポケットから紙を取り出す。
少し前に恵理ちゃんに見せたものとは違う紙を。
それをお母さんに渡した。
************
この手紙がママが読んでいるという事は、わたしは誰かに助けらて、生きている。
さいしょは、死にたくてたまらなかった。死にたくて、つらくて、消えてしまいたかった。
でもね、わたしはそれ以上に生きたいと思った。
ママはつらくてもがんばっていた。だから、わたしもがんばる。
もっと、ママとパパのプリンが食べたい。もっと、ママが笑うすがたが見たい。
だから、明日もあさってもがんばる。
************
もう一枚の紙にはお母さんの働く姿が描かれた絵だった。
その絵は小学四年生とは思えない画力でコンクールに出せば確実に賞を取ることは可能だろう。
しかし、これはコンクールに出すために書かれた物じゃない。
お母さんのために書かれたものだ。
それは、いろんな色がきめ細やかに描かれた絵から溢れ出すほど感じることが出来る。
「ほんとうに‥‥‥ありがとうございます」
さっきより、さらに深く頭を下げたお母さん。
その姿は、娘から大きな物を感じ取り、それを知った優しい母親の姿だった。
「ママ?大丈夫?」
心配して戻ってきた恵理ちゃん。
お母さんは恵理ちゃんに抱き着き
「ごめんね。ほんっとうにごめんね。それとありがとう」
「うん」
恵理ちゃんはお母さんがどうして泣いているかは分からないだろう。どうして謝って、その後に感謝をされたのか、それも分からないだろう。
けどそれを分かるときは恵理ちゃんが立派になったときだろう。
お母さんは恵理ちゃんを抱き着くをやめ、もう一度お父さんも一緒に
「本当に、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
とお母さんの後に、お父さんも頭を下げた。
恵理ちゃんは、お母さんの元から離れて、今度は坂本に抱き着いて、
「お兄ちゃん!ありがとう!大好き」
小さな子から一世一代の告白を受けた坂本は
「そうか、ありがとう」
坂本は恵理ちゃんの頭を撫でる。
「不思議なお兄さんとお姉さんもありがとう!」
恵理ちゃんにとって、僕はどういう存在なのか‥‥‥と言うのは気にしない事にしよう。
今は、素直な感謝を素直に受け取るのが一番だ。
そして、抱き着かれている坂本は、今も恵理ちゃんの頭を撫でながら、微笑んでいるように見えた。
安心して嬉しいのが、彼の顔を見れば一目瞭然。
彼の意外な一面は、いじめや差別という概念を嫌い、どんな障碍者でも生きる意味を持たせ、助けてあげる。
当たり前のことだが、普段の坂本から考えると意外過ぎる一面と言うべきか、それとも、それが坂本の本当の姿なのかもしれない。
それは、僕たちが知るものではない。その理由もない。
―—坂本太助は、坂本太助なのだから‥‥‥。
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