第1話

蒸し蒸しとする暑さに目を覚ました。

六月上旬。この季節になると湿気が上がり、気温は二五度以上にもなる。

そんな時期の朝は目覚めが悪いようで良いような。

蒸し蒸しする暑さで目を覚ますには嫌だが、早く起きることは体にいい。

そう思うとこの季節はすごく中途半端だ。

そろそろ、冷房を使おうかと思っている。

隣のペットたちの部屋はもうすでに冷房が付いている。

暑さに弱いペットがいるからだ。

頭の中ははっきりと起きているようだが、体はぐっすりとねている。

「——ッん」

どこからか声が聞こえた。

僕は気にしないで寝がえりをしようとしたとき、太ももに嫌なものを感じた。

僕の太ももは僕の太ももより細い何かに挟まれていた。

その細い何かが上下に動いたとき、はっと目を覚ました。

目の前には唱が寝息を立てながら寝ていた。

僕の太ももにさらに腕は、彼女に抱きしめられていた。

しかも、僕の腕は何か柔らかいものを感じた。

見てみれば、彼女は僕の腕を胸に押し当てていた。

大半の男子が喜ぶシチュエーションなのだが、僕にとってはただのドッキリでしかない。

「唱さん、起きてください」

「——ッん、んん」

さっきの聞き流した声は彼女の声だったのか今分かった。

「早く起きてください」

「——うんん」

彼女は呻きながら、やっとゆっくりと目を開けた。

寝起きの彼女の顔を可愛らしい顔をしていた。

彼女は何回か瞬きをして、しばらく沈黙が流れた。

「‥‥‥なんで春樹がここにいるの?」

「その言葉をそっくりそのまま返すよ」

彼女はやっと僕から離れ体を起こした。

僕も同じように体を起こして、背伸びをした。

そのついでにあくびも出てしまった。

そのあくびが移るように彼女はあくびをした。

「ここ、春樹の部屋」

「そうだ」

「私は、春樹と寝ていた」

「誤解を招くことを言うな」

「私は春樹におか

「犯していない」

即答で否定した。

僕はそんなことに一ミリも興味がない。

なんせ感情がないからだ。

「私は、なんで春樹の部屋に?」

「こっちが聞きたい」

また、沈黙が流れた。

しばらくして、彼女は微妙に頬を赤く染めて、急いで部屋を出て行った。

その瞬間、僕は慌てて自分の体を触っていろいろ確認をした。

「何もされていなかった」

安心の声を勢いで漏らしてしまった。

僕はクローゼットを開けて、クローゼットの中にあるタンスを開けて、服を取り出した。

そして、部屋着から私服に着替えた。

そして、少しぼさっとした髪を掻きむしりながら一階に下りた。

そして、洗面所で顔を洗った。さっぱりと目を覚ます。

ぼやぼやした視界ははっきりとした視界になった。

僕は台所へ移動し、ペットたちのご飯、二階でまだ寝ている、仁先輩、詩穂先輩、詩織、多分起きている唱に、父さんに母さんの朝食を作り始めた。

「今日はサンドイッチかな‥‥‥」

そうつぶやきながら、台所の奥に扉から外に出た。

スリッパが地面に擦れる音を立てながら歩いた。

しばらく歩いてたどり着いた場所は、僕の畑だ。

僕の家は普通の家の二倍以上の敷地が広い。そのための、一部は僕の畑になっている。

その隣には、数匹の鶏とウズラがいる。

僕はそこに行く前に、畑に水をやった。

「そういや、今週雨降るな」

僕は水をいつもより少なめにした。

その後、目的の鶏とウズラの小屋を覗いた。

小屋の中には、何個か卵が入っていた。

その卵を取り、台所へ戻った。

僕はその卵を洗って、冷蔵庫に入れて、他の卵を取り出し、ハムとチーズとマヨネーズも取った。野菜室からはレタスにトマトを取り出し、棚から、ツナ缶と食パンを取った。

これで大体の食材はそろったところで、料理開始。

まず、ガスの元栓がある、引き出しを開けて、元栓を開ける。そのついでに高さのある鍋を取り、水を入れてその中に卵を入れてガスを付けて卵の殻の下の部分をフォークで軽く叩き、その卵を茹でる。その間に食パンの耳を包丁で切って皿に一旦置いた。

また、引き出しから、今度は普通のフライパンを取り、油を少量入れて鍋とは別のコンロに火をつけた。

そして、ボウルに卵の黄身を入れて、卵白と卵黄がしっかり混ざるよう、そして効率よくするために速く混ぜた。

その混ぜた卵をちょうどいい具合に熱くなっているフライパンにそそぐ。

注いだ後、二つ目のボウルに水を入れ、そこに鍋に茹でられている卵を取り出して、水の入った卵を入れる。

卵を冷やしている間にフライパンの卵を軽く混ぜる。

その後、冷蔵庫から、昨日洗っておいた米を炊飯器に水と一緒に入れて、ボタンを押す。リズムのいい音楽が流れた。

次に冷凍庫から冷凍アジを取り出して、さっき卵をゆでた鍋に入れてアジを茹でた。

フライパンの卵は良い感じに炒めれているので、半熟状の卵をフライパンの隅に集めて、トントンと宙に浮かしながら転がして形を整えた後、皿にのせて一品目の『オムレツ』が完成。

そして、茹でた卵の殻をむいて、その茹で卵全部をヘラで潰した。

本当はポテトサラダとかで使う専用に料理器具があるのだが、買うのが面倒なので家にはない。

その潰した茹で卵にマヨネーズに塩コショウを少々入れ、それをあらかじめ準備していた耳が付いていないパンに乗せて、レタスを軽く洗い、そのレタスも乗せる。これで二品目の一種類目、『卵サンド』が完成。

同じくツナ缶にマヨネーズを入れて、『ツナマヨサンド』の完成。

今度は、食パンの上にレタス、トマト、薄く切ったチーズをのせて、マヨネーズとからしを混ぜた、からしマヨネーズをかけて、またレタスを乗せ、パンを乗せて『サラダサンド』が完成。

これで二品目が完全に完成。

これを、人数分を作る地獄を誰でもいいから救ってほしいと願うばかりな自分がいた。

そんな事より、茹でていたアジが柔らかくなっているので、取り出して、食べやすいサイズにパッと専用包丁で切って、シャッチの皿に入れる。

冷蔵庫からサケを取り出し、サケを油をバターを引いたフライパンで表側をしてにして焼いく。

その間に別の鍋に水を入れて、負っと直前まで待つ。冷蔵庫から豆腐を取り出し人食いサイズに切り、その豆腐とわかめを一緒に沸騰直前まで待った鍋に入れて、そこに味噌をお玉の上で溶かす。これで和食組の一品目の『みそ汁』の完成。

そうしているとサケも焼けてきたのでサケをさらに移して、醤油、みりん、バター、レモンのしぼり汁を混ぜた、バター醤油ソースをひと煮立ちして、サケにかけて、二品目の『サケのムニエル』の完成だ。そうしているとご飯が炊けた音楽が流れた。

そして、和食グループの朝食も完成したので、次にペットたちのご飯だ。

それぞれの皿を用意し、それぞれのペットフードを入れて、ウズラの茹で卵を一緒に入れて完成。

後、リークは充分に成長したのでペットフードにお湯を入れて最近はそれを食べている。

そして全ての料理が終了。

後は大量にある洗い物を片付けるだけだ。

食器洗いは、一五分くらいで終わった。

その時にちょうどみんながリビングに集まった。

「おお、相変わらずさすがだな」

「料理が出来る男子はモテるよ!」

朝からテンションが高い詩穂先輩に、少し寝起き感が出ている仁先輩。

休日なのになぜみんな早起きなのかと言うと、修正部、全員参加の地域清掃があるからだ。

僕は智夏に言われたのもあるが、顧問の高橋先生からの指示で修正部が強制参加することが昨夜決まったと報告されて、修正部全員でブーイングしたのを思い出す。

特に坂本がひどくブーイングしていた。

彼が言うには、「なぜ、こんな蒸し暑い中、外に出なければならないのだ!」とただ、外に出たくない一心で先生に反論したが、珍しく先生が勝利した。

現在、坂本は黙々と朝食を食べているが不機嫌そうだった。

さすが引きこもりだ。反論の理由が幼稚すぎる‥‥‥。

彼が修正部に入部されている理由がよく分かった。

だが、彼が機嫌が悪い理由がもう一つあることに気が付く。

「先生はまだ、寝ているのか?」

「京子なら、寝ているわ」

「——ッ‼」

「そうか‥‥‥」

さっきの彼の反応で分かった。

強制参加と人に言っておいて自分は爆睡するという先生に怒っているのだろう。

「まあまあ、京子さんは昨日遅くまで授業の資料まとめていたんだから」

と仁先輩がここにはいないが先生をフォローする。

「俺も昨日遅くまで、G社の依頼をやっていた。それでも、俺はちゃんと朝、起きている。その差はなんだ」

これは完全に怒っている。

「俺は言うだけ言っておいて自分はまったくしない女が一番嫌いなんだ」

これ以上言いあっても、坂本の口が止まる気配がない。

あと、箸を持つ手も。

それは仁先輩も同じだったようで、仁先輩は大きくため息をつく。

「ため息をつくと、五年、寿命が縮むわ」

空気が読めない唱。

「唱は、のん気だな」

「ん?」

何のことが全くわかっていない様子だった。

彼女には早く常識を教える事が良さそうだ。

「ん~、青春だな」

「「どこかだよ」」

ここにも空気が読めない人間がいた。

その驚きで反射的に口調が悪くなる。

そして、坂本と声が重なる。

今日は朝から気分がよくない。嫌になるぐらいの快晴なのに、これじゃ、台無しだ。

だが、こういう日に限って、長時間外で日に焼かれらなければならない。

いろいろと面倒でよくない事が続いている。これ以上に悪いことが起きない事を願っておこう。

それからと言うと、先生は僕たちが朝食を食べ終わるころに起きて行き、現在、坂本に説教されている。

僕はと言うと、朝食で使った皿を洗っているだけなのだが、

「唱は何がしたい」

ずっと僕の近くにいる彼女はずっと離れようとしない。

「気にしないで」

「気にするよ」

彼女はただ、僕の邪魔をしたいようにしか思えない。

「僕の邪魔はしないでくれよ」

「大丈夫よ」

一様忠告した。

彼女の事だから何するか分からない。

元々、表情が読めない彼女、僕はまだ彼女の対処法を覚えていない。

そのため、目を放せば非常識な事をして、物事を大事にしてしまう。

僕は彼女の兼世話係になってしまったのだ。

いや、僕が兼を使うのは間違っているな。

あ、でも、小説家兼、彼女の世話係‥‥‥

兼、彼女の世話係何て、誰にも言いたくない。

ただただ、恥ずかしいだけだ。

もっとかっこよく『兼』を使いたい。

そんなどうでもいいことを考えているうちに皿洗いは終わっていた。

部屋に戻ろうと、階段を上る。

自室に入り、PCに電源を入れて立ち上げる。

「なんで、僕の部屋にいるの」

「そのくだり、飽きたわ」

「飽きるほど、言った覚えはない」

「二回も言ったわ」

「さっきの合わせてだろ」

彼女と話すことは並みの精神力じゃ、不可能だろう。

例えば、大地。

‥‥‥いや、なんだかんだ言って、大地なら、会話できそう。

というか、会話しているところしか浮かばない。

次は山本だが‥‥‥うん、ダメだな。

彼女と山本が会話すると話がかみ合わない事が容易に想像できる。

これが本当に正しい結末なのだが、例外もいないわけでもない事が分かった。

「そろそろ、部屋から出て行ってくれないか?」

「なぜ?」

「集中したいから」

「わかったわ」

彼女はそこから喋ることはなく、かといって、部屋から出て行こうとはしなかった。

彼女は日本人だよな。

いろいろと不安になってくるのだが。

まあ、先生が日本人だから彼女も日本人なのは分かる。

「I'm Japanese.」(私は日本人です)

「分かっている」

「Way are you making that face?」

(なら、なんでそんな顔をするの?)

「危ういからだ」

「Don't worry.」(心配いらないのに)

「Man, will you speak in Japanese?」

(いい加減、日本語で話してくれないか)

「わかったわ」

僕はそこまで英語が得意ではない。基本的な単語に正しい文法で並べて言っているだけだから。

それに比べては彼女は国際科。将来、海外関係で働く人が入る学科で、英語に特化している学科。

そんな学科とまともに話が出来るわけがない。

今は、彼女が分かりやすように言ってくれただけだと思う。

それより、小説を進めなければならない。

彼女の事は諦めることにしよう。

幸い、静かにしてくれている。

湿り切った部屋には、キーボードが叩かれる音が響き、時折、窓から涼しい風が吹く。その風は、僕の気分を和らげる。

そんなこんなで、時刻は、午前八時三六分。

地域清掃は九時から。

そろそろ、準備をしなければならない。

「春樹、倉庫から、道具取ってきて」

そう思っていた時に母さんが部屋に入ってきて言われた。

「わかった」

僕はそう言って、小説のデーターを保存して、PCの電源を切るようにシャットダウンをした。

僕はPCの電源が落ちたのを確認した後、一階に下りた。

「いいか?お前が何を言おうが俺は当分の間、あんたの睡眠を妨害しまくるからな。例え、あんたが教師でも手加減はしないぞ」

坂本の声がリビングで留まらず、廊下まで響き渡っていた。

「そんなに怒らなくても良いじゃない」

むすっと頬を膨らませて言った先生。その先生に対して坂本は。

「そんなに?」

脅すような目つきで先生を睨む。

「ひッ」

まだ説教が続いてみたいだった。

よくもまあ、あんなに説教していられるよ、と、僕は思ったのが半分。もう半分は、二人の会話を聞いて呆れている。

玄関を出て、庭に向かった。

鶏小屋の方へ足を進め、鶏小屋とは違う、大きな倉庫が庭の隅にあった。

その倉庫を開けて、中を覗く。

ホコリの倉庫内で舞う。

「ゲホッ、ゲホッ」

ホコリが舞ったせいで、咳が出てしまった。

どれだけ、この倉庫を放置していたのか。

見た感じだと、一年と半年くらい、倉庫の中は触られていないな。

ホコリは嫌というほどに、物の上に重なっている。

そんな倉庫から、剪定用の大きいはさみを三本、鎌を五本、ごみを拾うためのトングを八本を取り出した。

なぜ、こんなにトングがあるのかだけが一番の謎だった。

「ミャー」

聞き覚えのある猫の鳴き声。その声の主は

「チーク、相変わらず暇そうだな」

「シャー」

怒られてしまった。

だが、暇そうなのは変わりはない、はずなのだが‥‥‥。

どこか様子がおかしいチーク。

もしかして、

「ついにチークに春が‥‥‥」

そうつぶやくと、僕はチークに哀れな目で見つめられた。

彼からは

『バカなのか』

と言われる。

「だよな。チークに春が来るとは思えない」

『いや、子供が出来た』

突然の報告に

「お前もか⁉」

と声に出してしまった。

『お前も?』

「ああ、悪い。こっちの話だ」

それにしても、このチークに子供が出来るなんて。驚きしかない。

「ところで、相手は?」

そう尋ねた瞬間、彼はそっと目を逸らす。

「まさか、駆け落ちじゃないだろうな」

『本当にバカなのか?』

猫のくせに、凄く生意気な口調なのだが、今はそれどころではない。

「じゃあ、出来ちゃった婚?」

『俺の主がこんなにバカだとは思わなかった』

「酷い良いようだな」

『違うのか?』

そう聞かれると、何も反論できず、黙り込んでしまう。

『ほらな』

呆れるチークは、ため息をこぼすように、あくびをする。

『それより、これから、なんかあるのか』

「地域清掃があるんだよ」

『ちい‥‥‥何それ、美味いのか?』

「ああ、美味しい美味しい」

『マジか⁉』

「真に受けるな」

僕がそう言うと彼はチッと舌打ちをするように呆れてあくびをする。

「眠いのか?」

『そりゃあ、この天気だとな』

「それな」

『バカな、主と共感したくねぇな』

「はいはい、すまない」

今気が付いたことだが、僕は他人から見れば、独り言の多い怪しい高校生にしか見えないだろう。

だが、ここは吉田家の敷地なので、誰も僕の独り言を聞くことはない。

「春樹、頭、おかしくなった?」

背後から急に声がして、心臓が一瞬跳ねる。

恐る恐る、振り返ると、そこには唱がいた。

彼女は心配そうに僕を見る。それは建前だけのようで、実際は厨二病の人を痛々しく、哀れな眼差しを突き付けるような目を彼女はしていた。

「唱、せめて、建前があるなら、本音を隠してくれ」

「まだ何も言っていないわ」

「言ってなくても、目で分かるんだよ」

「そう」

彼女はその先、何も言葉にしなかった。

ただ、僕をずっと見つめていた。

『可愛い子に、恥ずかしいところを見られたな』

チークにそう言われ、反射的に

「誰のせいだ、誰の」

そうチークに向かって言い放った。

チークは僕の背を見せて、

『出かけてくる』

「昼までに帰って来いよ」

『分かっている』

そう言って、彼は僕たちの前から姿を消した。

「春樹は、独り言が多いのね」

「——うッ‼」

心にえぐられるような言葉を突き付けられて、心が痛む。

前言撤回。

吉田家の敷地内でも、独り言は聞かれてしまう。


その数十分後。

僕は仁先輩と、拓斗先輩に爆笑された。

「今、どんな気持ち?なあ、どんな気持ちだ?」

と茶化される僕。

だが、僕には感情がないため、何も思わない。

こういう面では、感情がなくて良かったと思える。

「誰と話していたんだ?」

「チークです」

「ぶはっ‥‥‥」

「猫と‥‥‥ね、猫と‥‥‥」

お腹を抱えて笑う二人。

そんな二人を見ていると呆れてくる。

「そんな事より、準備が出来たので、そろそろ行きましょう」

「そだね」

詩穂先輩が、お腹を抱えて笑う二人を哀れな目で見ていた。

そんな詩穂先輩を見たのは初めてだ。

「春樹」

「どうした?」

振り返ると、唱が鎌を僕に向けていた。

「何をするつもり」

「草刈り」

「なら、僕の刃先を向けないで」

彼女に刃物を持たすとまた、何かやらかしそうで、刃物は全て、僕と詩織、詩穂先輩が持つことになった。

僕たち修正部と顧問、僕の父さんと母さんのメンバーで家を出た。

家の前には、先回りをしていた、優しくて強いチップ。泳ぎが得意のシャッチ。最近よく走り回るようになったリークの三匹がいた。

「まさか、この子たちも連れて行くのですか?」

「本人たちはその気みたいなので」

驚いている先生にそう返答して、僕は三匹にリードを付ける。

彼らはすごく楽しそうだった。

まるで、今から遠足に行く幼稚園児みたいに。

「地域清掃に、ペットを連れてくる人なんているんですね」

「いや、先生。これは春樹後輩がおかしいだけだから」

先生の驚きにツッコミを入れる仁先輩は呆れ気味だった。

一方坂本は、さっきからずっとiPadから目を離さない。

プロのプログラマーは、どこに行ってもやることがすごすぎる。

いや、これは坂本がすごいのか‥‥‥。

僕の視線に気が付いたのか坂本は一瞬僕と目が合うがすぐに、坂本はiPadに視線を戻す。

相変わらず素気がない。誰か、坂本を修正してくれ‥‥‥。

そんな人はこの世界には存在しないだろう。

なんせ、あの見た目で、あの態度だ。そんな奴、誰も話す以前に接する事すらしないだろう。

そんなこんなで、僕の家から一番近く、僕の区域の中で大きい公園に着いた。その場所は、学校にも近いため、岸川北公園という名が付いている。

この辺では北公園と呼んでいる。

多分、この岸川町で「北」が付く公園が存在しないから「北公園」と定着したのだろう。

『え~、九時になりました。今日は岸川橋の河川敷を主に掃除していきますが、蛇やムカデ、有害な植物なのには気を付けて行ってください。それでは各自清掃を始めてください』

スピーカから、低く強そうな声が公園中に響く。

彼の声で、公園に集まった人はぞろぞろと動き始める。

「俺、ごみ袋と、軍手取ってくるわ」

そう拓斗先輩は言って、軍手とゴミ袋、トングや鎌などの道具が置いてある、長机に向かって行った。

しばらくすると拓斗先輩は両手いっぱいに人数分の軍手、ゴミ袋を持って来た。

僕たちは、拓斗先輩からその軍手をもらい河川敷へ向かう。

徒歩で一〇分程度もしない距離だが、少し遠く感じる。

「そういえば、四月のころを思いだなあ」

突然、仁先輩が過去の話を始める。

「確かに、四月と言えば、唱たんにリーク、たっくん、しおりんが入部したつきだね!」

どこか嬉しそうな詩穂先輩。

確かに今年になって、修正部員の部員数が増えた。

強制定期に入部させられる部活が、自分から入る人なんてそうそうそういないだろう。

人数が増えることは嬉しいことだが、修正部員に真面目な人種は一人たりともいない。

もちろん僕もそうだ。

「リークと言えば、春樹後輩の推理。いやー、あれはすごかったな。あの依頼は、春樹後輩しか解けなかっただろうな」

僕の感心してくれている仁先輩。

「それ、俺知らないわ」

あの依頼は、拓斗先輩がまだ入部する前の事だから、拓斗先輩が知らなくて当然だ。

「確か、リークのお母さん、ココアちゃんを探す以来なんだけど‥‥‥」

そこから、仁先輩が数か月前のエピソードを話始めた。

仁先輩は、あの時とは少し話を盛って熱く語っていたのだが、僕からしたら、とても恥ずかしくて聞いていられなかった。

その話は、清掃中も仁先輩と拓斗先輩は話していた。

一方、それ以外の修正部員は重労働でさらに、この蒸し暑さ。

朝から、凄く汗を掻く。

「結構、生えているね」

詩織の言う通り、リーク達と出会った四月に比べると、だいぶ雑草が生えている。

少し奥に行けば、地面が見えない、僕の腰辺りまで伸びた雑草もある。

それに、雑草を刈るのが地域清掃ではない。ゴミ拾いをして、綺麗にしてこそ地域清掃なのだ。

「ッたく、本当ななんで俺が参加しなければならない」

未だに文句を言う坂本。

坂本は首元の汗を拭っていた。

本当に今日は暑い。

それに比べれば

「いいな~。私も泳ぎた~い」

そう言うのは詩穂先輩。詩穂先輩は川で楽しそうに泳いでいる、チップとシャッチ。リークは浅瀬ではぴょんぴょんと川に怖がっているのか、楽しいのかよく分からない。

そう、彼らの本当の目的は散歩ではなく、川遊びだったのだ。

「ん~、腰が痛いな~」

背を伸ばし、腰をポンポンと叩く先生。

確かに、この重労働は若い僕たちでも苦しい作業だ。

なのだが、なぜか僕より、はるかに年を取っているはずの商店街の人たちはサクサクと作業を進めている。

積んできているもが違うのだろう。

改めて大人の凄さを感じた。

「キャー‼」

僕の背後から響いたのは先生の悲鳴。

そんな先生はすぐ近くにいた唱の後ろに隠れていた。

「どうした」

「春樹、蛇」

「僕は蛇じゃないぞ」

何となく現状を理解した。

僕は唱と先生のもとに行くと一匹の蛇を見つけた。

「あー、マムシだな。噛まれると少し危険だから、気を付けな」

僕はそう言って、マムシの首元を掴んであらかじめ用意していた小瓶の中に入れる。

「それにしても先生って爬虫類苦手なんですね」

「確かに私は理科の教師ですが、私も一様、女です。こういうのは苦手なのですよ。特に多足生物は」

いや、今回は足一本もありませんでしたよ、何ていえる気がしなかった。

「それ比べて、唱は大丈夫なんだな」

僕が尋ねると、彼女は何も言わずただ首を横に振る。

僕は彼女の足を見て言見ると、分かりやすく震えていた。

どうやら、この中で一番怖がっていたのは唱だったようだ。

なんせ、声も出ないほどになっているのだから‥‥‥。

僕は何も言わず彼女の近くに歩み、彼女の膝裏、背中に手を回し抱きかかえた。

「とりあえず、落ち着くまで休もうか」

彼女は僕から目を逸らし頷いた。

それより、二人が蛇がダメなんて気づかなかった。

なんせ僕の家にも蛇がいるから。

そういえば、詩織も最初ダメだったが、今は慣れていそうだった。

「あれ、お兄ちゃん。唱さん怪我したの?」

噂をすれば、ってくらいいいタイミングで声を掛けてきた詩織。

「怪我はしてないんだが、蛇に腰が抜けたみたい」

「そうなんだ。でその蛇どうしたの?」

「ああ、小瓶に入っているよ」

そう言って、何とか腰につけていたカバンから蛇の入った小瓶を取り出すことが出来、詩織に見せることが出来た。

「ッひ⁉」

どこからか情けない声を上げた詩織。

あれ?蛇慣れていたんじゃなかったけ?

僕は唱の方にも目をやると、彼女は僕の腕の中で青ざめていた。

「なんでうちにもヤマタがいるのに、ダメなんだ」

ちなみに、その蛇の名前が「ヤマタ」。

伝説の八つの首が付いている大蛇、ヤマタノオロチの一部を取って、ヤマタになった。

本音を言えば、ヤマタを買ったとき、僕はヤマタノオロチにはドはまりしていたのだ。

「ヤマタと違って、野性味があるからダメなの」

「どうなのか」

一様唱にも尋ねる。

彼女は首を縦に振る。

なるほど、野性味がダメなのか‥‥‥。

確かにヤマタと違って、目つきがきつい。模様も渋い茶色に木目のようにところどころに模様がある。

言われてみれば、ヤマタと大分違う。

僕は蛇の入った小瓶を腰に巻いてあるバックに戻す。

「ごめん言われないと気が付かなかったよ」

僕はそう言って、詩織と唱に謝る。

詩織はもうと頬を膨らまして怒る。

一方唱は、怒るどころか気絶寸前まで青ざめている。

僕は唱を川辺で遊んでいるペットたちの近くに橋でできた陰に彼女を座らせる。

「少し待ってて」

僕はそう言って、近くにいた拓斗先輩の元へ走り

「すいません。唱が――」

カクカクしかじかとさっき有ったことを説明する。

そして、拓斗先輩からスポーツドリンクをもらって、唱の元へ戻る。

「これ、時々飲んで。今日は特に暑いから」

「うん、‥‥‥ありがとう」

「じゃあ、僕は戻るから」

そう言って、僕は作業を再開した。

たったの数分彼女の事で時間を使っただけで、商店街の人たちはすごい量の雑草を刈っていた。

それから、数十分。草刈りはほとんど終わり、ゴミ拾いに作業を変えていた。

雑草を刈ると、落ちているゴミが余計に目立つ。そんなゴミをついでに拾いいているのだ。

その手伝いをチップたちもしてくれている。

「春樹」

「どうした?」

唱に声を掛けられたので何かと尋ねるように言う。

「これ」

彼女から渡されたのは、小瓶だった。

正確には、紙が入った小瓶。

何が書かれているのか気になり、ふたを開ける。

そこに書いてあったのは

『死にたい』

小学生みたいな文字だった。





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