第149話

 

「は、あ、クソ……どうして……」

 

 上手くいかない。

 アリエルを殺せるはずだったというのに。何故、自分は幸せになれない。オスカーには分からない。運がなかったなどと諦めたくなどないと言うのに。

 壊れたデウス・エクス・マキナから抜け出し、彼はボロボロの世界を見る。デウス・エクス・マキナが破壊されたことにより意気消沈とし、幽鬼のようにゆらりと立ち上がったトムの姿を一瞬だけ認めて、直ぐに近づく足音の正体へと視線を変えた。

 

「オスカー副団長」

「……変わらず、その目か」

 

 憎悪が足りていない。

 殺されかけたと言うのに。

 オスカーは既に諦めている。どうしたところでアリエルには敵わない。彼女を殺すなど既に不可能だ。

 大人しく、諦めよう。

 

「説教か、怪物が……人間に」

 

 蔑む様な目でアリエルを見ながらオスカーが言う。

 

「お前の話はウンザリだ。聞きたくない」

 

 自分の全てが否定されてしまう様な感覚がして、受け入れ難い。

 

「私は、人間です」

 

 アリエルはオスカーの言葉に対して訂正を入れる。アリエルがオスカーに掛けられる言葉など多くない。

 

「…………」

 

 アリエルが人間であることはオスカーには分かりきっている。純真無垢な子供の様な女性である事をオスカーは知っている。

 だから。彼は彼女を殺したくて仕方がなかったのだ。

 

「それに説教なんて……」

 

 出来るはずがない。

 何を教えると言うのか。この男に幸せがどの様なものか、愛が何たるかを説いたところで、ただ嫉妬が、怒りが膨れ上がるだけだ。


「…………」


 彼女の心情などオスカーは考慮していなかった。ただ、オスカーは彼女を幸せそうとしか認識していなかった。


「俺はお前と話すことはない」


 突き放すように告げる。

 彼女の目も、言葉も何もかもがオスカーには欲しくなどないのだから。

 

「アリエル・アガター。俺はお前が──」

 

 彼の言葉は続かなかった。

 これはオスカーの判断に因るものではない。彼は間違いなく彼女を否定しようとした筈だ。躊躇いなどあるはずがない。


 ──パァンッ!


 甲高い銃声が響き、オスカーの側頭部を弾けさせた。トリガーを引いたのは硝煙の立ち込める場所からも明らかで、トムが拳銃を片手に握っていた。

 無抵抗に地面に向けてオスカーの身体は傾いていく。

 

「オスカー……お前が悪いんだ。お前が自分勝手に動きさえしなければ!」

 

 エイデンが生きていたのなら、もっと別の結果があったはずだ。オスカーがあんな事を言わなければデウス・エクス・マキナが壊れる事などなかったはずだ。

 

「私の研究を! エイデン社長の夢を! 戦争の終結を! お前がお前が、お前がお前がお前がお前がお前おが前が……お前が!!」

 

 カツカツと神経質な様な早歩きで倒れ込んだオスカーに近づき執拗に蹴り飛ばす。呆気にとられていたアリエルは数秒ほど遅れてようやく動き出し、トムを押さえつける。

 彼は今回の件の重要参考人となるだろう。

 

「離せ! 小娘!」

 

 先程の銃声とトムの暴れ、叫ぶ声にクロエとカタリナも集まってくる。

 

「私は! 私は! 間違っていない!」

 

 クロエとカタリナは静かに男から目を逸らした。それはこの男が自身と同じ技術者だと認めたくなかったから。

 

「オスカー・ハワード!!」

 

 死人を呼ぶ声は何よりも虚しく響いた。

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