第147話
右の手首を掴む確かな感触がある。
「あ、アリエルちゃん!」
踏み潰されぬ様にアリエルの後ろを必死にカタリナは追いかける。頭上から振り下ろされる巨大な足はスレスレを通り地面を揺らす。振り下ろした足の力のせいだろう。発生した地下全体を揺らす大きな揺れにカタリナは倒れそうになるがなんとか持ち堪える。
「カタリナさん! こっちです!」
アリエルの手を取り、また地下の空間を逃げる為に走り回る。こうして彼女たちが生きていられるのはデウス・エクス・マキナの挙動が遅く、精緻に欠けているからというのがある。
「わっ、わあっ!」
「どうしました!?」
「は、早い……よぉ!」
アリエルの走る速度がカタリナの身体能力に適した物ではない。トップアスリートの速度に一般人は追従できるはずもない。幾ら手が引かれようとも、足を引っ張るだけだ。
「む、り……無理無理……ぃ」
足が動かない。
息も切れ切れ。
──だって、しょうがないじゃん。
言い訳なんてみっともない。
けれど心の中で弱い自分を少しでも悪くないと思わせる為にはこうするしかない。
──運動してないんだし。
これで死んでしまうとなったって。
カタリナの頭がどれほど死の恐怖を訴えたところで身体の限界がある。次第に彼女の頭はここで死ぬことの言い訳を考え始める様になっていく。
──そうだよ。
カタリナは死を受け入れる準備を始めていた。
「はっはっ……こっ、はぁ……ひゅっ、ひゅぅ」
彼女はこれまでに誰かによって何度も命を救われた。その結果にシャーロットが死んだ。なら、ここで死んでしまうのも運命だった。偶然、シャーロットの死でカタリナは生き延びただけ。
だから、そうだ。
──私はここで死ぬんだ。でも、でも。
「アリエル……ちゃん」
手を解いてアリエルを突き飛ばす。
「ご、めん。私の事は……いい、よ」
動けないから。
元々、オスカーの狙いはアリエルだけだ。ただ、逃げるにはカタリナの能力が足りなかった。デウス・エクス・マキナという障害はあまりにも大きすぎる。
威容も、規模も、全てが恐怖を与える。
「カタリナさん!」
アリエルは叫ぶ。
死なせたくないとアリエルは願う。伸ばした手が、彼女には届かない。
巨大な足の影が覆う。
「ほら……アリエル、ちゃんが」
生きているならと諦めも希望も優しさも詰まった笑みを浮かべて、彼女の体は地面の染みになるだろう。
──これでいいんだよ。
恋した彼女を守れるなら死ぬ意義があったと思える。可愛いを守って死ねるなら、きっとこれは正義だろうと誓って言える。
泣きそうになっているアリエルの顔がスローモーションに見える。
自分のために好きな人が悲しむのは嬉しくて、少しだけ胸が痛む。
「ごめんね」
しかしデウス・エクス・マキナの右足が地面につく事はなかった。突如として壁を破壊しながら突撃してきた黒い巨人の右手により殴り飛ばされたから。
──ズゥウウウウンッッッ!!!
大きな音を立て、デウス・エクス・マキナが吹き飛び倒れた。
「え?」
覚悟を決めていたはずのカタリナは涙がうっすらと滲む瞳を開き上を見て、ヘナヘナと崩れ落ちた。
「な、何で……」
カタリナの疑問は一つ。
自らの生存のことではなく、プロトタイプと紹介されたチェスの黒いポーンの様なソレが機動していること。
「プロト・デウスが何故……!?」
誰よりも驚いていたのはトムだ。
目を見開き失敗作の筈のプロト・デウスを見上げてヒステリックに叫ぶ。
動かせるはずがない。
あれは設計段階で致命的なミスがある。
「アレを動かせる存在などいる訳がない! そんなもの! 人間なんかではない!」
本来、巨大人型兵器は外殻の箇所が重量のほとんどである。だが、プロト・デウスは四十メートル弱という大きさでありながら、どんな巨大兵器よりもパイロットに身体能力を要求する。
その重量故に。
「なら、化け物だったって訳だね。ユージン・アガターは」
ゆっくりとクロエが扉のあった場所から現れる。
「お、おばさん!」
久しぶりの再会に思わずアリエルが大声を上げた。
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