第146話

「このデカさ……懐かしいモンだな」

 

 ユージンの見上げる先には巨大な黒い人型。

 破壊された小さな警備ロボットの残骸と、とある男の死体が転がる中でソレは座っていた。

 巨兵より少し離れた場所に女性が一人。横たわる彼女の姿勢はただ倒れた訳ではない様に思える。骨が折れ、顔も出血の跡が見られるが死に至る程ではない。

 

「ちょっと……ユージン。これ」

 

 クロエが男の遺体の近くでユージンを呼ぶ。

 

「あぁ?」


 ユージンは呼ばれた方へとツカツカと歩み寄る。


「これ、エイデンじゃないの?」

 

 頭部と胸部に穴が一つずつ。

 

「……みたいだな」

 

 ユージンがホテルのテレビで見た男の顔と一致する。

 

「どうにも黒だったか」

 

 これで全ての事件が解決するのであれば良かった。

 

「こんなところに居るって時点で黒確定か」

 

 しかし、彼が死んだ事実があれど事件の収束には足りない。あと一つ、問題が残っている。それは今立ち上がった。

 地響きが起きる。

 この感覚をユージンは知っている。身体が確かに覚えている。たったの一歩。それが踏み込むだけで周囲を揺らす。

 巨神の機動。

 

「ユージン」

「……なあ、クロエ。確認したいことがある」


 近づいてきたクロエにユージンは尋ねる。


「お前の本当の依頼はなんだった」

 

 確認しなければならない。

 アスタゴ内部の問題の解決が彼女のしたかった事なのか。

 

「……それ、今じゃなきゃダメ?」

 

 ズシン。

 また世界が揺れる。時間が足りない。

 

「この問題をどうやって解決するか……とか、そっちのが重要じゃないかな?」

 

 そんな物の答えなど出ている。

 

「俺がコイツを動かす」

 

 黒の巨神をポンと叩きユージンは軽々しく言って見せる。動かし方は大体わかっている。システムとしてはリーゼもタイタンも似たような物なのだから、この黒色の機械も変わらないだろう。

 

「……無茶するね」

「システム起動に関しては問題ないだろ。ロックもお前なら外せるはずだ」

 

 ユージンの問いに彼女はやれやれと言いたげに肩をすくめる。彼の言う通り、問題なく起動させられるだろう。

 

「この状況の打開手段は示した。だから答えろ。お前は何で金もパスポートも出し渋ってた」

 

 クロエはロックの解除のために手を動かしながらゆっくりと口を開く。

 

「人命救助……って言ったよね」

「覚えてねぇ」

 

 記憶を態々、深掘りしようと思わなかったからかユージンはキッパリと言い切った。

 

「これだから老人は……」

「だから何だよ」

 

 ユージンは冷めた表情で、作業を続けるクロエの背中を見つめる。

 

「──私はアリエルには普通の人生を送って欲しかった。……アリエルは生きられてもあと一、二年だけどね」

 

 アリエルの身体は死人から造られたクローンである為か、寿命が長くない。クロエの推測ではアリエルに残されている時間は短い。この事は彼女を分かっていたはずだ。

 

「……アリエルが死ぬまで俺をアスタゴから出すつもりはなかった、か」

 

 ユージンの言葉に対してクロエは申し訳なさそうにする訳でもない。

 

「そうだね。アリエルの事……罪滅ぼしにはならないけど。せめて最後まで人間らしい生き方をして欲しかったの」

 

 生まれに恵まれなかった彼女を、人間の様に扱い幸せだったと思ってくれるのなら、クロエの願いは叶ったと言える。

 

「嫌だった?」

 

 クロエはユージンへとチラリと目を向けた。彼の表情は変わらない。

 

「……納得しただけだ」

 

 何故、彼女がユージンの催促に従わなかったのか。彼としても彼女が契約を守るのであれば責め立てるつもりもない。

 ただアスタゴ内部での騒動の解決が目的であるとユージンが勘違いしていただけだ。

 

「そう。うん。ほら終わったよ、乗って」

 

 彼女の言葉に返事もせずにユージンは黒色をしたデウス・エクス・マキナに乗り込んだ。

 

「──起動」

 

 ユージンは右手でレバーを引く。

 今まで握ったどれよりも重たいレバーを力任せに引けば、神は動き出す。真っ赤な光が顔の中心に一文字に走る。

 赤のラインは瞳の様に。

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