第129話
泣き叫ぶ女性の声が遠のいていくのをシャーロットは感じていた。
立ち上がれない。
彼女の涙を止められない。
シャーロットはヒーローではなかった。
どんな子供も救えるヒーローになどなれはしなかった。汚い大人が嫌いだった。自分だけはどんな時も子供の傍に立っていようと思った。
結局、子供を救えた事など出来たのか。
必死に動いたのだ。
「ご……ん、ね」
彼女を撃ち殺したエスターも年若い少年だ。守るべき子供であった筈だ。
世界は理不尽に少年少女に厳しい現実を与えていく。
優しい先生になりたかったのだ。
「マッテオ、おじ……さん……」
シャーロットは空に手を伸ばす。
厳しい顔をして「馬鹿が」と罵りながらも、優しくしてくれた白髪の老夫。
「上手く……行かない、ね……」
彼女ができる事は、確実に行なった。
喩え、ここでシャーロットが死んだとしても無価値に終わる事はない。
復讐の鬼は未だに炎を揺らすのだ。
「っ!」
数発の弾丸は躊躇いもなく放たれ、容赦もなくエスターの右肩、左脇腹を撃ち抜く。
その場に彼はガクリと膝を突き、ゆっくりと歩いてくる黒に目を向けた。
「ミア・ミッチェルか……」
エスターは立ち上がる。
並大抵の人間ではない。痛覚がないのか、感覚が狂っているのか。気絶してもおかしくないほど。死んでいたとしても現実的なほど。
「テロの元凶は、オマエか」
底冷えするほどの殺気。
滅多に感じる物ではない。オスカーに鍛えられたエスターですら一歩引いてしまう程の。
「…………」
だが、勝てない筈がない。
エスターは男で、武器にも大した性能の差はなく、ほぼ全てのスペックがミアを上回っている。
この戦闘行為はシャーロットとの戦いの焼き回しと変わらない。
何より、アリエルを除いた『牙』の隊員で五分五分の戦いになるのは、オスカーに師事したフィリップと団長であるマルコ位の物だ。
この怪我も。
足は動くのだから関係がない。
「質問に答えなさい。テロの元凶は──」
「…………」
答える気はない。
必要のない確認だ。
エスターが構えを取り、ミアを説得しようとしないのなら、これ以上は何もいらない。
爆発的な速度でミアが加速する。
左右の揺さぶり。
狙いが定まらない。
何よりも身軽だからか、動きが早い。
「……っ!」
男としてのフィジカルの高さは肉弾戦では圧倒的なアドバンテージ。接近戦を仕掛けられたのなら、対応は可能。
銃よりも確実に。
「『牙』の通常装備は──」
ミアの右腕がエスターの左脇腹の辺りから振り上げられた。
鋭い痛みが走る。
「──ナイフと銃」
『牙』におけるナイフの使用率は高くない。
だが、殺傷能力の高さは流石に『牙』の装備であり保証される。パワードスーツを切り裂く程の鋭さだ。
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