第124話
「あの、安静にしててくださいね?」
カタリナはベッドに横たわらせたクリストファーに向けて訝しげな視線を投げかける。
「……分か、った」
クリストファーがカタリナの忠告を半ば聞き流しながら答える。
「本当にですよ。私、ちょっと会社行ってきますからね」
「あ、あ。そっちも気を、つけろ……」
クリストファーも心配だったのかカタリナに注意をする。カタリナ自身も昨夜の男の事があるからか、若干の不安もある。
とは言え、流石に昼間に攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
「あの……それで、私の……エクス社に怪しい人がいるかもしれないんですよね?」
何の確認かはすぐには理解できなかったが、クリストファーは肯定を示す。ただ、すぐに思い至った。
「ま、待……て……!」
その声は届かない。
既にカタリナは部屋を後にしてしまっている。クリストファーの身体も傷が深すぎて動かない。
扉が閉まる音が響く。
「よし……! 私だって」
できることはある筈だ。
クリストファーが動けない今、情報を多く握り最大限に動けるのはカタリナだ。
──何より、アリエルちゃんの事がね。
会社に向かいながらカタリナは思考を始める。まず、クリストファーの話と昨晩の男との会話を思い出す。
──アリエルちゃんが関わってるのは確定。
でなければエスターがカタリナを襲う理由が成り立たない。クリストファーが怪しいとして当たりをつけたのはエクス社内部の誰かである。
そして、エクス社内部で莫大な金を動かせる者に限定されるのは理解できる。そして、なによりも資金運用に於いて、怪しい動きがあった場合代表取締役であるエイデンが把握していない筈がない。
ならば、それを容認している可能性が高いのだ。
「……だよね」
会社の付近でピタリと足を止める。
入り口の付近からエイデンが出てくる。本来であれば、自らの所属する企業の代表を疑うなどあってはならないのかもしれない。
しかし、問題は一企業の話には止まらないのだ。アスタゴ全域、あるいはこの世界全てにおける問題になり得るのだ。
──どこ行くんだろ。
疑い始めた瞬間、確信はなくとも瞬間瞬間に脳内を過る疑念を否定はできない。
くるりとエイデンが振り返る。
「…………っ!」
慌てて身体を裏路地に押し込み隠す。
「ふむ……」
どうして隠れたのか。
堂々として挨拶でもすればいい。しかし、カタリナにはできない。彼女が無知であるのならできたかもしれない。ただ、彼女は情報を持ったが故に、緊張感すらも持ってしまった。
あの男を信じて良いのか、と。
クリストファーを完全に信じたとは言い難いが、少なくともエイデンを知らなければどうにもならない。
「あ」
──見失うわけには……! アリエルちゃん、私頑張るからね! 待っててね!
全てはアリエルの尊顔を拝む為。
ならば恐れる必要はない。
裏路地から一歩飛び出して、人にぶつかった。柔らかな感触だった。
感覚としては女の人。
「あいたた、ご、ごめんなさい」
──わ、私の決意をぉぉ……。いや、でも女の子だし……いや! ダメダメ! 私にはアリエルちゃんが……。こ、このぉ!
八つ当たり気味の怒りを覚えながらカタリナが顔を上げた瞬間、目に入ってきたのは黒色のパワードスーツに身を包んだ女性二人だった。
「あれ、カタリナさん?」
聞き覚えがある柔らかな声。
「え、あ、シャーロット……さん?」
差し伸べられた手を取ってカタリナは立ち上がる。
シャーロットとミアの向こう側には小さくなりつつあるエイデンの背中が確認できる。
「あ、シャーロットさん。すみません、私、今忙しくて!」
断りを入れてからカタリナはエイデンを追いかける。
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