第119話
ノースストリートはグランストリートに比較して住民も建造も少ない。とは言え、まるきり何もないと言うわけではない。
往来の中、銃を乱射するのは男だ。
顔も年齢も定かではない。
ただ、彼がアスタゴで破壊を行なっていると言うことだけが明らかで、『牙』が鎮圧するのに他の理由は必要ないだろう。
『ベル』
「はい」
『グランストリートは二人が向かった。君は冷静にノースストリートの鎮圧に努めてくれ』
「分かりました」
通信を切り、報告のあった地点へとベルは向かう。
目的の地点には、黒衣の男が見える。
「
挨拶と共に彼は振り返る。
「?」
「待ってたよ」
突然に掛けられた声にベルは首を傾げた。
「……どいつもこいつもさ。本気で演じようって気がないから困りモンだ」
やれやれとやや大袈裟に肩をすくめて見せる彼の手には二丁の拳銃が握られている。
「何の話だい?」
「いや、こっちの話さ。まあ、かく言う俺も人のこと言えなくてさ」
世間話をするような柔らかさで、瞬間に弾丸が放たれた。
「──覚えられたの挨拶くらいでね。
ベルが今まで戦ってきたのとは何処か違うような気がする。
「それにしても、厄介だな。それ」
表情は見えない。
ただ、男は苦々しげに呟いた。
「…………」
恐ろしい程の早撃ち。
狙いも正確。
「……こんなんなら貰っとくべきだったかな、アレ」
二発の弾丸がベルに放たれる。
「嫌になるぜ、全く。自分の持ち物じゃなきゃって言う職人気質」
それでも殺せていない。
この分では、どれだけやっても無意味だろう。
「……俺は別に君と戦わなきゃならない理由もない。追うなよ?」
「はっ! 冗談言うんじゃないよ!」
当然のようにベルには逃すつもりなどない。
「ふー、厄介だなぁ、本当」
『牙』は身体能力も強化され、何より彼の銃弾では貫けない。
厄介などと言うものでは無い。
「おっと、ごめん──」
ドン、と彼の背中に何か、いや誰かがぶつかった。
「……お前は口が軽すぎるな」
姿は相対していたベルと変わらない。
違いがあるのなら、それは背の高さと、性別であろうか。
パンッ!
乾いた音が響く。
「──ね、ぇ」
漏れ出たような、間抜けな音。聞いているこちらまで脱力してしまうような音。
煙の立つ黒い銃を下ろして、オスカーはゆっくりと男が来た方向へと歩き始める。
「ベル」
「副団長!」
疑いもなくベルはオスカーへと駆け寄ってくる。
「鎮圧は終わった」
「はい」
「君はグランストリートの応援に向かってくれ。オレは事後処理をする」
「分かりました」
信用しているのだろう。
だから、簡単に背中を向けられる。
「──君は、本当に素直だな」
冷たい弾丸が肉を割いた。
「ぐ、あぅ、あっ…………!」
右の太腿を撃ち抜かれ、バランスを崩しベルが転倒する。
「ふ、く団長……?」
血を垂れ流しながら彼女は縋るような目で、迫ってくる男を見上げる。
「…………」
余りにも無機質だ。
声も出さずに一定の速度で近づいてくる。逃げ出さないだろうと。分かっているからなのか。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
銃声の後、絶叫。
両の腿が撃ち抜かれ、彼女は地を這う。這いずって、距離を取ろうとする。
オスカーは無情にも彼女の左腕を撃ち抜いた。そして淡々と右腕に銃口を向けて、トリガーが引かれる。
「あっ、がっあああああ………!!!」
「………」
オスカーはゆっくりと見せ付けるように弾丸を再装填する。
「なんっ、で……」
「……違うな。何だろうな」
納得がいかないのかオスカーが呟いた。
満たされない。
どうしてなのかを彼も理解できていない。彼女はきっとオスカーを好きであった筈だ。それを彼も分かっていた。
愛されていた。
愛されていたと言うのに、足りない。
「副団、長……」
「うん? どうした、ベル」
普段と変わらない声色、優しい声でオスカーが尋ねる。
けれど、何もかもが違う。
「アリ、エルを……攫ったのは、副団長……です、か?」
オスカーはきょとんとしてしまう。
一瞬、ベルが何を言っているのかを上手く咀嚼できなかったのだ。
こんな死に際に。
「ああ、そうだな。オレとしても思う所はあったけどな」
「何で、こんな……事を」
彼女の問いに止めの弾丸を放ちながら、オスカーは答えを告げる。ベルの耳に届いたのかは分からない。
ただ一つ。
──愛、故に。
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