第118話

「本当に居ないのか」

「はい。ですから、クリストファーさんは当院には入院しておりません」


 飲み物を買いに待ち合い室まで来たアイリスの目には、黒髪の細い目をした男が誰かの所在を尋ねている姿が映る。

 どこかの誰か。

 誰かは分からないが、この光景を見てどうしたのかと話に入っていく者も中にはいるのかもしれないと、アイリスは視線を逸らしながらに考えた。


「……外れか」


 ポツリと誰にも聞こえない声量で彼は漏らした。

 期待していた成果は得られなかったが、概ね予想もできていた事だ。どの道、見つからずとも構わない。

 どちらであっても良かったこと。


「失礼するよ」


 オスカーは一言だけ告げてその場を後にする。外に出れば目に痛いほどの光が注ぐ、青空だ。

 眩しさに思わず顔を歪める。


「此処にも居ない、か」


 近場の病院を仲間の見舞いという名目で当たってみたがクリストファーは見つからない。ならば、のたれ死んだとしてもおかしくはない。

 そう思うことにしよう。

 僅かの心残りを感じながらも、心に区切りをつける。


「エイデン」


 徐に自らの上司に連絡を入れた。

 『牙』の上司ではなく、ファントムの上司に。もう一つの家族に。


『どうした?』

「オレの楽しみがまた一つ、なくなったよ」


 至極残念そうなオスカーの声色にエイデンは「そうか」と適当に相槌を打つ。


「なあ、エイデン。オレはアンタの計画に付き合うが、それでも嫌なことも多い」

『それで?』


 後悔が無いわけではない。

 万事、何事も上手くいくという訳ではない。計画である以上、文句を言えないこともあるのは承知だ。


「でも、まあ……悪くない」


 空想を描き、来たる未来を想像する。

 恍惚とした表情でエイデンの死に様を見下げる自分を。


『話はそれだけか?』


 素気のない声だ。

 計画に熱を出していたからか、それ以外の事に少しばかり興味が薄いのだろう。


「忙しかったか?」

『……これでも代表だからね』


 エクス社という企業の業務も普段通りに行い、尚且つ怪しまれぬようにファントムを動かさねばならない。

 中々に容易なことではない。


「悪かったな」


 オスカーが通信を切ろうとした直後に、エイデンが告げる。


『……ノースストリート、グランストリートに傭兵を送る』

「了解」


 通信を切り、さて、どうしたものかとオスカーは考え込む。

 もし、二人を相手取るとなった場合、昨夜の様に片方を逃す可能性もある。ならば、ノースストリートに一人を送り、確実に殺した方が良いか。

 残ったのは三人。

 まだ、この分だけ愛を確かめられる。

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