第109話

 

 歯噛みをするカイスの顔はよく見えた。アーキルの心も痛むような顔をしていた。今まで、彼の顔をよく見てこなかったのかも知れないと考えてしまう。


「……私が、憎かったのか」


 敵意は姿を表した。

 殺意もぶつけられる。

 元の関係には戻れない。アーキルが戻りたいと望んでいたとしても、カイスは元の関係を望んではいない。

 いや、そもそもで。

 カイスは心の奥底からアーキルを親友だなどとは考えていなかっただろう。


「…………っ!」


 カイスには気に入らない。

 この見透かしたような態度が。

 カイスはギリギリと力強くスナイパーライフルのグリップを握りしめる。


「アーキルッ!!」

「カイス。私は……君を信じていた」

「黙れ」

「君は、正義だと」

「黙れ!」


 弾丸がアーキルの左頬スレスレを飛んでいく。ただ、臆した様子はない。


「何もかも! お前は全部を持っていたのに! 何故! 何故っ……! 何もしなかった!」

 アーキルがその才能で何かを為していたのなら、ここまで自分は醜く落ちぶれなかった。ここまで才能を羨むことはなかった。


「──カイス。私は言った筈だ。欲をかけば世界は混沌に陥ると」


 果てのない争いを生むことになると。

 だから、求めすぎてはならない。


「……楽園は質素な生活だ。無くなることのない食物も、永久不変の栄華もこの世界にはない」


 食物は育てなければならない。

 栄華もいつかは果てる。

 ならば、清貧な生活こそがアダーラを崇める民の在るべき姿だ。


「だから、我慢しろと!? 富める者を羨むだけで止まれと!?」

「カイス。人は支え合う物だ。それを我々はよく知っている筈なんだ」

「俺は」


 アーキルの説得をカイスは受け入れられない。嫌悪が邪魔をしてアーキルの言葉を拒絶する。


「俺は。より良い世界が……アダーラの楽園が欲しい」


 アーキルの目はまるで見限るかのように。炎のような赤色の目は、絶対零度の冷たさを持ってカイスを貫く。

 

「──すまなかったな、カイス」

 

 謝罪の言葉を吐かれた。

 憎いと思った。

 殺したいと考えた。

 ただ、アーキルのたった一言でカイスは悟ったのだ。


「私は君の事を……見ていなかった」


 カイスは結局のところ、弱者なのだと。


「これは、私の罪だ」

「黙れぇええええッ!!!」


 銃口を正面に向けた。

 撃ち方も狙いも滅茶苦茶だ。

 肩が痛むと言うのに。

 怒りで、憎しみで心がズタズタになっていくせいで、どうでも良くなってしまう。

 弾は。

 当たらない。


「……私はより多くの命を拾う。それがこの白衣を着た理由だ」


 アーキルは懐に潜り込み、銃を握るカイスの右手を左手で遠ざけ、右手で喉元を突く。

 カイスの防御は間に合わない。


「が、はっ……っぅ、ぁ」


 強化アンダーウェアのないカイスにはひとたまりもない破壊力だ。その場に膝を着いてしまうのは仕方がない。


「カイス」


 カイスの握っていたスナイパーライフルを遠くへと蹴り飛ばす。


「あぐっ、うっ……」


 カイスは喉元を抑えながらアーキルを見ていた。まるで怯える犬のようだ。


「アサドの場所を吐け」


 早急にこの戦争を終わらせよう。

 片膝を着き、カイスの胸ぐらを掴み上げ視線を合わせる。


「君は知っている筈だ」


 奴の場所を。

 戦争の元凶を。


「アサ、ド……」

「そうだ」


 漸く、この戦争を止めるための希望が見えた。アーキルがそう考えた瞬間に発砲音が響いた。

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