第107話

 人が見えた。

 人々が見えた。

 平伏している。

 地面に膝をつき上半身を投げ出し、たった一人の幼児に礼節を超えた行為を見せる。

 語る言葉も恭しい。

 少年は王ではないと言うのに。


『ああ、麗しき白き髪、神々しい出立ち。貴方こそが我らの──』


 聞き飽きる程の台詞。

 祭り立てる人々。

 幼い頃から神の子として、聡くある事を人々は求めた。生まれ持った疾患、眼皮膚白皮症と言うだけで、何も変わらない子供であった。


『──救世主マフディー


 肌は白く、目は紅く。

 所謂、アルビニズム。

 アンクラメトの民には本来産まれるはずのない白い肌。

 恍惚とした笑みで幼児を見上げ、祈りを捧げる人々にアーキルは応えなければならないと思った。


 神の子を産んだとしてアーキルの両親をも神聖視する始末。今の世の中、たしかに文明としての発展は進み、文化的な生活ができているとしても、神聖なモノを意識するのは宗教という歴史的に根付いた考えのせいだろう。


 人を導かねばならない。

 知恵は武器だ。

 能力は武器だ。

 正しく使い、自らは人を導かねばならない。

 それが人々が求め、彼が為さねばならないと定めた在り方だった。


「……カイス」


 アーキルは親友の名を口にした。

 戦場の嵐の音に呑まれ、彼の声は消えてしまう。


「私もただの人間だったよ」


 驕っていたつもりはない。

 目の前にある現実は神であったのなら止められたのかもしれない。ただ、アーキルは人の身だ。矢張り、神には到底成れはしない。

 朝日が昇る。

 肌がピリつく。


「だから、足掻くのか」


 完璧な存在になどなれないからこそ、人は未来に向けてがむしゃらに足を進めるのだ。

 相変わらず、直面する現実はジャハンナムとでも形容するべきか。

 視界の隅に線が走った。


「くっ……!」


 戦場に立つのなら、どんな立場であれ死を覚悟せねばならない。飛び交う銃弾、上がる悲鳴。

 頬が痺れる。


「クソッ!」


 罵倒の声が漏れるのも仕方がない。幾ら、エマが他のアスタゴ兵士に掛け合ってくれたとしても、全員には届かない。

 分かっている。

 ただ、彼らは遠慮も躊躇もなく戦場にいるアダーラ教徒を敵だとして命を奪う。


「少し手荒だが……」


 距離、二十メートル。

 敵兵二人。

 銃弾は肩、脇腹を掠め白衣に血が滲む。前に進み、一人の男の首を絞め窒息させる。


「か、ぐぇっ、はっ……」


 酸素を求めて口を動かすが、外せない。必死に銃を撃ち放つが当たるわけもない。

 彼を盾にして、残りの一人。


「ふっ……!」


 アスタゴ兵士の彼に動揺が走る中、即座に人質役を捨て顔面に全力の肘打ちを叩き込む。


「許してくれよ」


 気絶した二人を戦場から離れた物陰に運び込む。じきに目を覚ますはずだ。

 

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