第86話

 

 家族。

 この言葉は特別だ。

 どんな人間にとっても重要な要素であり、どんな感情にも繋がっていくことだろう。

 例えば、愛。

 愛されているのなら、人々は愛に報いるのかもしれない。

 例えば、憎悪。

 辛い日々を押し付けたのなら、人々は恨みを抱くのかもしれない。

 どんな事があれ、家族は家族だ。

 この関係を憎むことも、愛することも家族と言って差し支えない。どの様な形をしていたとしても家族を否定する術を、誰も持つ事はないだろう。


「そうだ……」


 家族は好きだった。

 痛ぶって、躾だと理由をつけて自らを傷つけたとしても、これが彼にとっては『愛』だ。愛、なのだから仕方がない。

 家族は愛するべきだ。

 愛を受けたのなら、愛で返すべきだ。

 それが当たり前の家族だ。


「くふっ、あはっ、はははははは! オレも馬鹿だったなぁ!」


 一人だけで笑う基地の中。

 思いついた事に一人、高笑い。

 家族。

 いた筈だ。

 父と母を殺した日に、拾ってくれた第二の父といえる人物が。


「……なあ、エイデン。オレは散々、アンタに付き合って来た」


 八年前も、それ以降も。

 頼まれた事はこなして来た。期待には出来る限り答えて来た。つい先日も、自らの立場が危なぶまれる事になると言うのに。

 親殺しを無かった事にしてくれた彼への感謝もあった。ただ、もう良いだろう。

 多くの人間を殺した。

 八年前の実験への投資者を殺した。

 彼の人生を何度も救って来た。

 いいだろう。


「もう、さ。……別にオレは神様ってもんにはそこまでの興味はないし、付き合ってやってたのも義理だしな」


 実際の所は、だ。

 アリエルを連れて行った時の話で吐いた言葉は世辞が殆どだ。

 根からの嘘をついた訳ではない。

 心の片隅では願っていた。

 エイデンの夢の成就を。


「でも、あの時アンタは言ったよな」

 

 ──私の家族でもある。

 

 と。

 言い訳を並べていくほどに、オスカーの中で抑圧されていた物が溢れていく。きっとこれはオリバーを殺した事が最もの原因だ。

 我慢できなくなった。

 殺人は仕事だった。

 父と母を殺したあの日以降はそう言う物だった。

 先程、『愛』でオリバーを殺した瞬間から止めどなく欲望が溢れ出て「まだ足りない」、「渇きを満たせ」と叫ぶ。

 誰かの為という考えも失せていく。そろそろ、自分の為に生きてみよう。

 人間らしく、利己的に。


「……そうだ、『牙』もエイデンも殺せたら、それは、きっとなによりも愛を感じるんだろうな……」


 ニタリと。

 クツクツと。

 ああ、悍ましい。

 この身に受ける痛みは愛だ、相手に与える痛みも愛だ。殺し合おう、殺してしまおう。愛を確かめる為に。睦言を交わす様に。

 冷たい銃口を、刃先を突きつけて、熱い感情で飲み込んでしまおう。


「ああ、でもエイデンはいつだって殺せるな。夢は見せた後でも構わないか……」


 これは彼の中での決定事項だ。

 家族は断ち切れない。

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