第84話

 

 肉が飛び、骨が削れ、血が噴く地獄の世界を一人の男が必死の形相で駆け抜け、物陰に飛び込んだ。


「ははっ、はぁっ……はあ……。あっぶねぇ」


 銃弾が乱れ飛ぶ戦場から一時離脱。身体のそこかしこに血が滲む。クラウスが身を隠した場所にはもう一人、男が既に座り込んでいた。


「クラウスか」

「何だよ、マルコか……お前もここに居たのかよ。ビックリさせんなよ」


 クラウスの言葉に応えるでもなく、ただ少しだけの間があって、マルコは自分の中でも言葉を噛み締めたのだろう。


「……部下が死んだ、と思う」


 マルコの紡いだ言葉にクラウスは驚きを見せるが、直ぐにいつも通りを取り繕う。


「……そいつは──」

 不幸な話だ。


「忘れてたな、私も……」


 クラウスの言葉より早くにマルコの呟きが漏れた。


「……戦争を、ってか?」


 続く言葉はクラウスにも分かっただろう。


「ああ……。戦争は、善人も悪人も関係なく死んでいくんだった」


 思い出していく。

 忘れていたつもりはなかった。けれど戦争という脅威への認識は欠けていたのかもしれない。


「ルーカスが死んだ時の事、思い出しちまうな……」


 どこかどんよりとした空気が二人の間を支配する。


「アイツの息子……オリバーつったか。お前んとこで面倒見てんだろ?」


 ルーカスは戦争で死んだ二人の友人だった男だ。彼もまた、優しい男であったのだ。


「大きくなったよ。アイツにそっくりだ。……戦争が終わったら見に来るか?」

「そいつぁ良い。なら、こんな所で死ねねぇなぁ……」


 立ち上がって二人は同時に戦場へ飛び出した。


「行くぞ、クラウス」

「おう」


 少しだけの希望。

 死はすぐ側に。

 されど振り払い、恐怖を超えて勇進。トリガーにかけた指を引き、敵を討つ。


「うぉぉおおおおぁぁあああっっ!!!」


 銃を撃ち放ちながら、クラウスが腹の底からの雄叫びを上げた。

 彼の目前に迫る弾丸は頬を掠めていく。


「チッ……」


 舌打ちを一つ。

 しかし、臆する様子はない。躊躇いも見せずに銃を放つ。細かな傷など最早、どうでもいい。

 視界の端に見える赤も。

 そういう物なのだと無理矢理に受け入れて進む。


「やっぱ……いや、何でもねぇ」


 独り言だと言うのに、途中で止める。

 こんな事を、こうなってしまった現状で言っても何の価値もないと言うのに、気にしてはならない話だ。

 そう言い聞かせて、前を向く。

 敵を殺して進み、クラウスとマルコが並び立った。


「大丈夫か、マルコ。鈍ったなんて聞きたくねぇからな」


 銃を構えて、隣に立ったマルコが応える。


「鈍っていたとしても、全力で応えるさ」


 足りていないなら取り戻すだけだ、死力を尽くすだけだ。生きるために必死に。

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