第80話

 

 ファントム。

 誰が呼んだのか。

 誰が決めたのか。

 今となっては暗い陰謀が渦巻くだけ。

 彼らは陰謀論者が齎しただけの呼称であったのかもしれない。縋り付く幻影と。


「大丈夫か、フィン警部補!」


 肩に傷を負ったフィンを庇うようにして、アダーラ教徒の様な衣裳に身を包んだ集団の前に立つ。


「あ、ああ。……それにしても、タイミングが良すぎる、な……。俺を、消しに来たか」


 リチャードを殺した様に。

 邪魔者、と言うのは確かにそうだ。

 ファントムにとってなによりも不都合な存在である事はフィンにも自覚のある事だ。故に一つの答えが手に入る。

 結局はフィンの中でカチリとピースがはまった様な程度の物でしかないが。

 ただ、フィンと言う一人が確信に至るには十分な事だ。

 アスタゴの言語をベラベラと話しておきながら、アダーラ教徒のような出立ちをして襲撃など起こす理由は余りにも薄い。


「最悪の立役者は──、やはりエクス社に居る、んだな……」


 もう少しだ。

 リチャードに言い聞かせる様に。

 お前は間違っていないと。

 そう証明するために。

 ただ、自分も本当は。


「成りたかったんだよ……」


 ホルスターから銃を取り出して無事な右腕で引き金を引いた。


「なっ!? フィンさん! ダメだ、貴方は私の後ろに……っ」

「……悪いな、クリストファー。俺は……リチャードの、お前らの上司だったんだ」


 煙の上がる銃口。

 構わず次を狙う。

 理性では隠れているべきだと。

 分かっていても。


「少しは俺にも──」


 願ってしまうのだ。


警察正義面させてくれ」


 絶えず飛び交う銃弾。

 血と火薬の匂い。

 残る敵は三人。


「……なあ、クリストファー」

「何ですか?」

「お前は死ぬなよ」


 まるでこれから自分は死ぬように。

 いや、きっと彼はもう死んでしまっても後悔はないと。信じているのだ。

 最終走者アンカーを見つけた。

 ここで死んでしまっても、彼に託してしまおう。手伝うと言ってくれたのだから。手帳バトンはここにある。


「…………っ」


 ふざけるな。

 そう叫びたくもなる。

 大人しく守られてくれていたら良かった。死に怯えながらでも、正義を貫いてくれたのならよかった。

 死を恐れないのか。

 頼むから。

 願ったところで叶いはしない。

 乾いた音が幾つか。


「ハァッ、ハァッ……」


 クリストファーの握る銃からも響いていた。だが、当てたとしても足りていない。

 三人が倒れた。

 敵と、フィン。


「手伝えと言っておきながら! 何で死に急ぐんですか!」


 最後の一人、フィンを撃った男の胸をクリストファーの放った銃弾が撃ち抜く。


「……すまん。でも、まあ、良いんだよ。もう、大丈夫……だ」


 倒れ伏したフィンの体からは血が溢れ、止まるようには見えない。

 クリストファーのパワードスーツに覆われた腕は彼を抱き上げたせいで赤色に染まっていく。


「俺が死ぬのは……俺が勝手したせいで、格好、つけようと……したせいだ」


 もう助からない。

 分かっている。

 フィンにも、クリストファーにも。

 だと言うのにフィンは何処か救われたような顔をしている。


「なあ、頼む。クリストファー」


 血だらけのメモ帳を懐から取り出してクリストファーに押し付けると。


「──頭、良いんだろ? ……なら、見つけてくれ。頭脳派の……クリストファー・ムーア」


 勝手すぎる。

 勝手に救われた気になって、勝手に命を散らして。

 けれど、責める事は出来なかった。


「私は……フィンさん。貴方と変わらない。ただのバカだ」


 託されたバトンを手に取って。

 理由は一つでいいだろう。

 クリストファーもフィンと何ら変わりない。ただ、正義でありたかっただけの愚者なのだから。


「……だから、託されよう」


 正義の思いを握りしめ、男は立ち上がる。

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