第58話
囚われの天使は白色の部屋で目蓋を開いた。どうやら、眠ってしまっていた様だ。
長い金色の睫毛が僅かにアリエルの目を覆う。
声が聞こえた。
「おはよう、エンジェル」
語りかけてくる声だ。
男の声。
「私はエンジェルじゃない……」
対して彼女は否定の言を吐いた。
何度も言っている。
自らはアリエル・アガターという名前であると。何故今更に、エンジェルと呼び直したのか。
うつらうつらと視線を上げれば立っていたのはエスターではない。
「アリエル・アガターだったね。まあ、君の名前は至ってどうでも良いのだよ」
「貴方は……」
見えたのはスキンヘッド。
皺の深い男。スーツを身に付け、その顔には笑みを湛えている。
両手を後ろで組み直立。
堂々とした、威厳のある立ち姿。
知っている。
見覚えのある顔だ。
「おや、敬う態度はある様だな」
アリエルの記憶の中にある顔と名前を一致させる。気がつけば男の名前を呼んでいた。怒りの篭った声で。
「エイデン・ヘイズ……!」
この場にいる。
これだけの事がエイデンという男を信用してはならないと言う事のなによりもの証明になった。
「覚えていてくれたか。それは重畳だ」
忘れるわけもない。
『牙』へのパワードスーツの製作を行うエクス社の代表取締役となれば知らぬもの、憶えの無いモノの方が珍奇だ。
「さて……と、少しだけ話をしようか」
縛り付けられているアリエルはエイデンを睨みつけるが通じない。
「君も退屈だろう? こんな何もない部屋に閉じ込められて」
まるで当たり前のことを確認するかの様に斜めに視線を向けてくる。
「閉じ込める様にしたのは私だがね」
ジョークにしてはあまりにも最低だ。ブラックなどと言う物ではない。
「話と言うなら……そう、例えば君の出生だとか」
アリエルの口から小さく息が漏れて、直ぐに歯を力強く噛み締めてから叫ぶ。
「私の親は、ユージン・アガターだ!」
愛する父は一人だけ。
出生などと言うものはどうでも良い。
「はははは。君の親は……いや、親と言うのもおかしいかもしれないが間違いなくユージンなどと言う男ではない」
笑い、事実を紡ぐ。
全てが彼の掌の上で動いている様な感覚に気持ちの悪さを覚える。
「ミカエル・ホワイト。最強でありながら、たった一度の敗北により名を隠された男。それが君のオリジナルだよ」
それでも、転がされる事が止められない。
手足を縛られ、自由を奪われた彼女は抵抗する事ができない。
「君の出生についてだ。……君は何年も前からヴォーリァとの冷戦の戦力として研究されていたんだ」
語る。全てを。
ここで彼女は何を思うのだろうか。
「私も出資者として関わっていた。当然、研究には莫大な資金が必要とされるからな」
誕生と、絶望と彼女の背後に隠された物を明かそう。
エイデンは薄く笑って、口を開いた。
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