第48話

 誰にも分かりはしない。

 誰かに分かってもらおうとは思っていない。閉じこもって、引きこもって、殻にこもって。

 塞ぎ込んで、声を聞きたくなくなった。

 変わるための準備を、変えるための勇気を彼女は持とうとは思えなかったのかもしれない。


「…………どうしたら……いいのかな」


 全てを投げ捨ててでも救いたかった、守りたかった。だと言うのに、手元に残ったのは何だ。

 何も残らなかったではないか。


「お姉ちゃん、頑張ってきたんだよ……」


 ひくつく喉の奥、無理やりに出した声は悲哀の表情を持って部屋に満たされた。


「お姉ちゃんだから……守らなきゃって。ねぇ、リビアァっ」


 胸骨の奥に守られる心臓に手を突っ込んで握り潰したくなるほどの虚しさに苛まれる。痛い、痛い。

 苦しくて、堪らない。


「うっ……う、す、あぅぐっ……す」


 涙はもう溢れないのに。

 それでも弱々しい悲鳴が彼女のいる部屋の中で一つのベッドの上から響いた。

 ベッドに蹲るミアを見守るようにシャーロットが壁際から見つめている。

 ずっと彼女はこんな調子で、見ているだけでも心が壊れてしまいそうになる程苦しくて、目を逸らしたくもなる。


「分からないよっ……。もう分からないんだよ」


 慰めなど誰ができたか。

 声をかける事がどれほどの神経を使うのか。見れば分かるだろう。シャーロットには声をかける事など出来ない。


「私は……どうして生きてるのかな」


 家族を失った自分に生きる価値があるのかは分からない。

 そっと首に手を当てようとしてシャーロットがミアの手首を掴み、止めた。


「あ、はは……」


 こんな事が既に数回行われている。

 だからシャーロットはミアから目を離す事ができないほどの不安を抱いているのだ。


「ご、めんなさい、シャーロットさん……」

「死んだらダメだよ、ミアさん」


 真っ直ぐにシャーロットの目がミアの目を射抜く。たったこれだけのことが、ミアには苦しく感じたのか、脱力したように項垂れる。


「ねえ、シャーロットさん。私……リビアに会いたいの」


 吐き捨てた言葉は生気を伴わず、ただシャーロットは無言で表情の抜け落ちた彼女を見つめていた。


「また会えるって思ってたの。だから、いってらっしゃいって……、楽しんでね……って」


 悪いのはミアではない。

 ミアは悪くないという言葉にどれほど彼女は心を開いてくれるだろうか。

 貴女の妹が死んだのは、貴女の所為ではないから気にしないで。

 こんな言葉は無責任にも程がある。けれどお前のせいだなどと責め立てる人間も居るはずがない。


「ミアさん……生きて。貴女の妹の分もしっかり生きなさい。死にたいなんて言わないように生きなさい。きっと貴女の妹は生きたいと思っていたから」


 シャーロットは床に膝をついて両手でミアの右手を握り込む。


「私は貴女が勝手に死ぬことを絶対に許さない。そんな事をすれば貴女の妹の死を何よりも冒涜する事になる。だから生きなさい」

「あ……ああ、あああ」


 突きつけられた言葉にミアの心臓は張り裂けそうなほどに痛んで、同時に死んではならないと強く刻み込まれた。

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