リチャードが信じる正義
「フィンさん……」
「リチャード、どうした」
新米警察のリチャードがどこか深刻そうな面持ちで上司であるフィンに呼びかける。
「警察は……どこまで腐ってるんですか」
拳を握りしめて、唇を噛み締めリチャードは悔しそうな顔をする。
強く噛み締めた唇からは血が流れてしまっている。
「聞いてしまったんですよ……!」
「…………」
返す言葉が見つからない。
自分は違うと思いながらも、抗う事をしようともしていなかったのだ。
「警察は! 正義のためにあるんじゃないんですか!?」
理想と違う姿をしてしまっている警察組織に、リチャードは怒りを覚えて仕方がなかった。市民に安全を約束するはずの、正義の公務が汚されている。
「誰かを! 無実の人々を守るためにいるんじゃないですか!」
憧れたヒーローはどこまでも地に堕ちていた。
「お前は、何を見た……?」
「俺はっ、自分の正義を信じたかったんです……!」
リチャードが耳に入れてしまったのは酷く心を打ちのめす現実であった。
『危ないところだったぜ? だから俺は機転を利かせて言ってやったんだ。「ここからは警察の領分です」ってなぁ!』
許せなかった。
誰もがアスタゴの内側に生まれる悪を滅ぼしたいと思っているのだと、リチャードは考えていたのに。
何故、笑い物にしているのか。
機転とは何なのか。
危ないところという言葉も違うだろう。
「──フィンさんも、そうなんですか?」
彼はフィンが本物の警察官であるかを確認したかった。
尊敬した上司に失望したく無かったから。
「……俺は」
ただ、彼には何も言えない。
言う事を、彼の理性が止めていた。
リチャードには答えないようにしているとしか映らなかった。
だから、リチャードは完全に諦めた。希望を持つ事も、警察を信じる事も。
「こんな警察を、俺はもう二度と信用しない。フィンさんの事も。……俺は一人でも今回の事件の情報を手に入れますよ。手始めにアダーラ教徒がどうやって入ってきたのかから……」
はっ、と息を呑むと、フィンはリチャードの肩を力強く両手で掴み叫ぶ。
「止めろッ! そんな事を、するな!」
何も、何も分かっていない。
リチャードという男は余りにも甘すぎる。危険だ。このままにしてはならない。止めなくてはいけない。
「何で止めるんですか……」
失望の感情がフィンを覗いていた。
この人も結局同じなのだと。
「……簡単ですよね。アダーラ教徒がいつ入国したのか、どんな経路でアスタゴに来たのかを調べるのなんて、警察の権限でチケットの購入者履歴を調べれば」
彼らには事件捜査のために民間人に協力を願う事が許されている。
航空会社もきっと同じだ。
「頼むっ……! 止めてくれ!」
けれど、フィンには彼のしようとする行いを許すことができなかった。
肩を掴む手を振り払って、リチャードは署内の廊下を歩き去ってしまう。
「何でなんだ……俺は、ただ」
フィンには彼の背中を遣る瀬無く、虚空に右手を伸ばし見送ることしか出来なかった。
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